教訓 驚きが驚きの結果を生む(2009年5月)


 この不況下で任天堂は元気がいい。携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」は世界累計で1億台、据え置き型の「Wii」は5千万台を超えた。2009年の3月期、売上高は1兆8200億円。営業利益は5300億円。従業員数約3800人の会社としては驚異的な数字だ。

 井上理『任天堂“驚き”を生む方程式』(日本経済新聞出版社、1700円)は、同社のルポである。京都の花札屋が、ゲーム会社に転身し、「世界のソニー」と叩きあって競り勝つ物語だから、読んでいて痛快だ。 私は先ず任天堂という社名が好きだ。己れを信じ、目の前の仕事に精魂を傾けられる人間だけが、運を天に任せる覚悟を持てる。

 同書を読んで、私がとりわけ胸を打たれた個所を二つ紹介する。

 ヒット商品『脳を鍛える大人のDSトレーニング』は、社長の岩田聡氏が考案した。川島隆太東北大学教授に「簡単な計算や文章の音読は、脳の活性化に有効」という研究成果がある。それを元に『脳を鍛える大人の計算ドリル』などのベストセラーが生まれていた。ブームに目を付けた岩田はゲーム化を思い立つ。試作品ができると、

「川島教授のリアクションを自分の目で確かめるために、すぐにでも教授のもとに飛びたい」と考えた。

 岩田と川島教授の日程が調整できた日は、ニンテンドーDSの発売日だった。社運をかけた商品の発売日だから、普通なら社長が陣頭指揮をとるべきだろう。だが岩田は川島との面会を優先した。原則にとらわれない自在さ。爽やかだ。

 宮本茂専務の「ちゃぶ台返し」――。同社では有名らしい。製品開発が終盤に差し掛かり、細部の調整に入った頃、宮本は根本的なところから全部変えろ、という。現場はたまらない。だが、真剣に物を創ろうとすれば、そうなって当然なのである。私も物を創る人間だから、その理由がわかるし、自分でもやる。もちろん、ひっくり返したちゃぶ台は放置してはいけない。新しい指針を出す責任がある。そこに結果がついてきたから、同社の今がある。

 驚きは人の心ばかりでなく、組織を活性化させることもある。任天堂は好例だ。