の切り札

                               さいふうめい

登場人物

鳳凰亭のマスター・ボギー(保木井)

鳳凰亭の女給・新子

長崎市長・幸田

佐世保鎮守府・穴井中佐

佐世保鎮守府・米田中佐

長崎造船所所長・物集中佐(モズ)

物集中佐の部下・志垣中尉

物集中佐の部下・重田大尉

椿少佐(ツバメ)

椿中尉と共に脱走した男・市来中尉

コルベ天主堂の神父・宮城

シスター・新井

シスター・渡辺

シスター・安東

椿少佐の姉・葵

葵の夫・島野(「玄龍」の設計士)

女子挺身隊・内田雪

      大塚美保

      木下紘子

済州島の男・高(こう)

      梁(やん)

 一九四五年八月七日、長崎――。

 その前の日には、広島に原爆が投下されている。

 午後四時頃のことである。

 海軍「佐世保鎮守府」御用達のカフェ「鳳凰亭」――。戦前は「フェニックス亭」という名だった。

 丘の中腹にあり、見下ろすと長崎造船所が見える。かつて「武蔵」を建造したドックでは高速艇「玄龍」が完成して、進水の指令を待っている。

 鳳凰亭では海軍士官たちが、コーヒーを飲み、夜は洋酒を飲む。作戦に関する議論を戦わせることもある。

 ということは、士官たちの極上の趣味・ポーカーも行われるし、士官たちが許可した女たちも出入りができる。

 マスター(オーナー)はボギー、女給は新子。

 モズ(物集中佐)はボギーと遊びのポーカーをしている。

 穴井中佐と米田中佐が熱の入った勝負をしている。

ボギー フラッシュ。

モズ ストレートだ。

ボギー あちゃあ。

モズ 間違いない。昨日広島に落ちたのは原子爆弾だ。

穴井 そっちはなんば賭けたとか。

ボギー 昨日広島に落ちたつが原子爆弾かどうかです。

モズ 俺が勝った。俺のいう通り原子爆弾だ。そっちは何を賭けた?

米田 しばし待て。

穴井 おいの勝ちだ。キングとジャックのツー・ペアたい。

米田 (カードを一枚ずつ見せる)

穴井 (カードをよむ)3、3、3――。なんか、3のスリーカードか。くそ札ばっかり集めて。

米田 そのくそ札に負けたくせになんばいよっとか。

モズ そんなにむきになるほど大事なものを賭けたのか。

穴井 決まったこってい。この戦、玉砕か和平か。

ボギー 米田中佐の勝ちなら、和平ですか?

穴井 ポーカーでどげんなったっちゃ、一億玉砕てい。最後の一兵まで陛下のために戦う。物集中佐、そげんよな。

モズ それは昨日広島に落ちたつが原子爆弾かどうかにかかっている。

米田 大本営は新型爆弾としか言うとらん。が、広島を「相当の被害」ちいうとる。連合艦隊の空母が全部沈んで、丸腰になったミッドウェー海戦の被害が「僅少」やったけん、「相当の被害」ちいうたら「相当の被害ぞ」。

穴井 わけのわからんことを。禅寺の息子はすぐに禅問答ばしたがる。

モズ 落ち着け。軍需工場の拠点・広島が狙われたんだ。次は小倉の製鉄所か、ここ長崎の造船所か。

米田 どっちかちゅうことになっぞ。

ボギー 縁起でもないこといわないでくださいよ、米田中佐。

米田 ボギーさん、どっちがより危なかと思うか?

