『ツキの波』書評

2010年5月24日アスキー月刊ドットPC7月号

『ベストセラー「人は見た目が9割」の」著書・竹内一郎の新刊。著書は、劇作家であり、マンガ原作者。マンガ原作者として代表作は講談社漫画賞を受賞した「哲也だが、これは故・阿佐田哲也の伝記。
 小説「麻雀放浪紀」の作者として知られる伝説の勝負師を著者は若いころから尊敬し、「哲也」以外にも過去に「阿佐田哲也勝負語録」などを上梓している。
「ツキ」という、勝負事と縁深い言葉をキーワードにした本書でも、太字で引用されるのは阿佐田哲也の言葉たちだ。
「一生幸運だけの人もいない。不運だけの人も居ない。」「人はこの世に生まれるとき、一定量の運をもっており(中略)運を使い尽くしたときに死を迎える」。「人間ツキのフクロの大きさは同じだ。勝ちすぎれば必ずやぶける」
著書は要所要所に勝負師の言葉を配しながら、自分の体験も交えつつ「ツキ」の本質に迫っていく。著書は言う。
 ツキは「天気と同じ自然現象」。人間には操作できない。ツキの波が引いたあとも勝ちにこだわり、「まだいける」と「運」をムダ使いすれば、自分の命を削ることになる。むしろツキのないときは負けておけ。「運」を上手に使い切るには、人生、三勝七敗、いや二勝八敗で充分だ、と。
科学的根拠はなにもない。勝負師の「勘」を頼りにした理論で、ポジティブ・シンキングの現代にも逆行している。がそこには深い真実味が感じられる。と同時に、負けてばかりいるわたしのような人間にはやさしいなぐさめも与えてくれる。』
                           



2010年6月11日夕刊フジ/ナナメ45度・おんなの坂道 中瀬ゆかり(『週刊新潮』部長編集委員)


人間の運の総量はみな同じ勝ちすぎれば必ずやぶける
『ツキの波』を読む 

『新潮新書の「ツキの波」という本を読んでいろいろ考えさせられた。作家・阿佐田哲也氏が遺した「ツキ(運)」に関する名言を、ベストセラー「人は見た目が9割」の著書・竹内一郎氏が紹介し、読みとき、「ツキの法則」について見極めようとしたものだ。
 説明は不要だろうが、阿佐田哲也といえば、麻雀・競輪などのギャンブルの神様のような存在。名著「麻雀放浪記」の坊や哲やドサ健にハマッた方も多いだろう。氏は、その人生哲学の殆どを博打場で学んだ言葉として著作に刻みこんでいる。
 ツキとはなにか、運とはなにかー。日常生活でも、「ツイてねーや」と感じるシーンは多々ある。たとえば急いでいる時に限って全ての信号でひっかかってしまうとき、というようなささやかなレベルでも。また、その逆に「ツイてる!」と高揚感を感じることもあるだろう。
 それが顕著にでるのが「賭場」だ。麻雀をやる人になら特にわかってもらえるだろう。どうしようもなくツカないときの、理不尽なまでの感覚、ツキまくったときの神がかったときの感覚を。
 この本を手に取った動機は、実は「最近ツカないな」と自分で感じているからだ。ギャンブルで面白いように大穴を当てた半年前が嘘のように、とにかく。車券も馬券も全くあたらない。
 竹内氏の解説によると、阿佐田氏は、人間の運の総量はみな同じだと考えていた。「運」というのはなにかを得るために使われるエネルギーで1億円の宝くじが当たるとすれば、それはただ儲かったのではなく、1億円の運を使っただけ、という考え方。この世には損も特なく、何かと何かを交換しているだけなのだ、とういう法則。そういえば、宝くじの高額当せん者のその後、という読み物を担当したことがあるが、結構すごい転落人生を送っていたりする。阿佐田氏が語った言葉として「人間、ツキのフクロの大きさは同じだ。勝ちすぎれば必ずやぶける」とも紹介されている。
 そう考えると、私も、何十万馬券や車券を何回か当てたりしたことで、運を使いはたしてしまった?いやいや勘弁してよ、とあわてて首を振る。こんなショボイことで!でも運の総量一定の法則、という真理は私もうすうす感じていて、小さなクジには極力当たったりしないように、運の貯蓄を心がけている(負け惜しみもあるけど)。
 そういう意味ではいまもちょっと長い充電期間だと思いたい。人間は勝つときもあれば、負けるときをもある。阿佐田氏は「本当に一目おかなければならない相手は、全勝に近い人じゃなくて相撲の成績でいうと九勝六敗ぐらいの勝をいつもあげている人なんだな」と。常に全勝意識に囚われているような人間にも警告を発しているのだ。いわゆる優等生に向けた発言として、「君達だって弱点があるよ。それは負けなれてない、ということだ」。そして、「ためしに小さく負けてごらん」とアドヴァイスをしている。そして、負けている人間には「負け慣れ」をしてはいけない警告する。また、氏は、何より大事なのは「フォーム」だとも説いている。「フォームというのは、これだけをきちんと守っていれば、いつも六分四分で有利な条件を自分で信じることができる、そう自分で信じることができるもの」だと。私も阿佐田先生に比べれば全然お粗末なギャンブル人生だが、これについては実感してきたことだ。自分の戦うフォームを崩すと、まず負ける。これは人生に言えることだろう。
 私のように、「最近ツイてない」と感じている方はちょっとこの本を手にとって、「ツキ」について改めて考えてはいかが?私はちょっと救われたよ...。』
        


『経済倶楽部講演録』東洋経済新報社発行、2010年6月20日発行 読書通信No.64

『運とかツキとかは偶然でしかないと思い勝ちだが、もちろんそんなことはない。運は確率であるばかりか、気力、精神力によって引き寄せることも十分ある。麻雀がいちばんいい例だろうが、竹内一郎『ツキの波』(新潮新書、714円)はまさに麻雀のプロであった阿佐田哲也の運の法則を具体的に紹介しつつ、一般的にも運やツキがどのようにして変化するかを解明している。「何もかもうまくいくことはない」「気力は決め手にならない」「人生はゴールが見えないほど長い」そして「自分固有のフォームを身につけよ」といった阿佐田の金言らしきものも随所に紹介されるが、マージャンとは無縁で来た人にも参考になる。
 



★『東京新聞 夕刊』 2010年8月17日発行 「今週の本棚」
「努力すれば夢はかなう」とはいうが、必ずしもそうではないことを私たちは経験的知っている。ツキ(運)という考え方を導入すれば、努力不足だと自分を追い込み燃え尽きたりせず、上昇運がくるまで我慢だな、と思える。10台で鉄火場に身を置き雀聖と呼ばれた作家・阿佐田哲也(色川武大)が語り続けた、信念としてのツキの思想とは。〈運の総量は一定〉〈勝つ人柄はつくれる〉
ヒットを打つよりフォームを固めよ〉など深い人間観を秘めた至言を読み解く。竹内一郎著(新潮新書・714円)