教訓 迷惑をかけあって成長する(2010年12月)

 今年の流行語にもなった「無縁社会」。NHKのドキュメンタリーが発信源である。それがNHK「無縁社会プロジェクト」取材班『無縁社会“無縁死”三万二千人の衝撃』(文芸春秋、1333円)という本になった。血縁、地縁、社縁が薄れて、無縁死(孤独死)が増えている実態を丁寧に取材してある。
 このテーマ、本にすることに意義がある。社会的影響力なら、テレビの方が本より遙かに大きい。情報を多くの人と共有するだけなら、ネットの方が有効だ。
 だが、これほど深いテーマを静かに考えるには、本というパッケージに収めた方がいい。テレビ社会、ネット社会になって、本は情報を収める形としては原始的である。だが、一度言葉で概念化し、本という“ある程度のサイズ”に収めることで、人間の脳で考えやすくなる。
 電子書籍の時代を迎えつつある。だが、この本をテキスト・データでダウンロードし、A4の紙にプリントアウトして読んでも、深く静かに考えられないのではないか。
 本は大工さんが使う墨壺に似ている。原始的だが、いくら工作機械が発達しても墨壺は消えない。
 無縁死は「人に迷惑をかけない」という、もっともな倫理観の副産物である。
 フィリピンにバヤニハンという言葉がある。地縁や血縁で助け合うというフィリピン人の根幹を成す心性である。人と人が助け合えば、価値観の違いがあるから、ストレスは大きくなる。効率は悪くなる。
 他人から迷惑を被って、初めて人に迷惑をかけていたと気付くもの。迷惑があるから、成長もある。
 フィリピン好きの私は、かつては日本にもあったバヤニハンを輸入したい。生涯独身でも、おひとりさまという感覚にはならない。
 私の担当は今日が最終回です。3年半を超えるご愛読、心から感謝いたします。