賭博師・(一幕)

さい ふうめい

配役

フクロウ

ラバ

ガミ

コゲ沼

ヒー坊

ガラ

女衒1

女衒2

ミイ

チヨ

静子

仁美

園子

プロローグ

1959年、冬。

函館最後の賭場「五稜郭」。

カウンターの中に、ガミ。

カウンターを拭き掃除している。

そこにラバが現れる。

ラバ ふうー、寒い。すみません。一発ぶたしてもらえませんか。

ガミ ご覧の通り、五稜郭は開店休業だ。

ラバ 明日は。

ガミ 明日、店じまいだ。もう、この賭場で博奕をぶつことはできません。

ラバ そうですか。何もかも昔のままだな。

ガミ ラバ……。

ラバ ガミ。

ガミ いや、日本洋画壇期待の新鋭・桜庭浩一郎先生と呼ばなくちゃならないな。

 ラバは椅子に座り、卓の麻雀牌を触る。

ガミ 新聞で読んだよ。史上最年少で芸術院会員に推されているって。お前の絵は注文しても手に入るのが2年後だってな。アラブの石油王が1000万出すからすぐに絵をくれって申し出たのを蹴ったんだろう? お前らしいよ。……何年ぶりだ。

ラバ 十二年。あれから初めて函館に戻ってきた。

ガミ お前とフクロウの勝負があったのは、終戦後のどさくさ……。

ラバ 一九四七年。

ガミ 函館もホネのあるバイニンがいなくなっちまった。来年はローマ・オリンピック。その次は東京だ。平和日本にこんなこ汚ねえ賭場はふさわしくない。

ラバ あの頃の俺は、しびれるような博奕をぶった。身体が芯から燃えていた。

ガミ 懐かしいか。十二年ぶりの賭場は。

ラバ あれから俺の人生は全部余生じゃないかと思うことがある。

ガミ 余生は俺の方だ。店閉めて、明日からどうやっておまんま食うか、悩んでいるところだ。

ハリストス正教会の鐘が聞こえる。

ラバ ガンガン寺の鐘か。

ガミ あれが聞こえるたびにミイ姉さんを思い出していけねえ。……一発ぶたねえか?

ラバ ……。

ガミ 遊びだよ。なら、いいだろう?

ラバ (牌を見て)なつかしい。まだ、牛骨に竹の牌を使っているのか。

ガミ その牌はお前とフクロウがぶったあの時の……。

ラバ ……。(牌をじっくりと見る)

                                   暗転

一九四七年、冬。

同じく「五稜郭」。

深夜──。

牌の拭き掃除をしているガミ。

通りでミイと園子が話している。

ミイ 何だって?五稜郭を狙っている?フクロウが言ったのかい。

園子 本当だよ。女衒のミイに伝えろって、もうこんな顔(鬼のような)で……。

ミイ 碧はいっしょだったかい?

園子 うん。何でも博奕のお引きに使っているだって、フクロウの奴自慢してた。

ミイ 博奕のお引きだって!! あのアイヌ人め――。私がいつ恨みをかったっていうんだ。碧を引き抜いて、今度は私の賭場までつぶそうだなんて──。(園子に)何をぼやぼやしているんだ。こうしている時間だって、客をとれば銭になるんだ。早く店に戻りな。

園子 もう、人が親切に教えてやれば、いつもこうなんだから。

園子は去る。

ミイは店に入ってくる。

ガミ お帰りなさい。

ミイ ガミさんちょっと頼みがあるんだけど。

ガミ そいつは駄目だ。残念だが、俺には無理だ。

ミイ まだ何もいっていないじゃないか。

ガミ ミイ姉さんが「ちょっと」というときは大事に決まっているんだ。今日はこれから野暮用でね(と、外に出ようとする)

ミイ (バッグから風呂敷包みを出す)この風呂敷きには三上という縫い取りがあるね。ガミさんあんたのものだ。この五稜郭が開店してまだ一年だってのに、よく売り上げをここまでちょろまかせたものだ。

ガミ ……で、何をすればいいんです?

ミイ (包みの半分をガミに渡す)フクロウがこの店を狙っている。奴に狙われてつぶされた賭場は函館でも十じゃきかない。あんたには凄腕のバイニンを集めてもらう。フクロウが来たら返り討ちにするんだ。(包みを示し)うまく行けば、残りの半分もあんたのものだ。

ガミ 失敗したら?

ミイ 命はないと思ってちょうだい。

ガミ 断るといったら?

ミイ 生かしちゃおけない。

ガミ おおこわい、こわい。(外に出ようとする)

ミイ どこにいくんだい?

ガミ ミイ姉さんの言いつけを守って、バイニンの当たりをつけるんです。

ミイ 仕事が速いね。金がたまるよ。

ガミ あんたに使われているうちは、無理だと思うがね。

               暗転

翌日、夕方──。

コゲ沼とヒー坊が現れる。

ヒー坊 なんだ、誰もいないじゃないか。

コゲ沼 稼げるっていうから来てやったのに、カモがいないんじゃ商売にならねえ。

ヒー坊 おっ、ホンビキの卓か──。(触ろうとする)

コゲ沼 その牌、ピンズかワンズかソウズか、勝負しねえか?

ヒー坊 乗った。ワンズに10円。

コゲ沼 おお、これが新しい10円札か。

ヒー坊 新しい時代に新しい札です。

コゲ沼 俺はピンズに10円。

 コゲ沼、牌をめくる。

コゲ沼 ピンズだ。いただき。

ヒー坊 コゲ沼さん。こうやってても仕様がない。ぶちませんか?