ボギー 私はボギーじゃないですよ。保、木、井。保つ、木材、井戸。保木井です。ボギーは敵性語ですよ。

モズ 戦艦「大和」と建造したとは呉造船所。つまり広島だ。次は「武蔵」をつくった長崎が狙われても不思議はない。

穴井 東京かも知れんし、満州かも知れんじゃなかか。

米田 どこに落ちたっちゃ安心はできん。広島のが原子爆弾なら、ソ連は不可侵条約ば破棄して、日本に攻め込んでくっぞ。利益ばアメリカに独り占めされとう、なかけんね。

モズ ソ連が攻め込んだら、東郷外務大臣が終戦に向けた仲介工作は水泡に帰すな。

米田 仲介屋のソ連が敵に転んだら、しょんなかろもん。原子爆弾のもう一個落ちたら一大事ばい。ソ連の参戦は確実たい。

穴井 聞き捨てならんな。本土決戦は御前会議できまっとっ。水際までアメ公ばひきつけて、コテンパンにたたく。

米田 穴井中佐、相変わらず頭の堅か。わが帝国海軍に軍艦は殆どなかとぞ。みんなアメ公に沈められた。戦艦のなかけん連合艦隊の司令部は神奈川の日吉・丘の上にあっと。海軍基地はみんな特攻基地に変わっとっ。おいたち佐世保鎮守府の士官が暇かとは仕事のなかけんてじゃろが。

穴井 兵力分析やら聞きとうなか。大和魂は南シナ海に落としてきたか。この戦は欧米列強からアジアば守る聖戦ぞ。絶対に負けん戦てい。教えんつもりじゃったが、教えてやる。おいの遠縁に小沢連合艦隊司令長官の側近がおる。近々我軍は陸海空軍の合同作戦ば実施する。

ボギー 水と油より相性の悪か陸軍と海軍が同じ作戦をーー。

穴井 神風は吹くぞ。作戦は二つ。第一は「烈作戦」。第二は「剣作戦」。第一の烈作戦は陸海の精鋭九〇機を波状攻撃させ、テニアン、グアム、サイパンの連合軍各地を襲い、千二百機のB29ば破壊する作戦ぞ。

新子 B29、千二百機ーー。そしたら空襲はのうなりますね。

穴井 そげんてい。

モズ 九〇機で千二百機のB29を破壊――。えらく効率のいい作戦だな。しかし、その九十機がグアムやサイパンに着くまで、二〇〇〇機のグラマンばどうやってかわすんだ?

穴井 こっちは陸海の精鋭ぞ。米田中佐とちごうて、大和魂があっと。

モズ グラマンの操縦士にもヤンキー魂はあるぞ。

穴井 腰抜けに教えてん、糠に釘ほどの役にもたたん。もう教えん。

ボギー 剣作戦はどげんとね。

穴井 聞きたかか?

ボギー 聞かしてください。おいたちの命運がかかっとるとです。

穴井 海軍陸戦隊と陸軍空挺隊の七百名が同じく、テニアン、グアム、サイパンに強行着陸し、単車、自転車を駆って、B29及び燃料タンクを焼き払うという特攻作戦たい。この両作戦の訓練風景を高松宮、小沢司令長官、大西軍司令部次長が視察されとる。

モズ 高松宮や小沢長官は疑問を持たれなかったか? 太平洋には敵の軍艦や戦闘機が雲霞のごとくいる。七百人の特攻兵がどうすれば、テニアンやグアムまで行き着くか。

穴井 モズ!! 貴様は根性の腐っとる。精神ば入れなおしてやる。

モズ 穴井中佐。この戦はアメリカと日本の戦じゃないぞ。それを大本営はわかっていない。ソ連はこすいからな。直に参戦してくる。イタリアとドイツはとっくに降伏している。日本はたった一国でアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、オーストラリア、カナダ、中国、ニュージーランド、ソ連を敵に回すことになるんだ。

ボギー ほんなこつ。こいは日本とアメリカの戦じゃなか。日本対全世界の戦争たい。気ば入れて占わんと。新しかカードのいる。(奥に入る)

穴井 全世界ば敵に回したら勝てんとか。大日本帝国は無敵ぞ。

米田 そげなつば虚勢ちいうと。

モズ 貴様、兵学校から何年ポーカーの腕を磨いている。一人でその場にいる全部を敵に回したら、一人は絶対に勝てない。ツキが逃げてしまうからだ。ポーカーのABCだろう。

穴井 ポーカーと戦は違う。

モズ 同じだ。戦力が互角ならツキを味方にしたほうが勝つ。だから、海軍は明治以来、ポーカーの腕を磨いてきた。ミッドウェー、インパール、わが軍はツキの逃げるようなことばかり繰り返してきた。結果、一人で全世界を敵に回すことになった。一人で全部を敵に回したら、勝負は負けだ。

