教訓 成功例のプロセスに目を向けよ(2009年9月)


 私はマウスをクリックしただけで、何百万円が儲かった、というビジネスには惹かれない。恐らく、芝居や漫画など“手間隙かけて拵える”ものが営業品目だからだろう。プロセスを大事にする習性が身に付いた。


 篠原匡『腹八分目の資本主義』(新潮新書、680円)は、独自の方法で成果を挙げている地域社会や企業のケーススタディである。

 出生率204を実現した長野県下篠村、「鍋合戦」で町を活性化させた宮崎県児湯郡、従業員の9割が障害者という高収益企業「サムハル」(スウェーデン)、緩やかな成長を目指し終身雇用と年功序列を維持する寒天メーカー「伊那食品工業」など計六例が挙げてある。

 ほとんどテレビや新聞・雑誌で見かけた事例。だが読後感は新鮮だった。なぜか。著者が『日経ビジネスオンライン』の記者で、経済に力点が置かれているため、数字の裏づけが丁寧だ。ヒューマン・ストーリーにしていない。

 かつて養蚕で栄えた下篠村は、昭和50年代に過疎に苦しむ。村長は先ず財務体質を強化しようとする。役場の職員には、民間企業の感覚を体験させるために、ホームセンターの店頭に立って貰った。道路は資材だけを支給し、村民の作業で作るようにした。村営住宅に国の補助金を使うと制約が多い。村に根付いてくれる人を入れるために、自主財源で建てる方針に変えた。限られた予算の中で、家賃や医療費の補助、保育園整備など地道な努力を積み重ねて、子供を持つ家庭が暮らしやすい村を作った。出生率の上昇はその結果である。

 下條村は視察が絶えない。しかし、伊藤喜平村長はこういう。「まあ、絶対にこの村のまねはできないだろうな」。言外に「どれだけ大変だったか、結果だけを求める人にはわからない」といっている。


 著者はどの実例も「プロセスがすべて」という。「汗をかき、知恵を振り絞って考えるという行為なくして、どのようなプロジェクトも成功しない」と。

 欲望をむさぼるだけの資本主義は終わった。