コゲ沼 ヒー坊、いいこと言うな。ぶとう。(牌をめくる。)5。

ヒー坊 1。

コゲ沼 俺が胴だ。(ラッキー・ストライクを出す)

ヒー坊 いい煙草吸ってますね。

コゲ沼 進駐軍の横流しだ。どうだ、一本。

ヒー坊 いただき。(一本抜き取る)

コゲ沼 入ります。

ヒー坊 ポンキで。6。

コゲ沼 ポンキ──。一点張りだね。

ヒー坊、6と張る。5円を置く。

コゲ沼 いきなり、5円か。いい度胸してるな、ヒー坊。

ヒー坊 この五稜郭で、函館一の大勝負があるっていうから来たんだ。逃げていられるかい。

コゲ沼 勝負。(牌をめくる)2だ。(5円札をとる。次の牌を伏せる)もう一丁。勝負。

ヒー坊 遅いな。誰も来ない。ねえ、コゲ沼さん、次にこの店に来るのが男か女か、勝負しませんか。

コゲ沼 おもしれえ、乗った。

ヒー坊 この店のオーナー・女衒のミイか。

コゲ沼 雇われマスターのガミか。俺はミイに20円。

ヒー坊 なら、僕はガミさんに20円。

コゲ沼 さあ、この勝負どうする。(牌をみる)

ヒー坊 6。5円。

コゲ沼 勝負。(牌を開く)2だ。頭を使って博奕やってんのか。さっきと同じ牌だろうが。

ガミ、出てくる。

ガミ もう来てたのか。早いな。金の匂いをかぎつけると、ハイエナよりも早い奴等だ。

コゲ沼 ガミ……。

ヒー坊 ガミさんだ。これで差し引きだ。

ヒー坊はコゲ沼が引き寄せようとしていた札を引き戻す。

ヒー坊 (独白)賭場だぜ。男がくる確率が高いに決まっているだろう。

コゲ沼 (ガミに)お前、博奕やめたのか。

ガミ ああ、やめた。こんなしんどい商売続かねえ。

コゲ沼 客が全然いないじゃないか。俺たちは儲け話があるって言うから来たんだ。

ミイ、出てくる。

ミイ さあ、油売るのはその辺にしておくれ。

コゲ沼・ヒー坊 ミイ姉さん。

ミイ この五稜郭は函館一のバイニンを決める賭場だ。油じゃなくて男を売っとくれ。

コゲ沼 函館一のバイニンを決めるなんて奇麗ごといって、本当は他に魂胆があるんだろう?

ミイ 何いってんだい。こっちは男っぷりのいい男に儲けていただこうと、慈善事業をやるつもりでいるのに。

ラバが入ってくる。

ラバ よくもそんなでたらめがいえたもんだ。函館中のパンパン泣かせた女衒のミイだ。お宝がたんまり入る魔法を考えたにちげえねえ。儲かる話には乗るの一手だ。なあ、ガミ。

ガミ いい友達を持って光栄だろう?

ラバ 久しぶりだな。コゲ沼。ヒー坊。

コゲ沼 ラバ、どこほっつき歩いていたんだ。

ラバ 旭川、札幌。ここに来たらしびれるような博奕がぶてるってんで、飛んでかえってきた。

ミイ まずはあんたたちの腕を見せてもらうよ。

ラバ (ガミに)なんだと! このババア俺を信用してねえのか!

ガミ (頭を示し)ちったあ、油注せ。景気付けに儲けてください、ということだ。

ミイ (奥に向って)さあ、どうぞこちらへいらして下さい。

ガラ、出てくる。

ミイ (みんなに)こちらは五十嵐先生。こう見えても大学の先生だよ。

ガラ 先生といいましても、私はまだ大学院を出たての助手なんです。皆さん、始めまして。五十嵐と申します。私は大学で考古学を研究しとります。初心者ですが、お仲間に入れて下さい。

ガミ 大学の先生がどうしてこんな場所に。

ガラ 古代、日本人は占いで政治を決めておったんですな。有名な卑弥呼もお告げで政治を司っておったのです。これは日本だけではなく、世界的な傾向です。ギリシア語のディケーという単語は、正義あるいは法律という意味ですが、その語源はディケルン──つまり、賭ける──という意味なんです。

コゲ沼 なんか、頭痛くなってきた。俺ガキの頃から勉強すると頭痛くなってくるんだ。

ガラ 考古学では政治と博奕は同じルーツなのです。私の専門である縄文人にとって、生きることは博奕と同じ事だったのです。

ヒー坊 生きることが博奕。僕達と同じゃないか。

ガラ 私は古代人の世界観をより深く知るために博奕をしてみようと思い立ちました。よろしくお願いします。

ラバ よろしくったって。(みんなに)なあ。

ガラ お金はあります。(内ポケットから封筒を出す。中から札束)五十嵐家は代々松前藩の家老職にありまして、今でも蓄えが――。

ラバ (改まって)精魂込めて、お教えさせていただきます。

ガラ ありがとうございます。

ガミ これは牌本引きというゲームです。札を使えば、手本引きといいますが、麻雀の牌を使うから牌本引きです。(胴の位置を示し)ここに居るのが胴──親──です。(やりながら)親は1から6までの牌を手にし、どれか一つを伏せます。子は親の数を予想し牌をおきます。うちでこれからやるのはポンキ、一点張りです。当たれば配当は6倍。

ガラ 六分の一の確率で予想して、配当は六倍、フェアなゲームですな。

ガミ ただし、勝った方は勝ち金の5%をテラ銭として店に入れていただきます。

ラバ 一番儲かるのは胴元ってわけだ。

ミイ 何いってんだい。国がやっている競馬は25%もテラ銭とってるんだよ。5%なんてかわいいもんさ。

ガラ 素晴らしいギャンブルです。技術の力はまったく関係ない。純粋に運と勘だけのゲーム。まさに、縄文人の世界観。文化です。

ガミ 先ず、一枚づつ引いてください。一番大きい数を引いた人が親です。先生どうぞ。

ガラ はい。5です。

ヒー坊 1。

コゲ沼 4。

ラバ 6。俺が親だ。

ガラ 親の方にはいくらお支払いすれば――。

ガラ、封筒から金を払おうとする。

 ラバが取ろうとする。

ガミ (ラバを制し)まだ、払わなくていいんです。

ラバ いくぜ。

コゲ沼 (ガラに)気をつけて下さいよ。こいつ(ラバ)特攻で死に損なった強運の持ち主だ。

ラバ ほう。20年の函館大空襲で真っ黒焦げになっても死ななかった、コゲ沼に言われたかあねえな。

ガラ (ヒーを指して)この人も強運の持ち主ですか。

ヒー坊 僕は旭川の医者の息子です。金持ちの家に生まれたのがそもそも運がいいんです。

ラバ さあ、どうだか。

ガミ 帝大に戻って素直に医者になった方がいいと思うぜ。

ヒー坊 風邪と腹痛のガキ相手にしながら死んでいくなんてごめんだ。僕はしびれるような人生が送りたいんです。

ラバ 入ります。(牌を引く)

