星に願いを

さいふうめい

 

登場人物

林家ツトム  (24) 落語家

鍛冶昇    (33) ラ・ストラーダ商会の主人

高田カオル  (23) 新入社員

山本トモ子  (22) 同

花森雄三   (26) 江東区役所職員

洋子     (23) ツトムの師匠の娘

鍛冶春子   (31) 昇の妻

 

場所 東京都江東区にあるリサイクル工場「ラ・ストラーダ商会」

時  現代。季節は冬。

 

 

開演前は緞帳が降りている。

お囃子が聞こえてくる。

シンプルだが、華やかさを秘めているものがいい。

下手、緞帳前にスポットが降りる。

作務衣姿の林家ツトムが現れ、深々と一礼――。

立ったままだ。

 

ツトム (静かに語りはじめる)本日はたくさんのお運びで、ありがとうございます。しばらくの間、おつき合いを願っておきますが――。さて、ここしばらくの間、私は、走る落語、季節落語と銘打ちまして、舞台全体を所狭しと駆けず回り、季節のネタを盛り込んだ噺を続けてまいりました。多くの方々の罵声と、ひんしゅくと、ひと握りの方々の「もっとやれ」という声の包まれて、本日まで、こけつまろびつしてまいりましたが、ついに本日のこの独演会、緊張しきりです。身に余る舞台ですが、実は少しばかり趣向を変えてあります。江戸時代の浄瑠璃役者、近松門左衛門先生は、虚実皮膜なんてェことを申されまして――。芸というものは虚と実、つまり嘘と本当の薄っ皮の間にあるんだってわけです。今日はこの大先生が考えた芸道の深い含蓄を、この未熟者がとり違えてごらんに入れます。どういうことかと申しますと、私が嘘と本当の間を行ったり来たりしてみようってんです。話し手と登場人物を行ったり来たりするわけです。「なんだ、そんな程度か」:::、なんて、イージーですいません。「巷でポツポツお目にかかる実験落語は、能書きばかり多くて発想がイージーだ」とお嘆きの諸兄に、本格派のイージーを見ていただきたいのです。演目は「星に願いを」。オリオンの神話を下敷きにした私の作り話です。ところが中には、私が走る落語、四季折り折りの季節をしゃべる落語に至ったいきさつ、つまり本当の話を盛り込んであります。ここでも虚実の皮膜を行ったり来たりします。舞台は江東区にある「ラ・ストラーダ商会」というリサイクル工場。家庭から出た廃材をもう一回使えるようにする工場です。時代は、私が新作を急ぐあまり、つかみ込み=Aつまり盗作をやった直後のことです。つかみ込みというのは、野球でいうとビーンボールのような反則技で、落語の世界では出場停止になっても仕方がない大罪。私は師匠からも兄弟子からも石持て追われ、自棄をおこしていたのです。まず、ここらへんの噺を枕に使わせていただきましょう。

 

   遠くにディズニーランドを望む「ラ・ストラーダ商会」。

   上手は事務所。

中央は資材置き場、下手は通りである。

トラックが走り去る音。

中央で鍛冶昇が手を振っている。

スクラップが積み上げてある。

 

鍛冶 (手を振りながら)どうもありがとよ、清掃局の諸君。背中のイチョウが光ってるよ。君たちが提供してくれる資源が日本を救うぞ。(肩に痛みが走る)あうっ。痛え。(肩をぐるぐる回す)ふーっ。勢いよく振りすぎたな。おっ、上もんの洗濯機が入ったな。(など品定めをしながら事務所に入る)

 

   カオルとトモ子がテーブルについている。

   つまらなそうだ。

 

鍛冶 どうしたの、入社希望の君たち。太い下水管みたいな顔しちゃって。

カオル・トモ子 (見る):::。

鍛冶 :::つまらない顔しちゃって。(トラックの走り去った方向を指し)どう、気にいった?うちはね、リサイクル工場って言っても、清掃局の運転手さんが味方についてんの。本来なら夢の島に行くゴミを、まだ使えそうなやつだけうちに置いてってくれるんだ。みんなぼくの考え方に共鳴してんだよ。区役所がついてんだから、こわいものなし。親方日の丸な。(テーブルを見て)あっ、そうか。履歴書ね。(見ながら)ちょっとその前に質問していいかな?ぼくの目には入社試験を受けに来た格好に見えないんだけど――。

 

   カオルは派手派手。原色系の服で、見るからに軽薄そう。

   トモ子は前髪を前にたらし、黒ブチのセンスのないメガネ。背中を丸め、服も地味。

 

カオル (明るく)あの、人生投げてますから。

鍛冶 (のけぞる)オーッと。面接試験の第一声が、「人生投げてますから」。素人じゃないよね。ぼく一人しかいなくても一応有限会社だよ。強気じゃない。(履歴書を見て)高田カオル。やっぱり高校は一年で中退ね。

カオル 勉強きらいだし、遊んでる方が楽しいし――。

鍛冶 しぶい。面接じゃ普通言えないよ。(トモ子に)ねえ。

トモ子 (うつむいたまま):::。

鍛冶 わが社の前途は多難だな。言っとくけど、うちは住み込みだよ。男、ひっぱり込まないでね。業務は新しいアイデア商品の開発。生活に潤いを与えるようなものを作るんだ。仕事はちゃんとやってもらうからね。電気のことはわかるの?

カオル まかしてよ。(指で形をつくり)フレミングの左手の法則でしょ。右手の法則じゃん。(右手を出し)こっち(親指)が導線の運動する方向で、こっち(人差し指)が磁力線の向きだとすると、誘導電流はこっち(中指)に流れるわけよ。

鍛冶 やるじゃない。ぼくはヒューズを知ってれば十分だと思ったのに。

カオル 物理の先生、カッコよかったし――。

鍛冶 (トモ子に)ねえ君。ヒューズを、わかる範囲で説明してくれるかな?

