教訓 偶然は総合的思考に微笑む(2010年5月30日)

 アップルのマウスを手掛けたことで知られるデザイン・ファームIDEO社。同社のCEO・ティム・ブラウン氏の新著が、千葉敏生訳『デザイン思考が世界を変える』(ハヤカワ新書juice1300円)である。
 デザイン思考とは――。感覚や直感に頼りすぎるのも危険。論理や分析に依存してもいけない。その両者を統合し、総合的に考えようという提案である。
 著者は、視覚化の有用性を説く。アップル社のスティーブ・ジョブズ氏やソニー創業者の盛田昭夫氏はデザイン思考の持ち主であるとする。
 どんな案件にも制約が必ずある。著者は次の三つの条件を照らし合わせようとする。「技術的実現性」「経済的実現性」「有用性」である。そのバランスが重要だ、と。任天堂Wiiは見事なバランスに支えられて成功した、と。 
 著者がバランスを重視する精神は随所にみられる。たとえば「人間中心のアプローチを尊重する」という項では次のようにいう。
「物事の機能的な性能だけでなく、感情的な価値をも考慮に入れる。それを通じて、人々の隠れた(潜在的な)ニーズを把握し、機会へと置き換えるのだ」
 IDEOはバンク・オブ・アメリカから、既存の顧客を維持しながら、新たな顧客を開拓して欲しい、という注文があった時、まず調査をし、一日の終わりに余った小銭をビンに入れる習慣のある人がいることを知る。同社は試行錯誤の末に、「お釣りを貯めよう」サービスを開発した。例えば、170円のコーヒーを飲んだ時、200円を払ったら貰えるはずの30円のお釣りが自動的に貯まるカードシステムを作ったのだ。
 教訓は本書に引用されているルイ・パストゥールの言葉。「偶然は心構えのあるものにしか微笑まない」