ガミ 先生、のんびりしてちゃ駄目だ。胴の動きを頭に叩き込むんだ。肩のゆれ具合。手の角度。目線の向き。相手がどの目を出すとき、どんな癖を持っているかを見抜くんです。

ガラ、ラバを食い入るように見る。

ガミ 親は全身全霊を込めて、自分の癖を見抜かれないように、動きを極限まで抑えるんです。自分の動きを天から眺める。人に見抜かれたら終りだ。

ガラ 自らを神の視点で見るんですな。文化の高さを感じます。私はかねがね考えとったんですよ。縄文人は文化が高い、と。

コゲ沼 なんだか、博奕やっている気がしねえな。

ラバ (牌を伏せる)入ります。

ガラ では、5。(5円張る)

コゲ沼 5円だなんて、先生。そんな少ない金じゃ、研究にならないよ。

ヒー坊 ドーンと行かなきゃ、いい論文書けませんよ。

ガラ では。(1000円張る)

ガミ 1000円!

他のものも張る。が、小張りでガラの邪魔にならない程度の額だ。

ラバ 5だ。

ガミ 先生の勝ちだ。

ガラ 私、6000円勝ったんですか。一カ月半分の給料を一瞬で。

ラバ それが博奕です。

ガミ 先生、一ヶ月半で6000円ということは、1ヶ月4000円!

ラバ オメエ、ミイにいくらで雇われた?

ガミ 一ヶ月で700円だ。

ミイ また玄人に戻りたくなったかい?(去る)

ガラ 私、博才あるんじゃないでしょうかね。

コゲ沼 強い。先生、強いよ。

ガラ そうですか?

ラバ 牌を置くところなんか堂に入っているよ。

ラバ 入ります。(牌を伏せる)

ガラ もう一度、5。(1000円張る)

コゲ沼 1。1円。

ヒー坊 1。50銭。

ラバ 勝負。(めくって)4だ。

ガラ ああ、一週間分の給料が一瞬でなくなった。

ヒー坊 先生、挫けちゃ駄目だ。賭場じゃ金なんか鼻っ紙だと思わなきゃ。

ガラ 鼻っ紙。

ラバ 1000円取られたら2000円張り返す。2000円取られたら4000円。4000円取られたら、8000円。どんどん張り込んで、いつか勝つ。

ガミ 賭場では金は命の次に大事なものですが、鼻っ紙のように使えない奴は勝てません。

ガラ 命の次に大事なものが鼻っ紙。縄文人はこんな奥深い哲理の中で生きていたのか。

コゲ沼 先生、頼むよ。俺達を縄文人にしないでくれ。

ラバ 入ります。(牌を伏せる)。

ガラ 2に2000円。(勝負師っぽく)

コゲ沼 6。10円。

ヒー坊 6。1円。

ラバ 勝負。4。貰いだ。

ガラ 参りました。

ガミ 先生、ツナ考えなくちゃ駄目だ。ツナっていうのは牌の目のことですがね、5の次に2ってのは素人過ぎる。上から二番目の次に、下から二番目なんて――。

ガラ だって私は素人ですもん。

ガミ 素人の考えることは、みんな読まれちまうんだ。いいかい? バイニンはツナを厚と薄に分けるんだ。3、4、5、を厚、1、2、6、を薄。娑婆とは分け方が違う。そこを間違えているんだ。

ガラ 6を123と456に分けるんじゃなくて、345と126で分けるんですか。

ラバ なんかおかしいかい?

ガラ 文化ですなあ。

ラバ さあ、先生、文化の続き行くぜ。(牌を取る)

ヒー坊 さあ、先生。ドーンと張りましょう。ドーンと。

ガラ 次は4000円ですね。

                                    明転

外場。

夜。

ミイと静子。

静子 私調べたの。おばさまの店・開陽楼の女達は誤った国策の犠牲者ということになるわ。RAAだっけ? 「特殊慰安施設協会」──。これを作ったのは日本政府でしょ? 育ちのいい娘さんを募って、進駐向けの慰安婦にしたのは。それをGHQが蹴ったために、女性たちは行き場を失って立ちん坊になってしまった。おばさまは立ちん坊の女性が夜露に濡れなくてすむようにした功労者じゃない。私、日本政府の愚かな政策を記事にして告発するわ。

ミイ できるもんか。

静子 できるわ。GHQは娼婦廃止運動をやっているし、女性解放には好意的だもの。

ミイ あんたみたいなお嬢様には新聞記者はできないわね。GHQが女性解放に好意的だって? 笑わせないで。進駐軍に犯されて行き場がないままパンパンになった女が日本に何人いると思っているの? 100万人よ──。

静子 100万人?

ミイ うちの開陽楼には、RAA崩れの女もいれば、進駐軍に犯された女もいる。片方を書けば、もう片方も書かなくちゃならないわよ。それがあんたに出来るの?

静子 まったく。この国には言論の自由がないんだから。

ミイ あんたの嘆き節に付き合っている暇はないの。

静子 実はもう一つお願いがあるんだけど。アイヌの男が日本人の経営する賭場を次々と荒らしまわってつぶしている──。で、次の標的はおばさまの五稜郭。おばさまはうでっこきの博奕打ちを集めて、アイヌの博奕打ちを迎え撃つ──。

ミイ そんな話誰に聞いたの?

静子 誰って──。

ミイ おしゃべりガミだな。で、お願いってのは?