トモ子 :::。

カオル そんなん簡単じゃん。腕時計の時間合わせるネジ。

鍛冶 それはリューズでしょう。

カオル じゃ、女神だ。ホラ。

鍛冶 ミューズ。君、頭いいのか悪いのか、はっきりしなさい。

トモ子 あの:::。

鍛冶 わかった?

トモ子 ここまで出かかってるんですけど。

鍛冶 わかればいいの、わかれば。

トモ子 アメリカの人が――。

鍛冶 そう。アメリカ人が発明したんだね。

トモ子 足に穿く。

鍛冶 シューズだろ。おいおい、いいのかよ。名前は:::(トモ子の履歴書を見ながら)山本トモ子――。おい、どうしたんだよ、ここ。前の会社を辞めた理由。「失恋のため退社」――。普通は一身上の都合により、とか当たり障りのないとこでボカすでしょ?

トモ子 でも、そういうことは正直に書いた方が:::。

鍛冶 生活の知恵ってもんがあるじゃない。作戦、ねえ。

トモ子 でも嘘をついて鼻が長くなったら、恥ずかしいし。

鍛冶 それはピノキオだろ。そんなこと信じてるわけ?

トモ子 冗談のつもりだったんですが。

鍛冶 冗談なら冗談らしく言いなさい。そんなに暗く言われたら、反応のしようがないでしょう。:::(履歴書を見て)好きだって言われて、真に受けたんだな:::。男に、遊ばれちゃったんだろうなあ:::。失恋はつらい。わかった。二人まとめてうちで面倒みよう。

トモ子 雇ってもらえるんですか?

カオル いいのよ。どうせほかに応募もなかったんだから。

鍛冶 わが社の前途は多難だな。さっそく仕事してもらうぞ。

カオル えーっ。もう?

鍛冶 うちは、こういう廃材を使ってアイデア商品を作るんだ。たとえばこの椅子。椅子はたくさん出るからドル箱だぞ。君だったら、これで何をつくるかな?

カオル これ?

鍛冶 そう。

カオル 私なら、足のところにバネをつけて透明人間製造マシンを作るわね。

鍛冶 オーッと。いきなりふいてくれるじゃないの。どうしてそうなるわけ?

カオル 飛行機のプロペラが激しく回転すると見えなくなるでしょ?その原理を使うのよ。バネをカカトに付けると貧乏ゆすりの力がつくでしょ。ものすごい勢いで貧乏ゆすりができれば、いつか透明人間になれるわ。

鍛冶 ニクい着眼点。はっきり言って才能あると思う。(トモ子に)君はどう思う?

トモ子 でも、そんなことしたらアキレス腱を痛めるし、運が悪いと股間節脱臼。:::きっと入院だわ。入院が長びくと、恋人にも見離されてしまうわ。

鍛冶 もう少し軽く行こうよ。次はこの五寸釘ね。うまい利用法はないかな?

カオル これはね、じゃが芋早焼き器として売り出すのよ。これをじゃが芋の真ん中に刺してオーブンで焼けば、半分の時間で焼けるわ。

鍛冶 君、学歴偽ってるんじゃないの?(トモ子に)君はどう思う?

トモ子 でも、そんなことしたらサビ止めに塗ってある亜鉛が体内に蓄積して肝臓病になるわ。:::きっと入院だわ。入院が長びくと、恋人にも見離されてしまうわ。

鍛冶 次は透明物差しな。これは?

カオル これは居眠りグッズね。こうやってアゴの下でつっかえ坊にすれば、授業中に居眠りしてもばれないわ。

トモ子 でも、先生に見つかると廊下に立たされるわ。偶然にもそこに隕石が落ちてきたらケガをするわ。:::きっと入院だわ。入院が長びくと――。

三人 恋人にも見離されてしまうわ。

鍛冶 わが社の前途は多難だな。

 

   と、そこに花森雄三が現れる。

 

花森 あった、あった。ラ・ストラーダ商会。おーっ。ひでえボロ家だな。入りますよ。(傍若無人にどんどん入ってくる)ピンポーン。(鍛冶に)責任者はあなたですか?鍛冶さんですね。(名刺を出し)区役所からまいりました。花森と申します。ファーストネームは、天才映画監督と言われた川島雄三さんと同じ字です。忘れんでください。

鍛冶 あなた、何しにきたんです。

花森 何しにじゃありませんよ。私が銀行強盗に見えますか?お望みなら、「明日に向かって撃て」のポール・ニューマンやっちゃいましょうか?(ピストルを撃つ真似)

鍛冶 望んでません。何か用ですか?

花森 (突然変な顔をしてジロジロ見る):::。

鍛冶 変な顔して見ないでくださいよ。

花森 これは私の地顔です。:::びっくりしましたか。「土曜は貴女に」という映画でフレッド・アステアがレッド・スケルトンに言った名科白です。

トモ子 あの、言ったのはスケルトンの方じゃなかったでしょうか?

花森 ぼくと君は初対面だよ。いい性格してるじゃない。でしゃばる女は恋人に見離されてしまうよ。

トモ子 :::。

鍛冶 あの、区役所からどういうご用です?

花森 胸に手を当てて考えてよ。この建物は違法建築でしょ。ここは誰の土地なの?

鍛冶 江東区民(・・)の土地です。

花森 江東()の土地です。

鍛冶 使っていないんだから、いいじゃありませんか。

花森 次に使うまで休ませてあるんです。それに何が有限会社ですか。住所もないのに会社登記ができますか?嘘もいいとこだしょ。

鍛冶 見てくださいよ。どこに有限責任の会社だって書いてあります?ここは有限な資源を活用する会社です。

花森 世間がそんなへ理屈認めると思う?