穴井 負けんちいうたら絶対、負けん。

米田 海軍はバカの陸軍と違ごうて、以前から和平工作を進めとっと。今、海軍にお前んごたるバカは他におらん。

 志垣中尉が駆け込んでくる。

志垣 物集中佐、申し上げます。三菱長崎造船所の勤労報国隊が暴動を起こしました。

モズ みんなか。

志垣 いや。済州島の出身者たちであります。「玄龍」を奪い、長崎を脱出させろと騒ぎ出しました。

モズ 反乱者は何人射殺してかまわん。力ずくで沈静させろ。

志垣 これまでの暴動とは比べ物にならないほど大規模なものであります。

穴井 新型爆弾の次の標的が長崎だというデマが飛んでいるんだろう。所長が腰抜けなら工員も腰抜けになろうというものだ。要求はなんだ。

志垣 済州島に帰りたいというだけであります。

米田 穴井中佐、我々も対立している場合ではないぞ。佐世保鎮守府の誇る精鋭部隊も一皮向けば昨日までイカやマグロば釣り寄った、漁師ばかりたい。負け戦ちわかったら、暴動ば起こして逃げ出すぞ。

穴井 そげな腰抜けは、おいが射殺してくるっ。(走り出す。振り返り、米田に)はよ、行くぞ。

 穴井、米田は去る。

モズ あんなバカしかいないから、佐世保鎮守府は弱兵揃いなんだ。意見はしょっちゅう分かれるし。(志垣に)いつまでここにいる。殺した奴の名簿は全部もみ消してやる。何人撃ち殺しても構わん。静めろ。

志垣 はっ。物集中佐はいかがされますか。

モズ すぐに行く。いって陣頭指揮をする。

 志垣は去る。

 新子はモズに近づく。

モズ どうした。新子。

新子 長崎はどげんなっとでしょうか。

モズ 心配はいらない。新型爆弾が長崎の落ちるという情報が入ったら、お前も玄龍に乗せて脱出させてやる。玄龍は世界最高の速度で走る高速挺だ。玄海灘の龍となって、敵陣を破ってくれる。本来なら、俺は穴井や米田のように、佐世保鎮守府のソファーで踏ん反り返っていい身分だ。志願して、長崎造船所の所長になったのは、玄龍があるからだ。よう聞け。新子。この戦は日本の負けだ。大本営が玉砕という作戦を打ち出したら、軍人を捨てる。玄龍をかっさらって、南方の静かな場所に潜む。敗戦後は日本とアメリカが力を併せてこの国を復興させることになる。その頃には、頭の切れる日本人は殆ど死んでいる。日本人の中に人材が必要になる。俺が出て行って、復興の舵取りをする。政府の中枢に座る。敗戦は、俺が世に出る絶好の機会となる。俺は兵隊で終わる器ではない。お前は俺のような見通しの効く男に可愛がられて幸せもんだ。

新子 絶対うちば捨てんでくださいね。

モズ 天に誓おう。(新子を抱き寄せる)

新子 ……怖か。

モズ 新型爆弾など心配しなくていい。

新子 うちがこわかとは物集中佐てい。うちだけやのうして、奥さんにも同じことばいいよらっしゃっとじゃなかと?

モズ 俺が惚れているは、新子だけだ。俺のいうことが信じられないか。

新子 信じとります。信じとるけん、怖か。

モズ 何も恐れるな。お前には俺がついている。俺には天運がついている。

 モズは去る。

 ボギーが出てくる。

ボギー 新子。モズは信用するな。

新子 知っとったと?

ボギー 知っとったらとっくに止めとる。穴井中佐が、物集中佐は二枚舌やけん信用できんち、いうたことば聞いたことのあろうもん。ばってん奴はそげな甘か男やなか。モズは百枚の舌ちゅうて書く。モズに泣かされた女は、おいが知っとるだけで3人はおる。奴が長崎に来て、まだ4ヶ月ばい。きつかろうばってん、ほんなこつば言うたほうがお前のためてい。やめろ。

新子 うち、どげんすればよかと?

