教訓 伝えるには気迫を込めよ(2010年4月)

 新年度――。新社会人になる諸君に、下腹に力が入る二冊を勧める。
 一冊は、水谷孝次著『デザインが奇跡を起こす』(PHP研究所、1400円)。第一線のアートディレクターが、無手勝流で道を切り開いてきた自戦記である。伝える、人を動かす、ということがどれほど難しいか。死に物狂いでぶつかっても、滅多に身に付かない力であることがわかる。
 無名時代の著者は、一流のデザイナー・田中一光氏に、無理やり弟子にして貰う。結局クビになるのだが、田中氏はこう教える。「君には品性と知性が足りない。とにかく、いいものをたくさん見なさい。いい人に会いなさい。いい本を読みなさい。いいものを食べなさい」「いいものとは何か、徹底的にわかるまで、デザインはやめなさい」 そういわれて、著者はデザインを一生の仕事にしようと決意する――! 著者の当たって砕けろ精神には、胸打たれるはず。「すべてのクリエイティブにとって、いちばん重要なのは『気迫』だと思う。気迫さえあれば、大きな岩だって動かせる」
 著者は今でも波乱万丈を続けている。真剣に生きる人間は、失敗を繰り返す。何度も絶望の淵に立つ。
 もう一冊は、『書く―言葉・文字・書』(中公新書、740円)。書家・石川九楊氏による書道論。パソコンの文字で、伝わるものと伝わらないものを考えるヒントに満ちている。
 パソコンの文字それ自体には、書き手の思いは込められない。だが手書きの文字は、一点一画をどう書くかで、書き手の気持ちを込められる。著者は一点一画以前の「筆触」を重んじる。言葉の意味は「肉声に相当する筆触、つまり『書きぶり』に支えられている」と。
 ありがとうという言葉も、書きぶり次第で、伝わり方は天と地ほども違う、と。