鍛冶 世間が認めなくても、清掃局の運転手さんと、お客さんが喜んでくれてます。

花森 そんなこと言ってるから奥さんに逃げられるんですよ。

鍛冶 あなたとは関係ないでしょう!

花森 区役所では、あなたのことは有名ですよ。優秀なコンピュータ技術者だったのに、頭を使いすぎておかしくなったって。

カオル ちょっと待ってよ。いきなり入ってきて失礼じゃない。

花森 失礼なのは、この建物ですよ。

カオル それに、この肩書きには市民課って書いてあるわよ。あなた市民課の人でしょう?

鍛冶 そうだよ。公共用地の管理なら、道路課か、区画整備課のはずだぜ。

花森 わかりました。説明しましょう。区の土地を勝手に使っていると、三カ月前に市民課に投書があったんです。区役所の方でもここのことだと、ピーンときたんですが、面倒なことをしても、私たちは給料が上がるわけじゃないんです。土木課から公園課へと回り、保健所、道路課、区画整備課ときて、結局、市民課にもどってしまった。

カオル ところが投書があった以上、なんにもしないわけにはいかないし――。

花森 そこで中途採用になっただかりで、肩身の狭いぼくに白羽の矢が立ったのです。

カオル じゃあ、形だけ注意して、すんなり帰れば、それで済むんじゃない。どうしてイヤミを言うわけ?

トモ子 あの:::。

カオル (トモ子に)なんか、ガーンと言ってやってよ。

トモ子 さっきのタライ回しですけど、保健所と道路課の間に、下水課が入りませんか?黒沢明の「生きる」という映画では確かそうだったと思うんです。

花森 (ワナワナとふるえて、鍛冶に)ぼくはこういう女を見ると、なぐり殺したくなるんですよね。

鍛冶 すいません。こういう性格なんです。

花森 ぼくは、黒沢監督の「生きる」は十回見てるんだぞ。

トモ子 私はビデオにとって二十回見ました。

鍛冶 すいません。ああいう気分が重たくなる映画は、多分、そのくらい見てると思います。

花森 こんな暗いのがいて、よくこの会社はつぶれませんね。

鍛冶 いや、二人とも今日、入ったんです。

花森 じゃあ、首にせず置いといてほしいですな。つぶれてくれたら、ぼくの仕事も減るというもんです。

鍛冶 それが国民の幸せを願ってる公僕の言葉か。

花森 (書類を出し、横柄に)とりあえず、ここにハンコ押してちょうだいよ。

トモ子 そういう言い方、おかしいんじゃありません?

花森 思ったことを言うのは、悪いことじゃない。しかし、「この世の中で、正直すぎるのは、風に向かってカラスの羽をむしるようなもんだ。羽が口に入ってしまう。」こういう言葉は覚えときなさい。「あなただけ今晩は」でジャック・レモンが言った科白だ。

トモ子 ジャック・レモンはカラスじゃなくて、ニワトリって言いました!

 

   もはや、にらみ合いあるのみである。

   鍛冶がそれをとりなす。

 

鍛冶 まあ、落ち着きなさいよ。あの、この書類は一体何なんですか?

花森 善処しますから、時間をくださいという嘆願書です。

鍛冶 そんなものがあるんですか?

花森 ぼくが作ったんです。これさえ出しときゃ、ぼくの仕事はひとまず終わります。

鍛冶 拇印じゃ、だめですか?ハンコはないんです。

花森 ハンコじゃなきゃだめです。

カオル ひとつ聞いていい?区役所の窓口で、「三文判でいいから印を押せ、三文判は、そこの文房具やにあるから」、って言うでしょ?で、文房具屋で買ってきて押すでしょ。ハンを押すってのは何なわけ?

花森 イジワルです。

三人 (見る):::。

花森 今時、ハンコに意味なんかないんですから。とのかく、ハンコをください。

鍛冶 わかったよ。探すよ。探せばいいんだろ。(奥に入る)

 

   間

 

花森 (トモ子に)君、いい度胸してるじゃない。ぼくは一年に百本以上映画を見るんだけど、君は何本見るのかな。

トモ子 二十本ぐらいです。

花森 それにしちゃ、かなり詳しいじゃない。

トモ子 あれは、たまたま見たんです。私、映画は楽しみだから、見る時は一生懸命見ちゃうんです。

花森 君の正体が大体わかってきたよ。君は万年筆で日記を書くような女だろ。そういう女につかまる男は不幸だぞ。一回の過ちをネチネチとがめられて、地獄のような日々が続く。そういう男にだけはなりたくない。

トモ子 こっちからお断りです。

 

   と、そこに、覆面の男がピストルを持って、飛び込んでくる。

   林家ツトムだ。

 

ツトム 手を上げろ、騒ぐな。いいか、後ろ向きになって壁に張りつくんだ。ぶっぱなすぞ。

三人 (見る):::。

カオル (変な目で見る)

ツトム 変な顔でみるな!

カオル これは私の地顔よ。

ツトム なめるんじゃねえよ。バカヤロウ!

カオル (花森に)ロバート・レッドフォードが来たわよ。区役所には、もう少しいい男がいないの?私は「明日に向かって撃て」好きなんだから、人の夢を踏みにじらないでよね。

花森(首をふる):::。

カオル (ツトムを見る):::。

ツトム いい度胸してるな、このアマ。おれは死ぬ気だぞ、何人、道連れにしてもかまわないんだ。(スゴ味がある)早く壁に張りつけってんだよ!

カオル お金なんか、ないわよ。

ツトム 黙って言うことを聞けってんだよ!