静子 取材したいの。一部始終を。

ミイ 駄目よ。新聞に書かれたら、私の手が後ろに回るわ。

静子 取材先は絶対に明かさないわ。私は歴史の裏側にスポットを当てたいの。戦争の爪痕を庶民の生活の中で記事にしてみたいの。

ミイ 博奕打ちなんて、庶民以下の屑よ。

静子 絶対に迷惑かけないって約束するから、お願い。一生のお願い。

ミイ 危ない眼に遭っても知らないよ。

明転

前の場に戻る。

ガミ、ラバ、ガラ、ヒー坊、コゲ沼の5人が牌本引きを続けている。

ラバ 勝負。1。

ガラ 三上さん、廻銭もう10万、回してください。

ガミ 先生、もうそこまでですよ。今日来たばかりの客にうちはもう50万も回しているんですから。これ以上回したら、私がミイ姉さんに首を切られます。

ガラ ……50万円。私はもう50万円も借りてしまいましたか。

ガミ 卓の上にある金はみんな先生の金ですよ。

ガラ 10年分の給料を私は2時間で使ってしまいました。

ヒー坊 いい研究論文がかけますよ。

ガラ ……私は負けっぱなしでした。六分の一の確率で予想して、配当は六倍。こんなフェアなゲームで一方的に負けるなんて……。

コゲ沼 先生、まだ縄文人の気持ちが分かってないみたいだね。

ラバ 負けっぱなしじゃねえよ。先生にも勝機はあったんだ。博奕のコツってのは──、ツカねえ時は耐えるしかねえが、ツキ始めたら張り駒を上げていく。

ガラ そうでしょう。私はそう思って、ツいたと思ったときに額を上げていきました。

ラバ 先生はそのコツは気が付いた。だが、「一カキ二ビン」て奴を知らなかった。

ガラ 一カキ二ビンですか?

コゲ沼 いいツナが来て、一回カク(卓の金を集まる真似)。それでいい気になって張り駒を上げていくと、二の矢で貧乏するということだ。

ガラ 確かに私はあの時色めきたって、一気に張り額を上げていきました。

ラバ 勝負の運はあそこで逃げたのさ。すぐには勝負に行かず、本格的な昇り運が来るのをじっと待つんだ。

ガミ バイニンはその鉄則は死んでも守るんです。

ガラ 一晩中ツカなかったらどうするんです。

ガミ 一晩でも二晩でも待ちます。例え途中で気が狂ってもね。

ガラ 一カキ二ビンですか……。文化ですな。ハハ……。いや、文化です。

ミイ、出てくる。

ミイ タマはできたかい?

ヒー坊 ああ。やる気が起きますよ。来てやった甲斐がありました。

ミイ なにいってんだい。勝ちすぎて、どこの賭場からも締め出しを食った屑のくせに。

ヒー坊 なんだと。

ラバ まあまあ、女の言う事だ。

ミイ その女を頼ってきたくせに。

ラバ 俺達は函館一のバイニンを決めるっていうから来たんだ。この3人でやるのかい?

ミイ それで面白いのかい?

ラバ 金さえくれればな。

ミイ へこまして欲しい男がいるんだ。

コゲ沼 相手はバイニンかい?

ミイ 最低のね。うちの開陽楼で一番売れてる子を博奕のかたでとっていった上に、この店をつぶす気だ。

ラバ そのバイニン、名前はなんていうんだ。

ミイ フクロウ。

ヒー坊 名字は?

ミイ 知らないよ。

コゲ沼 お前、そのフクロウと手を握ったんじゃねえだろうな。

ミイ そんなことなら、わざわざお前たちを集めたりしないよ。分かっているのは、アイヌの男で日本人の博奕打ち殺すのに快感を覚えている奴よ。血も涙もない男で──。

フクロウ (食って)和人を恨んでいる──。

フクロウ、立っている。

ミイ フクロウ。

フクロウ この店、3日でつぶしてやる。

フクロウの後ろに碧が立っている。

ミイ 碧──。

フクロウ この間までこのババアの女郎屋でこき使われていた女だ。いい女なんで、俺が請け出してやった。(でかい態度で椅子に座る)

ミイ (碧に)どの面下げて、私の前に現れた。空襲で親を亡くして路頭に迷っていたお前を食わせてやったのは誰だい。恩をあだで返すのかい!!

フクロウ 恩!! 古いぜ。よその女郎引き抜く女衒のミイが、自分の女郎引き抜かれて頭に来るか!! 笑わせるぜ。

ミイ (碧に)アイヌのお引きが楽しいか!

フクロウ アイヌで悪かったな。だが、こいつにも俺と同じアイヌの血が流れている。俺たちはシャモにとられたアイヌの土地を取り返す。いけねえか。

コゲ沼 博奕打ちがうじゃうじゃ能書きを垂れるんじゃない。俺たちは博奕で片をつける。そうだろう。

フクロウ 大賛成だ。(ふてぶてしい)

賭博師・梟  (幕前十三ページ)

 

 

五稜郭。

ガミ、ガラ、静子、コゲ沼、チヨがいる。

静子 それ本当のこと?

ガラ 間違いありません。碧さんとラバさんが逆さクラゲから出てくるところを私はこの目で見たんですから。

静子 じゃあ、フクロウはラバさんに間男されたってわけ。

ガラ そうなります。

ガミ こいつはお笑いだ。フクロウの小生意気な鼻っ柱がへし折れたぞ。

静子 先生はどうして逆さクラゲなんかに――。

ガラ 野暮用で。はい。

フクロウが立っている。

話を聞いていたのだ。

フクロウ (ガミに)酒くれ。

ガミ バイニンは勝負の前には飲まねえもんだぜ。

フクロウ (ガラの胸座をつかみ)手前、本当か!!

ガラ 嘘いってどうするんですか?

フクロウ あの野郎!!

ガミ (グラスを置き)面白い。お前、碧に惚れてるな。バイニンがおヒキに惚れるか。今日はなんて面白い日だ。

フクロウ 黙れ。(苛立っている)

静子 (ガミに)どういうことなの?

ガミ 博奕の世界ではバイニンとおヒキは王様と奴隷の関係だ。おヒキは絶対服従。今、俺達は奴隷の女に惚れて見事に捨てられた王様を見ているってわけだ。いいザマだ、フクロウ。アイヌは心やさしいからな。和人に土地を奪われ、女も奪われたってか。

フクロウ うるせいや!!

