教訓 理性と感情の折り合いを図れ(2008年5月)


 妻は夫にいう。「あなた毎月競馬でいくら負けているの? 競馬は主催者が勝つようにできているの。経済学部を出ているくせに、全然経済がわかっていない」

 夫は妻に反論する。「君だって、50グラム3パックと、40グラム4パックの納豆を見比べて、どちらが得か瞬時に計算できる頭がありながら、すぐに飽きてしまうとわかっているダイエット用品に何万円も使うじゃないか」

 両者の溝は深い。だが、マッテオ・モッテルリーニ著 泉典子訳『経済は感情で動く』(紀伊国屋書店)にある、次のような記述を読むと腑に落ちる。

 「人は金銭に対して、ほぼ無意識で処理される『心の家計簿(ル、メンタル・アカウンティング)』をもつ。これによって出費に伴う心理的痛みは異なる」

 ダニエル・カーネマンという心理学者が2002年にノーベル経済学賞を受賞してから、心理学と経済学を融合させた考え方が広がりつつある。

 本書はその入門書として好適だ。ちなみにカーネマンがノーベル賞を受賞した「プロスペクト理論」とはこんな考え方である。人は利益を生む局面では確実性を好むが、損をする場合は賭けに出たがる。また、額が小さいときは変化に敏感だが、大きくなるとだんだん麻痺してくる。加えて、損得が同じ額なら、得した満足度より損した悔しさの方が大きい――。

 経済学と心理学だけではなく、物事をトータルで見ようとする考え方には賛成だ。人は”自分の都合”だけで社会を見がちだから。本書を読めば、いくつかの思い込みに出会えるはずだ。

 人が”儲けたい”としか思わなければ、経済学の理論だけですむ。だが、殆どの人は”楽して儲けたい”のである。一 方では倫理観も失いたくない。

 感情のシステムと理性のシステムは回路が違うのだ。本書にはこんな言葉も出てくる。「理性は感情の奴隷でしかない」。一面の真理ではある。我々は、理性と感情を折り合いを図り、人生トータルでの損得を考える癖を付けるのがよい。