 

   三人、びくついて、うしろ向きに壁に張りつく。

   と、そこに、鍛冶が現れる。

   ダンボールを三つも抱え、前が見えない。

 

鍛冶 おい、ハンコ出てこないぞ。この中のどれかに入ってるんだけど、いっしょに探してくれない?(三人を見て)どうしたの?そんな変な格好しちゃって。

トモ子 強盗:::。

鍛冶 えっ?何?

カオル 強盗。

鍛冶 何だって?

花森 だから、強盗。

鍛冶 なんだよ、それ。あっ、わかった。校長先生の次に偉い人でしょ。

カオル それは教頭。

鍛冶 じゃあ、あれだ。話の一番最初にくる。

花森 それは冒頭。

鍛冶 じゃ、サクランボで。

トモ子 それは、桜桃。

鍛冶 わかった。筆記試験じゃなくて、口で。

カオル 口頭!

鍛冶 ハイル・ヒットラーだ。

カオル 総統。

鍛冶 ようしわかった。電気を消すんだ。

花森 消灯じゃないって。

鍛冶 じゃあ、あれか。トイレの金かくしのとこに書いてある。

トモ子 それはTOTO。

鍛冶 いいとこのボンボンが遊びに狂って。

カオル 放蕩!

トモ子 強盗もわかんないの!

花森 上等じゃないか! ――あっ、おれが先にオチを言っちゃった。

鍛冶 だから、何をそんなにあわててんだよ。

カオル これであわてないなんて病気じゃないの?

鍛冶 病気か!早く言えよな。病人が寝てるとこだろ。

三人 それは病棟。

花森 (怒ってる)強盗も知らないのかよ。おちょくってんじゃないの?ピストルを持って、いきなり押し入ってくるやつ知らないの?「手を上げろ。騒ぐな。いいか、後ろ向きになって壁に張りつくんだ。ぶっぱなすぞ」。こういうのがいるだろ!

鍛冶 それは強盗じゃない。

花森 だから強盗だよ。

鍛冶 強盗なら強盗だって、最初から言えばいいじゃない。

三人 言ってるよ!

鍛冶 それがどうかしたの?

 

   三人、ツトムを見る。

 

ツトム 私が、只今、ご紹介に預かりました、強盗です。

 

明転

 

   冒頭の位置に立つと、明かりが降ってくる。

 

ツトム これが私とラ・ストラーダ商会の人たちとの出会いです。「弱り目に祟り目」なんて、よく言ったもので――。落語界を追放され、自分の将来を案じて、おっ死のうかと海岸を歩いていたら、本物そっくりのモデルガンを拾っちゃったんです。もう、どうにでもなれっ、てなもんで――。少し考えれば、あんなボロ家に押し入る方がおかしいんですが。ところが、縁は異なもので、私も花森さんもそれからすっかりなついちゃったんです。

――人の出会いなんてわからないもんですね。さて、ここでオリオンの話を少しばかり聞いていただきましょう。左上にペテルギウス、右下にリゲルという二つの一等星と、二つの二等星にかこまれた三つの並びの二等星。冬の夜空を飾るオリオンは全天一の美男子と言われています。海の神ポセイドンと女人国の女王エウリアレの間に生まれた狩の名人で、水の上を自由に歩く特技があったそうです。狩の才能はあったが乱暴者が玉にキズ。キズ。キオス王国オイノピンのところで居候をしておりましたが、その娘さんで美人のメローベが好きになります。つまり、フォーリン・ラブですね。ところがオイノピンは、乱暴者に娘をくれてやれるか、ってなもんで反対なんです。オリオンの目に焼け火ばしをつき立て、海岸に捨てちゃった――。神様だってひどいもんです。盲目のオリオンはやがて鍛冶の神、今で言うとエンジニアの神さまですね、ヘーパイストとめぐり合います。めぐり合ったところが今迄の話。「なんだ、すると美男子のオリオンをやっているのはお前か?」――なんて堅いことはおっしゃらずに。次は、私が自棄をおこすまでの話を、回想形式で聞いていただきましょう。わたくしが、では、と頭を下げまして、次に上げた瞬間から回想シーンに入ります。心の準備はいいですか?いきますよ。では――。

 

   深々と頭を下げる。

   舞台は夕暮れ。

   荒川の川原にかわる。

   洋子が歌いながら、走ってくる。

 

洋子 あっ、ツトムちゃん。やっぱりここにいたのか。

ツトム (顔を上げ)あっ? ――洋子さん。

洋子 どう、練習はかどってる?落語は川原で練習するのが一番いいんだってよ。(ツトムを見て)どうしたの、うかない顔しちゃって。また評論家の先生に新作が面白くないって、けなされちゃったんでしょ。

ツトム 席亭からは、お前の新作はハチャメチャだ。兄弟子からは、自分ばっかりの奴だ。クソミソですよ。おれは自分が試したいだけなのに――。

洋子 元気だしなよ。

ツトム おれのような古典もできない駆け出しが、新作やること自体、反感ものだからな。師匠もよく許してくれると思うよ。

洋子 お腹の中は煮えくり返っているけどね。

ツトム よっぽど面白くないとなあ。

洋子 そうさ。面白きゃいいのよ。

ツトム 簡単に言うけどねえ。

洋子 だって、そうじゃない。いくら羽目を外しても、この世界は面白いことをやった人が勝ちなのさ。お客さんが笑ってくれたら、それでいいのよ。

ツトム その笑いが難しいんだよ。世の中で一番簡単なのが、人を怒らすこと。次が泣かすこと。人を感動させることは、笑いに比べたら、他愛もないことなんだって。

洋子 そんなの当たり前じゃない。

ツトム だから、アメリカじゃ、コメディアンはギャラも地位も高い。だけど日本はギャラも地位も最低だぜ。

 