ラバ、碧が現れる。

フクロウはラバの胸座をつかむ。

フクロウ いい度胸してるな。手前。(殴る)お前もお前だ。(碧を殴る。蹴る。)

ラバ いい加減にしろ。(フクロウを殴る)

フクロウ倒れる。

ミイが立っている。

ミイ 手を出すのはそこまでだ。店が壊れたら弁償してもらうよ。

ラバ (フクロウに)碧はもうお前と博奕ぶつのいやだっていってるぜ。

フクロウ いやでも俺の女だ。

ラバ 何が女だ。ガン牌のおヒキに使っているだけのくせに。

フクロウ 手前、ばらしやがったな。(碧を殴る)今まで誰に食わして貰ったと思ってるんだ。

ラバ 大概にしねえか。(止める)碧は今日から俺の女だ。

フクロウ 俺の女だ。

ラバ 碧。お前が決めろ。どっちの女だ。

フクロウ お前、どっちに付く。えっ? どっちにつくんだ!

碧泣き始める。

ラバ じゃあ、これでどうだ.博打に勝ったほうが、碧を取る。

フクロウ よし。

ラバ 勝負をしよう。イカサマ抜きで。お互いの全てを賭けて打つんだ。

フクロウ 面白い。

ラバ 負けた方は博奕から足を洗う。

ラバ ・・・・・・勝った方は?

フクロウ ──死ぬまで博奕をおりねえ。心臓が張り裂けるまで博奕をぶつ。

ラバ おもしれえ。乗った

ガミ 親決めだ。(牌を混ぜ始める)

碧が出る。自分が介錯をやるのだ、という意志が見える。

ガミ 張り駒はお互いあり金全部。廻銭はなしだ。

ラバ、フクロウ、牌を拾う。

フクロウ 5。

ラバ 6。俺が親だ。

フクロウは280万円を置く。

ラバは200万円を置く。

ラバ 入ります。(牌を伏せる)

フクロウ 1。20万。

ラバ 勝負。2。(伏せて)入ります。

フクロウ 1。40万。

ラバ 勝負。2。(伏せて)入ります。

フクロウ 1。60万。

ラバ 勝負。2。(伏せて)入ります。

碧はモク札を並べている。

ラバ 随分静かに博奕をぶつじゃないか。

フクロウ 俺は静かにぶつのが好きなんだ。

4戦目、ラバ、牌を伏せる。

ラバ 入ります。

フクロウ 1。80万。

フクロウは最後の80万である。

緊迫する一瞬。

時間が凍り付いたように二人は動かない。

女衒1、2が入って来る。

女衒1 ババア、表に出ろ!!

ガミ ちょっと待てよ。なんだ!!

ミイ 何しにきやがった。

女衒1 何しにだと!! 今日こそは落とし前をつけてもらう。

ミイ ここは賭場だ。お前らも博奕ぐらいぶつだろう。大博奕の最中にひょこひょことしみったれた面出すんじゃない。

女衒2 ババア、なめるんじゃねえ。面かして貰おう。

女衒1 (卓を見て)お宝がたんまりあるじゃねえか。(触ろうとする)

ラバ なにしやがるんだ。

フクロウ 俺は静かに博奕がぶちてえんだ。うるせえ。

女衒1 頂くぜ。

ミイ その卓に手を出すんじゃない!!

フクロウ てめえら、パンパン泣かしてりゃいいんだ。すっこんでろ!!

女衒2 何だと、このクソ餓鬼!!(銃を構える)

ミイ やめな。うちの客に手を出すんじゃない!!(男2の前に立ちはだかる)

女衒2 格好つけるな。この糞ババア!!

女衒2は引き金を引いてしまう。

ミイは倒れる。

ラバ てめえ、何しやがるんだ!!

ガミ この!!

男たちは退散してしまう。

フクロウ、ラバ、コゲ沼追いかける。

ガミ ミイ姉さん。

ミイを抱きかかえる碧。

碧は目でミイに詫びる。

ミイ ……碧。お前は伊庭八郎という偉い侍の血をひく女だ。立派に生きて欲しいと育てたが、お前は自分からパンパンになっちまった。私は耳にたこができるほど、説教しちまったね。だが、お前は自分が生きたいように生きればいいんだ。パンパンだってかまやしない。 ……畜生。もう、いけない。

ガミ 気の弱いこというんじゃない。

ミイ (ガミに)卓の下の包みを持ってきておくれ。(ガミ持ってきて包みを解いて見せると金塊である)これは私の血と汗の結晶だ。半分で開陽楼の女たちに墓を立ててやって欲しいんだ。(静子に)残りの半分で、ガンガン寺に鐘を寄付して欲しいんだ。畜生……もっと、金を貯めとくんだった。

 ミイは息絶える。

ガミ ミイ姉さん!!

静子 おば様!!

チヨ おばさん!!

ガミ この博奕は終わりだ。胴が倒れたんだ。

ラバ いや、終わってねえ。

ガミ なんのためにやる。

ラバ なんのためにだと!! ぶちたいからぶつんだ。(フクロウに)いいか、逃げるな。

フクロウ おおさ!!

暗転

五稜郭。

ラバはスケッチ風の絵を鉛筆描きで描いている。

静子が出てくる。

ラバ ミイ姉さんの側にいてやれよ。

静子 ……居たたまれなくて……。おば様、両親に死に別れて、孤児になっても生き抜いて……。戦争にも生き残って……。踏まれても踏まれても死ななかった人が、あんなに呆気なく……。

ラバ ……お前も夏には蚊ぐらい殺すだろう。蚊だって、死ぬ直前まで自分が死ぬなんて思っていない。

静子 ラバさん、人が死んで悲しくないんですか。

ラバ 俺たちは虫けらだ。虫けらは親兄弟が死んでも泣いたりはしない。

静子 虫けらだなんて……。ラバさん、兵隊にとられる前、上野の美術学校にいってたんでしょう? 将来を約束された画学生だったって……。

ラバ ガミか――。……あいつは戦時中特高にとっつかまって、拷問を受けた。その時口を割らなかった分、今しゃべりすぎる。(去る)

  静子も去る。

暗転

フクロウ、道を歩いている。

チヨが後ろからくる。

チヨ フクロウ。

フクロウ どうした。

チヨ 聞いてもらいたいことがあるんだ。

フクロウ なんだ。

チヨ 私、絵を止めて、商業デザインの勉強しようと思うんだ。

フクロウ なんだ、それ?