                                  暗転

 路上。ツバメ(椿少佐)、市来中尉が歩いてくる。

 後ろから、高、梁が追いかけてくる。

高 椿少佐。待たんね。あんたのいうこつば信じて、おいたち済州島のもんは、立ち上がった。ばってん、8人もの仲間が軍人に射殺されたとばい。

ツバメ 甘か。お前たちは大甘たい。暴動ば起こすときは、兵隊の鉄砲もひっぱがさんかい。ぬしどんは抜けとるけん、李氏朝鮮には虫けらのごつ扱われて、挙句に日本にはつけこまるっと。

梁 言わしとけば。済州島の人間のこつば悪く言う奴は許さん。

ツバメ (銃を突きつける)そんなら悪う言われんですむごつ、力ばつけんか。もう一度聞く。お前たちは原子爆弾に当たって異国で灰になりたかか、祖国済州島の土ばもう一度踏みたかか。

高 わかりきったこつは聞くな。

ツバキ おいは昨日まで広島におった。今朝、長崎についたばかりたい。おいは広島で原子爆弾ば見てきた。お前たちは原子爆弾の威力ば知らんけん、気合の足らんとたい。一瞬、太陽が落ちたごたる光が町全体を覆うて、次の瞬間に広島は灰になってしもた。ビルが根こそぎ吹っ飛んだ。鉄筋が飴のごつ曲がる。

高 なら、あんたは何故生きっととか。

ツバキ 運の強かけんてい。

梁 ふざくんな。

ツバキ ほんなこつてい。黒かもんは熱線ば吸収して灰になったが、白かもんは熱線ば反射して助かった。おいはたまたま、白かペンキば塗った階段の下におった。そいばかりじゃなか。平服でよかった日に、おいはたまたま軍服ば着とったと。(高を見て)お前もおいのごつ、白ば着らんか。

高 そげな服はおいたちには配給してくれんと。日本はケチやけんね。

ツバキ そげなケチな国とはおさらばたい。玄龍ば乗っ取るぞ。こんか。こいから、策ば授けちゃる。

 ツバキはさっさと歩いていく。

 市来は着いていく。

高 はよう行くぞ。

梁 あんやつは虫の好かん。

高 おいは今信用してみようと思いよる。日本におる奴で、あの男より自信のある奴が他におるか? アメリカは連日絨毯爆撃ばしかけよる。どこにおったほうが安全か誰にもわからん。日本におったっちゃ、おいたちは水際作戦の弾除けに使わるるだけたい。

梁 どうしてもいくとか?

高 うん、行く。

 二人はツバメの後を追う。

 鳳凰亭。

 大塚美保、内田雪、木下紘子が店に入ってくる。

 店にはボギーと新子。

美保 ボギーさん、穴井中佐のツケでコーヒーば三つ煎れて。

ボギー はいよ。新子、コーヒーば煎れて。

新子 はい。(と、奥へはいる)

ボギー 悪か女ね、美保は。帝国海軍の中佐ば手玉にとって。

美保 手玉にはとっとらん。いうこつばきかしとるだけてい。

ボギー そいが手玉にとるちいうと。

紘子 大塚さん、どげんしたら身体ば許して、心ば許さん、ちなると?

美保 穴井中佐に抱かれとるとき、心の中で「おいしかコーヒーば飲みたか。おいしかコーヒーば飲みたか」ちゅうて唱えると。その内穴井中佐の顔がコーヒーカップに見えてくればこっちのもんのたい。

紘子 たまげた。

美保 済州島の男にぞっこんの女(紘子)に真似はできんね。女はわっかうちだけばい。今、女の武器ば使わんなら、使うときはなかと。

ボギー 今度その極意ばうちの新子に聞かせてくれんね。

美保 ボギーさん、見て。今日は米軍機がこげなビラば撒いていったと。

ボギー こげなつば持っとるち憲兵にばれたらとっちめらるるけん気をつけろ。

 ボギーはビラを覗き込む。

美保 (読む)即刻都市より退避せよ。日本国民に告ぐ。このビラにかいてあることを注意して読みなさい。

ボギー (読む)米国は今や何人も成しえなかった極めて強力な爆薬を発明するに至った。今回発明せられた原子爆弾は只その一個を以ってしても優にあの巨大なB29二千機が一回に搭載しえた爆弾に匹敵する。この恐るべき事実は諸君がよく考えなければならないことであり我等は誓ってこのことが絶対事実であることを保証するものである。我等は今や日本国国土に対してこの武器を使用し始めた。若し諸君が尚疑があるならば、この原子爆弾が唯一個広島に投下された際如何な(裏に返す)る状態を惹起したか調べて御覧なさい。

美保 昨日広島に落ちた新型爆弾ってこの原子爆弾のこと?