星に願いを    (幕前十ページ)

 

   春子とツトムが、下手から出てくる。

 

春子 駄目だよ。そんなに仕草がぎこちなかったら、話が前に進まないじゃないか。お客は、噺家の仕草で、登場人物の人柄を知るんだから。

ツトム でも、おれは本当、それが駄目で。

春子 はい座って。私が科白を言うから、それに合わせて振りをするんだよ。まず、食べる仕草ね。箸を持って――。「いや、この刺し身はわさびのききすぎだ」

ツトム (やる)

春子 だめだ、だめだ。ここ(額)んところにツーンとこないもん。次ね。「おー、この納豆は、すごい粘りだね」

ツトム (やる)

春子 ひどいねえ。全然、粘ってないじゃない。納豆なんだから、関東の人はヨダレが出て、関西の人は顔をそむけるように、彫り込んでよね。ツトム君のはガチガチのセメントこねてるみたい。

ツトム じゃ、もう一回。ほかのいいですか。

春子 いくわよ。『オー。ぜんざいだね。おーっとっと、餅が切れねえや』

ツトム (やる)

春子 ちっともおいしそうじゃないんだもん。そんなもん、見せられたんじゃ、ぜんざい食べる人、居なくなっちゃうよ。

ツトム ――すいません。

春子 ツトム君、仕草の才能ないんじゃないの?

ツトム ないです:::よねえ?

春子 仕草ができなきゃ、駄目だね。

ツトム そう:::。

春子 じゃあ、稽古を変えよう。ネタの稽古ね。新ネタなら、得意なんでしょ?

ツトム でも――。

春子 どうしたの?

ツトム それだって、もう底をついてるし――。

春子 そんなことで、どうするのよ。落語は一が落ち、二が弁舌、三が仕方でしょ。三の仕方が駄目で、ネタが悪けりゃ、落ちもつかない。二の弁舌が残っても、飛車角抜きで勝負になるかしら――。

ツトム 勝負に:::なりませんよねえ。

春子 ツトム君、人と同じことやったら負けてしまうから、立ってやろうなんて気になっちゃったんじゃないかな。

ツトム そうかなあ:::。:::かも。

春子 しょうがないわね。ぐずぐず言っちゃって。ま、腹が減っては戦はできぬだわ。ラーメンでも、食べようか。

 

   二人、事務所へ。

   カップラーメンの支度をしながら。

 

春子 ねえ、ツトム君。ネタは底ついてるって言ってたけど、どういうふうにネタ考えてる?

ツトム どうって言われても:::、必死で考えるんです。

春子 必死で考えて、思いつく?

ツトム 思いついたり、つかなかったり、ですね。:::ほとんどは思いつかないですね。

春子 頭、悪いのかなあ。

ツトム そこまで言いますか、普通。

春子 ネタなんて、いろんなものを疑ってかかれば、いくらでも出てくるわよ。

ツトム おれは疑い深い人、嫌いですから。

春子 ニュートンは、リンゴが木から落ちるのを見て、万有引力を発見したのよ。リンゴが木から落ちるのは、当たり前のことでしょ。そも当たり前のことを疑ってみるのよ。

ツトム 当たり前のことってのは、誰も疑わないから、当たり前のことになるんじゃないですか?

春子 それを疑うのよ。ペニシリンを発見したフレミングは、青カビを疑ったのよ。ねっ、カビだって疑えるんだから。

ツトム おれはカビを疑った人の、人間性を疑いたくなりますがね。

春子 あげ足をとらないの。ネタがないんだから、まず疑うのよ。「我疑う、故に我あり」って言った人も居るくらいよ。

ツトム そんな疑り深いのは、刑事でしょ。

春子 デカじゃなくてデカルトね。まず、なんだっていいんだから、疑ってごらんよ。

ツトム おい、こらラーメン。お前、減反政策にあえぐ農民の苦しみに応えられるか?

春子 さすがに、いい素質は持ってるわね。

ツトム えっ、今朝の新聞に、たまたま減反のことが載ってたから:::。

春子 (ラーメンに)何が入ってんのかな?

ツトム ラーメンとスープ。

春子 ほかには?

ツトム インスタントだもん、それだけですよ。

春子 この緑色したものは、なあに?

ツトム ネギです。

春子 ほら、見落としてるじゃない。このネギを見て、何か気がつかない?

ツトム あっ、あっ!(わざとらしく気付いて)ネギってのは緑色だったんだ。

春子 (見る)さすがに、いい素質は持ってるわね。

ツトム 素質とは思えないけど、ほめられると嬉しいです。

春子 じっとにらんで。緑色のネギばかりかな。

ツトム いえ、白いのもあります。

春子 緑と白の比率は?

ツトム 圧倒的に緑が優勢ですね。大体、八対二。

春子 次は八百屋で売っているネギに目を移してみよう。

ツトム 一ワずつ、束にして売っていますね。

春子 長さは?

ツトム このくらい。

春子 白と緑の比率は?

ツトム こんなぐらいが白で、こんなぐらいが緑だから、白と緑で八対二。

春子 でしょ。

ツトム でしょ。八対二だもん:::。えっ?

春子 ラーメンのネギは緑が優勢で八対二。八百屋のは、白が優勢で八対二。(考えて):::何故なんだ。どうしてなんだ――。

ツトム 何故なんだ。どうしてなんだ。

春子 八百屋のネギは、どんな姿で売られているのかな?

ツトム きれいに切りそろえて――。

春子 そこがあやしいと思わない?ネギは白い部分が地面にもぐっているでしょ。地上の部分が緑だから:::。

ツトム 俺たちは、根の部分を八百屋で買っている:::。すると、こう切ってるんだ。白と緑で八対二。そして、余ったこっちの八対二は、食えないんだからゴミバコへ――。

春子 いくのかな?

