教訓 「かけがえのない自分」に気付(2008年4月)


 読者の中には新社会人もいるだろう。すっかり自信を失っている人もいるに違いない。何しろ、仕事が全くできないのだから。自分が会社を辞めても誰も困らない。自分と同等の能力の人を補充すればそれで済む。何だ私は社会という機械の中の交換可能な歯車に過ぎないのか、と無力感に襲われる。被害者意識が芽生える人もいるはず。

 私も約30年前に劇団に入り、娑婆の厳しさを知った。学生時代には私の演劇センスを持ち上げてくれる人もいた。が、いざプロになると、周囲には天才鬼才が佃煮にするほどいて、自分の出番は永遠にこないように思えた。

 実際約10年前まではカミさんの扶養家族で、殆どいいところなしの半生だった。私がいなくても、演劇界で困る人は一人もいなかった。

 40歳を超えて漫画の原作を始め、そこから何とか活路が開けた。潜伏期間20年――。だから、自信のなさにかけては自信がある!

 自信をなくている新社会人は、上田紀行『かけがえのない人間』(講談社現代新書)を読むとよい。著者は文化人類学者で、30年近くのた打ち回りながら「かけがえのなさ」というテーマにたどり着いた。被害者意識にさいなまれ、自分に失望していたという著書はインドで気付きを得る。物売りがたかってくるから、全身全霊でエネルギーを発しながら叫ばないと付け込まれる。体当たりで生きねばならん、ということがわかる。本気と本気、全身と全身でぶつかり合ってみると、加害者だと思っていた相手と仲間意識ができる。

「自分が被害者になっているとき、世界は加害者だらけになる。しかし被害者から抜け出して、『オレはこれが欲しいんだ!』と心の底から絶叫し、行動すれば、世界は仲間になるんだ! その感覚は強烈でした」

少し唐突でわかりにくいか――。とはいえ、即席にわかるような知恵は、あまり本質的なものではない。この本には30年ぐらい踏ん張ってみると効いてくる成分が沢山入っている(即効性もある)。