チヨ 広告の図案を考えたりする仕事。誰の目にも見える物を作るんだ。これから仕事が増えるって。

フクロウ チヨ、お前の懐には銭がたんまり入ってくるぞ。

チヨ でしょ?

フクロウ あんな下手くそな絵を描くよりよほど金になる。

チヨ 私、大金持ちになるんだ。

フクロウ お前、顔に似合わず賢いな。

チヨ ……フクロウ、どうしてあんたが嫌われるかわかったよ。あんた、本当の事をいうんだ。

フクロウ ……。

チヨ フクロウのお母さんの名前、教えてくれる?

フクロウ 幸恵だ。海の幸の幸に、恵む。

チヨ フクロウ、お母さん、好きだった?

フクロウ ああ。お袋を大事にする男しか立派な狩人にはなれない。

チヨ ラバさんとフクロウ、どっちがお母さん大事にしたんだろう。

フクロウ ……俺だ。

チヨ ラバさんがここで待ってるって。(紙に書いた地図を渡す)

チヨは去る。

フクロウも家を出る。

明転

「碧血碑」の前に、ラバがいる。

焚き火の前で、一人酒を呑んでいる。

フクロウが現れる。

フクロウ いきなりこんなところに呼び付けて、何のようだ。

ラバ こいつを一回見ておこうと思ってな。

フクロウ これが碧血碑か。

ラバ ああ、碧血碑だ。箱館戦争で死んだ男たちが眠っている。榎本武揚と一緒に維新政府と戦って、最後五稜郭で果てた男たちだ。義に殉じて死んだ武人の血は三年経つと碧色に変わるという中国の逸話から「青い血の碑」と名づけられたそうだ。

フクロウ ……土方歳三もここに眠っているのか。

ラバ ああ。

フクロウ 俺はシャモの中で土方歳三だけは好きだ。

ラバ 伊庭八郎は? 遊撃隊の隊長だ。フクロウ 土方と一緒に壮絶に戦った男。

だな。土方の次に好きだ。

ラバ 碧の母親は伊庭八郎とアイヌの女の間にできた子供だってな。

フクロウ そうだ。(碧血碑を見やり)土方、伊庭……。奴らは戦うことに値打ちがあるってことを知っていたんだ。明治まで生き残って勲章貰った奴よりよっぽど偉い。……俺は博奕打ちだ。世間の人は生きていくことで勲章を貰うが、俺はどれだけいい博奕を打ったかってことで値打ちが決まる。

ラバ ああ。

フクロウ シャモにも骨のある奴はいる。

ラバ 日本人、嫌いか?

フクロウ シャモの好きなアイヌはいねえ。

ラバ お前のは嫌いっていうより、憎しみだ。

フクロウ レイテ島で日本軍がアメ公とドンパチやったときのことだ。もう日本の負けは決まってるって頃のことだ。俺達アイヌは最前線で日本軍の弾除けに使われた。戦闘が終わった後の戦場はアイヌの死体で地面が見えなくなるほどだった。

ラバ お前よく生き残ったな。

フクロウ 俺は運がいいのさ。・・・・・・後方から部隊長が「突撃」と叫ぶ。死ぬほどの恐怖が背中を走る。・・・・・・何しろ、死ぬんだからな。頭が真っ白になって闇雲に突っ込んだ奴は、敵さんの機関銃の「パラパラパラパラ」というリズムに魅入られちまう。敵さんとリズムが合っちまったら、一巻の終わりだ。そいつは一瞬で血まみれになって地面に転がっている。俺はそうしなかった。「パラパラパラパラ」と聞こえる。後ろに行けば味方に撃たれる。前に行くしかねえ。一呼吸ずつかわしながら走る。(実際にやりながら)「パラパラパラパラ」──。弾の行き先の裏をかくんだ。俺はアメ公の弾に当たらなかった。

ラバ そんな手際誰に教わったんだ。

フクロウ いや、誰にも。最初からそんな気がした。

ラバ まるで博奕みてえだ。

フクロウ だろう? 俺は何があっても死なねえんじゃないかと思った。いや、本当の俺はレイテで死んじまっているのかもしれねえ。実のとこはわからねえが、それから不思議と死なねえ。レイテ島からマニラに向かう船が沈んだ時のことだ。俺達を乗せた輸送船は19隻。これを護衛する駆逐艦は5隻。(笑いが込み上げる)5隻の駆逐艦でどうやって19隻の輸送船を護衛するっていうんだい。オルモック沖でノース・アメリカンB25、30機の襲撃に会った。こっちは丸腰だから、敵さんは超低空から爆弾を落としてくる。当たらねえはずがねえ。第1弾は1番ハッチに命中。傍にあったドラム缶に引火して大火事になった。船尾に逃げたら6番ハッチの外側には馬が入れそうな大穴が開いて煙を噴いている。もういけねえ、と思ったときに弾薬に火がまわって、船が真っ二つに割れはじめた。「船を降りろ」。退船命令が出たんだが、俺は泳げねえ。一巻の終わりだと思って、煙草に火を点けた。

ラバ いい度胸してるな。

フクロウ 度胸じゃねえ。船は火の海だし、頭の上からはグラマンがガンガン機銃掃射してくるから、他にやることがねえんだ。……船はずんずんと沈んでいく。船長が「退船、退船」と叫ぶ。俺は手近にあった桶をつかんで飛び込んだ。船が沈むときは渦に巻き込まれないように、遠くに離れなくちゃならねえ。泳ごうともがいたんだが、根っから泳げねえから、ろくすっぽ進まねえ。そのうち船から流れ出た重油が近づいたかと思うと、火が付いた。火はあっという間に俺の傍まで近づいてきた。目の前でこんな(高い)火柱が上がる。顔がカアッと熱くなる。今度こそ終わりだと観念した。その時だ。6番ハッチの弾薬に火が入って船は大爆発を起こした。材木や鉄板が中天に舞い上がった。その勢いで重油の火が吹き消されてしまった。俺はまた助かっちまった。桶にぶら下がって波にプカプカ浮いていると、同じように板切れに捉まって浮いている兵隊が5〜6人いた。お互い声をかけながら頑張ったんだが、なにしろ水も食い物もない、昼は太陽に照り付けられ、夜は歯の根が合わないほど寒くなる。時々、フカの尖がった背鰭が近づいてくると、また心臓が止まりそうになる。二日たち、三日経つと、一人また一人と力尽きて波間に消えていく。何日目だったか、ある兵隊は子供のような顔になって「お母さん、行きます」といってそのまま歩くように沈んじまった。7日目。俺ともう一人、木村とかいう兵隊と二人になった。どでかい台風に遭っちまった。亜熱帯の台風は波が天をつくほどうねる。空は雲に覆われ墨を一面に撒いたように真っ暗。今度こそお終いだ、と思った。木村もそう思ったことだろう。奴はそこで力尽きた。ところがその台風は2時間もしないうちに止んでしまったんだ。雲の切れ間から神々しい薄日が見えた。俺は神様は信じねえが、あの光はそんな感じの奴が放っているんじゃないかと思った。俺はその時もう死なない、と思った。何故だかわからないが、そう確信した。その時だ。日本の巡洋艦が俺を助けてくれた。