ツトム (ラーメンを見る)おれは今、シャーロック・ホームズのような心境ですよ。

春子 どう?ラーメンの向こうに、減反にあえぐ農民のしたたかさが、見え隠れするでしょ。

ツトム これが、疑ってみるってことなんですね。

春子 ねっ。誰もが当たり前だと思っていることを疑うのよ。ネタなんかいくらでも出てくるんだから。

ツトム ――おれ、カム・バックできそうな気がしてきました。

春子 できるわよ。

ツトム 可能性、ありますか?

春子 あるわよ。

ツトム どのくらい、あります?

春子 二%は、あるはね。

ツトム えっ、二%?そんなんですか?

春子 そりゃそうよ。仕方が全然、駄目なんだもん。

 

   間

 

ツトム おれ、川原で稽古してきます。(と、言って、外へ出る)

春子 (見送る)頑張るんだよ。可能性は、あるんだよ。

 

   ツトムがホーッ、と深呼吸すると、そこは川原だ。

   事務所は暗くなり、春子は上手へ去る。

   佇むツトム。

 

ツトム 「いや、この刺し身はわさびのききすぎだ」。(間)「おー、この納豆は、すごい粘りだね」(深いためいき)『オー、ぜんざいだね。おーとっとっと。餅が切れねえや』(間)二%か――。

 

   と、そこに、子犬が、前を通りかかる。

 

ツトム おい、こら、こら。(と、追いかけ、ソデで白い犬の縫いぐるみを受け取る。抱きかかえ、犬に話しかける)なんだ。お前も一人ぼっちか。(犬が暴れる)おっとっと。こら、人間様に可愛がってもらいたいんだろ?(また暴れる)こら、こら。お前は仕方が下手だなぁ。仕方がだめな犬は、将来性ないぞ。二%だ。よーし、こら、こら。(と、言って、しゃがみ込む)

 

   そのままツトムは夢をみる。

   これからあとは夢の中のできごとだ。

   傘をさして洋子が現れる。

   透明のビニール傘がいい。

   ゆっくりと、さしかける。

   ツトムは見上げる。

   洋子はニコッと微笑む。

   洋子はそのまま、ゆっくりとしゃがむ。

   相合い傘である。

   ツトムは、傘から手を出し、空を仰ぐ。

 

ツトム 雨、あがってるみたいだよ。

 

  洋子は傘をたたむ。

 

ツトム :::おれ、才能ないみたいだよ。

洋子 あるよ。私の目に狂いがあるもんか。

ツトム こんなんじゃ、とてもじゃないけど、立ってやる落語なんて完成しそうもないよ。

洋子 立つのがだめならさ、いっそのこと走っちゃえばいいのよ。人間はね、秒速八000メートルで走れれば、そのまま宇宙に飛び出して、星になっちゃうんだって――。ツトムちゃんは、舞台の上を走って、走って秒速八000メートルを超えて、星になっちゃう。素敵じゃない。

ツトム 立って駄目なのに、走るなんて。

洋子 ツトムちゃんなら、できる。

ツトム できるもんか。

洋子 (両手の指を組み、指の間から星を見上げる)::::。

ツトム なに、してんの?

洋子 おまじない。

ツトム :::。

洋子 星にお願いしてんの。ツトムちゃんがすっごい噺家になるように。

ツトム :::ありがとう。

洋子 星に願いをかければ、きっと叶うと思うんだ。だって、星はいつまでも輝き続けるんだもん。願い続ければいつか叶うわよ。

ツトム そうだといいんだけど――。

洋子 (犬を見て)どうしたの?

ツトム 今、拾ったんだ。

洋子 かわいいね。:::名前は、なんていうの?

ツトム :::二%。

洋子 二%?へんな名前。どうして?

ツトム 洋子さんのことを思い出さない日は、一00日のうち二日ぐらいですから。

洋子 :::ありがとう。――あのね、ツトムちゃん。私、いつか芸を山にたとえたことあったよね。ツトムちゃんには頂上を極めてほしいって。あれは、取り消しね。山って、高いと雲に隠れて見えなくなっちゃうでしょ?ツトムちゃんの芸は、海のようになってほしいな。海はどこまでも広がって、空に続くでしょ。ツトムちゃんも、海のようにひろびろと広がって空に続くようになればいいと思うんだ。

ツトム なれるかな。

洋子 なれるさ。

ツトム 星に願いをかけようか。

 

   洋子は傘を持ち、少しずつ後ずさりしながら去る。

   ツトム、洋子がいなくなっていることに気付く。

 

ツトム あっ、洋子さん。(と、下手のそでへ)

 

  うしろ向きに出てくるツトム。

  持っていたはずの犬が居なくなっていることに気付く。

 

ツトム あっ、(ためいきをつく)夢か――。

 

  川原にしゃがみ込む。

 

ツトム (空を見上げ)洋子さん。こうして星をながめていると、時間の経つのを忘れてしまいそうです。あれから一年半。星はおれの昨日と明日をつないでくれています。覚えてますか?師匠に内緒で、久能山のふもとに、石垣いちごの畑を見にいったことあったでしょう?男と女が二泊三日の旅行をして、なんにもないことはこれいかに。おれが煮えきらなかったもんだから、洋子さんにあいそづかしされちゃって――。でも、女はわかってないですよ。男は、本当にいい女に本気で惚れてたら、金玉がちぢみ上がっちゃうもんなんです。それが女には裏目に出るらいくて:::。夜になり、農家の人がいなくなるのを待って、ビニールハウスにしのび込みましたよね。暗いから、顔を近づけていちごを見ました。洋子さんの顔とおれの顔が近づいたのも覚えています。目の前のいちごは、ひとつのつるに三つも四つもなっていて――、どの実も大き過ぎなければ、ほど良く育つのに、一つでも欲張って大きくなると、ほかの実は栄養が回らずにしぼんでましたよね。洋子さんは、大きないちごを見ながら、こう言いました。「あんまり欲ばると仲間がいなくなる。寂しいね」――。おれは、今、こうして星をながめていても、昨日のことのように思い出してしまうんですよね。

 

暗転

 

   事務所の中。

   鍛冶とカオル。

 

鍛冶 さあて、もう少しで完成だぞ。

カオル いやぁ、額に汗して働くって、気持ちいいなあ。

鍛冶 だろ?

カオル でもさ、屋外のプラネタリウムってほかにないんじゃない?

鍛冶 多分ないだろうな。でも、星はやっぱり外で見たいだろ?東京の子供は可哀想だよ、空に星がないんだもん。

カオル オープンしたら、子供が鈴なるわよ。

鍛冶 そうなると、いいけどな。

カオル ガバーッともうけて借金返しちゃおう。

鍛冶 知ってたのかい?

カオル 毎日、電話かかってくるし。

鍛冶 気を使わせちゃって、ごめん。

カオル ねえ、社長。ひとつ聞いていい?

鍛冶 いいよ。

カオル この会社、どうしてラ・ストラーダ商会って言うの?

鍛冶 これはね、フェリーニの映画のタイトルなんだ。日本語では「道」。

カオル みち?

鍛冶 そう。その中で、ちょっと頭の足りない女の子に、キ印と呼ばれる男が、こういうふうに話してやるんだ。:::「どんなものでも、何かの役に立つんだ。たとえばこの小石だって役に立っている。空の星だってそうだ。君だって」

カオル 小石も役に立っているのか。:::だから、ラ・ストラーダなんだ。

鍛冶 そう。

カオル :::社長。

鍛冶 なんだい。

カオル 私、小石だね。

鍛冶 えっ?

カオル 拾ってくれて、ありがとう。

鍛冶 そんな:::。僕は何もしてないよ。

 

   春子がフェリーニの「道」を見てきた理由は、この辺りにあったのかもしれない。

   と、そこに花森とトモ子が帰ってくる。

 

花森 ただいまぁ。

トモ子 遅くなって、ごめんなさい。

カオル お帰り。

トモ子 すいませんね。忙しい時に休みもらっちゃって。

鍛冶 いいんだよ。それで、どこ行ったの?

花森 東京二十三区の区役所めぐりです。楽しかったよねえ。

トモ子 ねえ。

花森 じゃあ、トモ子さん、約束どおり「ローマの休日」やりましょうよ。トモ子さんがオードリー・ヘップバーンで、おれがグレゴリー・ペックです。(マイクを持ったふりをして、トモ子に)今度のご旅行で、どこが一番印象深かったですか?

トモ子 「どこも、それぞれによかったけど:::、断然、江東区役所ですわ」

花森 ヘップバーンしかないですよね。

鍛冶 大丈夫かよ。――「断然、江東区役所ですわ」

カオル わが社の前途は多難だな。

花森 で、ツトムちゃんたちの具合はどうなんですか?

鍛冶 :::それがさ――。

カオル どうもうまくいってないみたいなんだよね。

 

暗転

 

   事務所わきの作業場にツトム。

   ガラクタに腰をかけ、ギターをつまびいている。

 

ツトム ♪雨がしょぼしょぼ降る晩に

     ガラスの窓からのぞいてる

     満鉄の金ぼたんのバカヤロウ

     

     あがんの帰んのどうするの

     早く精神決めなさい

     決めたら下駄持ってあがんなさい

 

   春子が立っていることに気付く。

 

ツトム あっ:::。

春子 続けてよ。

ツトム でも:::、おれが落ち込んでる時に歌う落ち込みソングだから――。ギターも全然うまくないし。

春子 聞きたいな。

ツトム (ギターをひき始める)

    ♪あがるは五十銭、見るはただ

     三円五十銭くれたなら

     かしわの鳴くまでポポするわ

     

     お客さんこのごろ紙高い

     帳場の手前もあるでしょう

     五十銭祝儀をはずみなさい

     

     そしたらあたいも精出して

     二つも三つもおまけして

     かしわの鳴くまでポポするわ

 

ツトム これは、満州に連れていかれた、朝鮮のお女郎さんの歌なんです。おれが噺家になるのを反対した――、死んだ親父が教えてくれたんですけど:::。

春子 どうして、そんなに沈んだ声で歌うの?もっと明るく歌えばいいじゃない。私、本当はとても大らかで明るい歌だとおもうな。

ツトム 今のおれの精神状態じゃ無理ですよ。親父のいうことをきいとけばよかったんじゃないかと、思いますよ。

春子 でも、素質はあるんだから。

ツトム どういうところがですか?

春子 わがままなとこ――。私じゃなくて、お父ちゃんが行ったのさ。ホールの経営が思わしくないから、時々飲んでクダをまくの。決まってこう言うんだ。「なあ、春子。芸人には物わかりのいいのと、わがままのがいるだろ?物わかりのいいのは、芸を自分に合わせようとするが、わがままなのは芸を自分に合わせようとする。だから――、芸を進歩させるのは、わがままな奴なんだ」。で、次はこうなるの。「電話だって『離れたとこで人としゃべりたい』なんてわがままな奴がいたからできたんだ」。最後は、ぐでんぐでんに酔っぱらって、「てやんでえ。わがままな奴がいなかったら、人間はまだ、ホラ穴にすんでらあ」。ひどいお父ちゃんでしょ?自分が一番わがままなんだよ。(ツトムを見る。と、ギターが左であることに気付く)

ツトム なんか、ついてますか?