ラバ ツキがあったんだな。

フクロウ ああ、ツキがあった。……あんただって、特攻の死に損ないなんだろう?

ラバ ……回天って知っているよな? 93式魚雷を改造して頭んとこに爆薬を積んだ人間魚雷だ。潜水艦から発進して敵艦に体当たりする特攻で、俺はその搭乗員だった。俺の部隊に志願したのは一人もいなかった。ところが気がついたらみんな志願したことにされていたんだ。……死ぬ覚悟はできていたつもりだった。だが最後は覚悟じゃないんだ。出撃の前の日、同僚が訓練中に事故で3人死んだ。回天のハッチから水が入ったんだ。艇を陸揚げしてハッチを開けたとき、同僚は死んでぐにゃりとしていた。顔は血だらけ。魂のいっぱい詰まっているはずの人間が死んだ瞬間ぐにゃりとした肉の塊にしか見えなくなった。俺は明日死ぬんだという気持ちは微塵もなくなった。死ぬことも生きることも考える必要がなくなった。翌日、長崎の訓練基地から潜水艦に乗り組んだ。おふくろに貰った千人針を腹に巻いた。左腕には特攻の紋章・緑の菊水をつけた。敵空母発見の合図と共に俺は回天に乗り込んだ。外からハッチが閉められた。これから攻撃に向かう兵隊がよく子供の頃のことを思い出すっていうが、あれは本当だな。俺はもずの雛を6羽飼っていたことがある。飛びたつ日を楽しみに毎日餌をやっていた。猛烈に餌を求める奴もいたが、いつもトロンと眠ってあまり食おうとしないのもいた。日が過ぎるにしたがってそいつはやせ衰えていった。ある日、硬くなって死んでいた。俺は大空に飛び立って行った5羽のもずのことはカラリと忘れて、巣箱で硬くなって死んでしまった一羽のことばかり思い出していた。回天に出撃命令が下り、俺はエンジンをかけた。・・・・・・エンジンは回らなかった。故障だ。俺以外の3隻の艇はそのまま出撃していったのに、俺だけは死に損なった。誰がどの艇に乗るかなんて、誰が決めたわけじゃない。俺にはツキがあったのか──。なかったのか──。だが、次の出撃命令が下る前に8月15日が来てしまった。……俺は何もすることがなくなった。

フク 博奕があるじゃないか。

ラバ 確かにそうだ。博奕がある。なあ、フクロウ。碧がどっちにつくにしても、優しく扱うって決めねえか。あいつは空襲で家族を失って、そのショックで言葉を失った。戦争が終わってもパンパンで生き凌ぐしかなかった。可哀相じゃないか。

フクロウ そうだな、可哀相だな。だが、可哀相じゃない奴がこの世にいるかい? 俺のコタンでも仲間はみんなかわいそうに死んだ。碧は使いたいように使えばいいんだ。

ラバ だが、大事に使おうといっているんだ。

フクロウ ……わかった。約束しよう。

ラバ 素直だな。

フクロウ 一つ頼みがあるんだ。

ラバ なんだ。

フクロウ 絵を描いてくれないか?

ラバ 絵?

フクロウ ああ。いつか五稜郭でお前の絵を見た。

ラバ ……。

フクロウ チヨが見せてくれたんだ。俺は絵のことはわからないが、気に入った。俺にフクロウの絵を描いてくれないか?

ラバ そんなことか。

フクロウ (ポケットから紙と鉛筆を出す……。)

ラバ (受け取り描き始める)……。

フクロウ フクロウは俺達アイヌの守護神だ。……ガキの頃、おふくろが梟の神が歌った歌というのを教えてくれた。「銀の滴降る降る回りに。金の滴降る降る回りに」

ラバ いい歌だな。……なんだか、上手く描けねえ。また、今度でいいか?

フクロウ ああ、構わねえよ。急いじゃいない。

ラバ いいか、逃げるなよ。

フクロウ 逃げるか。

             暗転

路上――。

静子とガミ。

静子 今ごろ二人は作戦を練っているんでしょうね。

ガミ ここまで来たら作戦も糞もない。博奕は最後自分が賭場で身につけた流儀にすがって闘うだけなんだ。

静子 碧さんはどうなるのかしら。

ガミ かわいそうだが、自分の意志じゃあどうにもならない。

静子 二人は博奕で取り合うっていうの?

ガミ そうなるかな。

静子 ひどいわ。一人の人間を博奕で取り合うなんて。まるで物でも扱うみたいに。

ガミ それが奴等のルールだ。

静子 じゃあ、ガミさんも女の人を好きになったら、博奕でやり取りするの?

ガミ 突然何を言い出すんだ。俺は博奕やめたんだ。第一そんな女いねえよ。

静子 そう。……ガミさんはラバさんとフクロウ、どっちが勝つと思う?

ガミ さあ、才能も互角。運も互角。

静子 じゃあ、勝負がつかないじゃない。

ガミ 相手との闘いじゃねえんだ。その場で、自分の力だけを信じ、自分の流儀にどれだけ機械的になれるかってことなんだ。

静子 機械的──。インテリは博奕に向かないわね。

ガミ 機械になれないからな。

静子 戦前、共産党員が思想犯で逮捕されたわよね。

ガミ ……。

静子 拷問で自白しないためにガミさんは機械になった。

ガミ 調べたのか?

静子 私ガミさんが怖くなってきました。

ガミ 特高の拷問には耐え抜いた。だが、戦争が終わってやることがなくなった。生きるために博奕を始めた。博奕に比べたら思想なんて100倍甘い。博奕は10年続かない。

暗転

五稜郭。

ラバは卓に付いている。

ガミ、ガラ、コゲ沼、碧、静子、チヨが見守っている。

ガラ 定刻から20分過ぎました。フクロウは逃げたんでしょうか。あの男でも怖いという感情は残っているんでしょうな。博奕は自然の持つ厳しさともろに向き合います。自然が厳しいように博奕もまた厳しい。私は縄文人の世界観に一歩近づけたような気がします。不思議な数日間でした。最近の考古学の成果では、縄文人はアイヌに骨格が非常に似ているとされています。私の縄文研究も一歩進んだというわけです。金は惜しかったが……。

ガミ (ラバに)奴はもう来ない。終わろう。

フクロウ、現れる。

ガミ 遅いぞ。20分遅刻だ。

フクロウ そうかい? 巌流島の決闘は遅れてきた方が勝つんだ。

ガミ ここは五稜郭だ。

フクロウ じゃあ、俺は五稜郭に現れた武蔵だ。

ガミ この間の続きだ。ラバが親。モクは2が4つ並んだ。(一万円を置き)祝儀だ。一万両。

ラバ・フクロウ いらねえ。

ガミは金を引っ込める。

ラバ 入ります。(牌を置く)

フクロウは置かない。

両者は睨み合う。

フクロウは、一度高く振り上げた牌を、静かに置いた。

フクロウ、1と張る。

ガミ フクロウ、1。奴は手を替えねえ。

ラバは静かに牌を捲る。

牌は1。

ガミ 1──。

フクロウ 俺の勝ちだ。

 フクロウは金を袋に詰め始める。

フクロウ お前は博奕から足を洗う約束だったな。俺は心臓が張り裂けるまで博奕を打つ。楽しみだ。……碧、行くぞ。

碧はラバに抱き着く。

ひたすら首を振る。

フクロウ 碧、来い!! 来るんだ!! てめえはアイヌだろう!!!

……いや!!! 私はアイヌよ。でも、私はあなたの奴隷じゃない!!!!

フクロウ 餞別だ。お前にくれてやる。

フクロウ、去る。

暗転

闇の中、ガンガン寺の鐘の音が聞こえてくる。

エピローグ

プロローグのときのまま、ラバとガミが対座している。

ラバ で、フクロウは。

ガミ 死んだ。

ラバ 死んだ?

ガミ 朝鮮戦争の最後の年だったから、もう7年も前のことだ。

ラバ 7年…・・・。

ガミ ああ。飛びっきりのバイニンらしい壮絶な最後だった。朝鮮戦争の戦争景気にわいている函館に、フィリピンからフェルナンドっていう財閥の跡取りが現れたんだ。スペイン系の名前だが、あれは華僑だな。とてつもなくツエえ博奕打ちだった。相手が100万張ったら200万張り返す。200万張ったら400万だ。負けても負けても、倍、倍と張ってくる。一歩もひかねえ。何しろ国に帰ればレイテ島に広大な荘園を持っているとかで、タマが底無しなんだ。一年に3回も4回も米が取れて、小作人を絞り上げれば、いくらでも金がわいてくるんだといっていた。

ラバ それだけ、タマ持たれたんじゃ、普通のバイニンはつぶされちまう。

ガミ 結局、函館中のバイニンがつぶされちまった。最後、フクロウとサシの勝負になった。最初、5万、10万から始まったホンビキが、フクロウが勝ち込んで、額はどんどん膨らんでいった。フクロウの前にはフェルナンドの切った手形を含めて、一億の張りコマが積まれた。

ラバ 1億……。

ガミ 昭和28年の一億だ。・・・・・・親はフェルナンド。モクは2がきれいに6枚並んだ。ラバ 2が6枚――。

ガミ 次の一戦で勝負が決まる。(やりながら)フェルナンドは静かに牌を伏せた。両者はガップリ睨み合う。

ラバ  時間が止る。いや、一瞬にして何万時間が過ぎたのかもしれねえ。心臓は激しく鼓動し、やがて破裂しそうになる。フクロウは目をそらす。びびったのか。フェルナンドは、フクロウが手を変えてくると読んだ。

ガミ (やりながら)フェルナンドは静かに牌を伏せた。

ラバ だが、フクロウは手を変えない。1と張る。心臓が張り裂けそうだって時に、フクロウは相手を揺らしに来ていやがるんだ。化け物だ。

ガミ コマは──。

ラバ 一億全部。勝てば、6億──。

ガミ 勝負。

ラバ ツナは1だ。

ガミ フェルナンドが持っていたレイテの大荘園はフクロウの懐に転がり込んだ。フクロウは証文の受け取り主を「桜庭碧」と書き込んだ。

ラバ 碧──。

ガミ あいつは心底碧に惚れてたんだ。──その証文は俺が預かっている。その直後だ。フクロウは自分がいった通り心臓破裂であの世に逝っちまいやがった。・・・・・・フクロウの負けだ。死んだ奴は運が悪いんだ。

ラバ いや。フクロウは勝った。奴は一歩も引かなかった。心臓が破裂するのがわかっていても、逃げなかった。なんて、ど偉いバイニンだ。

ガミはフクロウの位牌を持ってくる。

ガミ フクロウの位牌だ。墨で書いたんだが、最近、字が青みがかって見える。

戒名は「福郎賭博大居士」

ラバ 福郎賭博大居士・・・・・・。フクロウってのは本名だったのか。

ガミ 福という字はツキの意味だそうだ。ツキの男か。

ラバ ツキの男……。フクロウ。お前は偉い。約束を守った。

碧が絵を持って立っている。

 清楚な婦人のたたずまい。幸せに生きてきたことがわかる。

あなた。

ラバは碧から絵を受け取り、位牌の傍に飾る。

 覆いを取ると、中から梟の絵が現れる。

絵のまわりを、金のしずく、銀のしずくが清らかに舞い降りる。

               幕