春子 どうして、こっちに向いてんの?(ギターの柄が)

ツトム おれ、左利きなんです。

春子 え:::?

ツトム でも、左利きの噺家なんていないでしょ。みんな矯正されちゃうから。

春子 ――じゃあ、左なら仕草もうまくいくんじゃない?

ツトム 少しはマシになるんじゃないかな。

春子 それよ、左でやればいいじゃない。

ツトム そんな、左利きなんて聞いたことないし――。

春子 ようし、稽古し直そうよ。

ツトム それは駄目ですよ。おれがそんなことやったら、非難ごうごうですよ。

春子 芸を進歩させるのは、わがままな奴よ。

ツトム :::。

春子 四00年の落語の歴史に、とんでもない一ページを加えてやろうよ。

 

暗転

 

   同時に事務所で歓声があがる。

 

鍛冶 できたーっ!歓声だ。

トモ子 やったーっ!

花森 おーっ、できたぞ。

カオル やったわね。

花森 デズニー・ランドなんか目じゃないですよね。

トモ子 なにしろ、ラ・ストラーダ商会の技術の粋を集めてるんだから――。

鍛冶 星を眺めながら、世界一三0カ国、三00民族から集めた星の神話のすべてを知ることができるのは、世界でも、ここだけだぜ。

花森 これだったら区としても、許可を降ろすしかありませんね。

カオル オープンの日が待ち遠しいわね。

鍛冶 前祝いやろうぜ。

トモ子 やろう。

カオル やろう。

花森 やろう。

カオル 本当、嬉しい。

トモ子 私、ここに来て、本当によかった。

花森 俺もここに来て、本当によかった。

カオル 彼氏はできなかったけど、本当によかった。

 

暗転

 

   寄席の楽屋。

   春子は、やきもきしている様子だ。

 

春子 ああ:::。(時計を見る)どこに行っちゃったんだろう。まさか、逃げたりしないわよね。

 

   うつ向いてツトムが、下手前から歩いてくる。

 

春子 あっ、ツトム君、どこ行ってたのよ。

ツトム (溜息えおひとつ):::。

春子 もうすぐ、ツトム君の出番だよ。

ツトム (緊張しきっている)わかってます。

春子 私の一生に一度のお願いを聞いてくれたのは、ここの席亭だけなんだから――。たってやります。左利きです。おまけに破門になってます。三重苦なんだから――。チャンスは、今日一日だけ――。わかってるわね。

ツトム :::わかってます。

春子 しかし、カムバックのかかった高座が「食いつき」じゃ苦しいわね。中入り後で、お客がいちばんざわついている時に出るなんて:::。

ツトム 仕方ありませんよ。

春子 恐いんでしょ。

ツトム 恐くなんかないです。ほかの人より、憂けりゃいいんですから、簡単なもんですよ。

春子 :::さあ、そろそろ緞帳が上がるよ。

ツトム (前へ出ようとする、と、止まって):::本当のことを言うと、少し恐いです。もっと本当のことを言うと、目茶苦茶恐いです。(深呼吸をする。そして、右手の扇子をゆっくりと左手に持ちかえる)

春子 一00%だよ。(と、下手前に去る)

 

   ツトム、そのまま頭を下げる。

 

ツトム (顔を上げ)――と、ここからあとの話は、皆様もご存知のとおりです。左利きの噺家は、拙ない芸ではございますが、工夫と改良を重ね、やっと今日に至りました。――さて、オリオンに戻りましょう。盲目になったあと、鍛冶の女神、ヘーパイストのところから、曙の女神エーオスのもとに行ったオリオンは、朝日の光を目にあてて、視力を回復。立派な狩人になりました。最後は非業の死を遂げますが、その代わりさっそうと三つ星の帯をしめ、全天一の勇姿を冬空に見せてくれています。私が秒速八000メートルの壁をやぶれるかは、これからのお楽しみに、とっておいてください。ところで、あっちこっちに話が飛んで、どれが本当でどれが嘘なのか、さっぱりわからない、という方がいらっしゃいませんか?しかし、そこは、あまり堅いことをおっしゃらずに。近松先生も、芸は本当と嘘の間の薄っ皮の中にあるんだって、おっしゃってるんですから――。

 

   ツトムが事務所の方を振りむくと、そこは満点の星空。

オリオン、うさぎ、おおいぬ、こいぬ、の各星座がいっぱいに広がっている。

プラネタリウムの中では、鍛冶と春子が星座を見上げている。

 

春子 へー、これがプラネタリウムか。

鍛冶 これはね、日本ではあまり知られていないんだけど、一六0三年にバイヤーという人が描いた星図をもとにしているんだ。神話に忠実な星座に反抗して、星をできるだけ楽しく、面白く、ロマンチックに見ようという気持ちで描いてあるんだ。あれがおおいぬとこいぬを連れて狩をしている:::。

春子 オリオンでしょ?

鍛冶 そう。ほかの星図では、すべてこっちを向いてうさぎを追いかけてるのに、この星座では向こう向き。

春子 何を追いかけてんだろう。

鍛冶 さあ、なんだろう。でも、この方がかっこいいだろ?――オリオンらしくて。

春子 うん:::。あれっ(と、気付く)。

鍛冶 この星座ではね――。

春子 オリオンは左利きなんだ――。

 

   鍛冶、嬉しそうに微笑み、春子の肩を抱く。

   二人、幸せそうにプラネタリウムを見る。

 

鍛冶・春子 :::。

 

   ツトム、正座して深々と礼をする。

   プラネタリウム、暗くなる。

   ツトムの照明、落ちる。

   満点の星だけが輝いている。