ボギー 間違いなか。海軍の士官連中がそげんいいよった。

美保 長崎にこのビラが撒かれたということは次の標的はここじゃなかと?

紘子 どげんしよう。

ボギー 心配せんでよか。アメリカはあっちこっちにまいとる。

紘子 ボギーさん占のうてくれんね。長崎に原子爆弾が落ちるかどうか。

ボギー 任せとけ。おいのカード占いは百発百中てい。

美保 確かに当てになる。ボギーさんの占いは百発百中で外るるけん、占いで「長崎に落ちる」ちゅうことになったら、うちたちは安全たい。

ボギー そげなこつばいうたら占おうてやらんぞ。

 ボギーはカードを並べ始める。

美保 もしアメリカが原始爆弾ば長崎に落とす気なら、うったちゃ軍人さんに震洋艇六百を出動させてもらいうようにたのまないかん。(ボギーに)うったちゃ、「震洋」ちゅう特攻艇は作りよると。震洋でアメリカの空母ば全滅させててもらうとたい。そしたら、原子爆弾を落とそうにも、飛行機の飛ばされん、ちいうわけよ。

紘子 大塚さん、B・29は空母からは飛ばんよ。テニアンやグアムの基地から飛んでくると。

美保 「震洋」の舳先につまっとる、TNT火薬300キロが、基地もろとも吹っ飛ばしてくれるてい。

ボギー 出た。うーん。原子爆弾は、小倉か長崎に落ちる、と出とる。

紘子 そげなこつは占わんでっちゃわかると。そのどっちね。

ボギー わからん。

美保 ボギーさんのカード占いは肝心のこつだけわからんけんね。ボギーちいわるるだけある。

ボギー 美保、お前ボギーの意味知っとるとか。

美保 新子ちゃんに教えてもろた。ボギーさんが始めて穴井中佐と初めてゴルフばした時のこと。ボギーさんはクラブで玉ば叩かんで、地面ば思い切り叩いたげな。で、新品のクラブがボギーち音を立てて、折れたと。そいからボギーさんになったげな。

ボギー お前、女講釈師になるとよか。講釈師、見てきたような嘘をいい、というてな。

 新子はコーヒーを持ってくる。

 3人に出す。

新子 うちはそげんこつ言うとらんよ。

ボギー 美保、お前の性格じゃ嫁の貰い手はなかぞ。

美保 貰い手はいらん、うちに必要なのは金づるだけ。

ボギー お前、社会のこつがようわかっとる。学者よりわかっとる。

紘子 (コーヒーをすすりながら)最高ね。こげなよか香りばかぎよったら、戦争やら嘘のごたる。

 雪、物思いにふける。悲しげだ。

美保 内田さん、また手塚中尉のこつば思い出しよろ? 手塚中尉は名誉の戦死やけん、死んだ児の年ば数えるようなことしたらいかん。おいしかコーヒーば飲んで元気出さんと。また、よか人の現るるてい。

新子 ボギーさん、占のうてやったら?

ボギー 今度は一発で。(と一枚ひく)雪ちゃんの今度の恋人は恐ろしく博打の強か男ぞ。(と、スペードの1を見せる)

雪 実は……。

美保 もう、新しか恋人のおっと?

雪 (頷く)……。

ボギー 恋人ば南方で失のうてから、たった3ヶ月。もう、男のできとる。これやけん女は信用できん。

美保 ボギーさん、全然女がわかっとらんね。いつまでも結婚できんはずてい。

紘子 白馬の騎士はどこで見つけたと?

雪 私、今朝、旭大橋から身投げばしようとしたと。もう、生きていく自信もなくしとったけん。この三日ばかり、今日こそは飛び降りようち思うて、明け方に旭大橋に行きよったと。ばってん、思い切れんで……。今日こそはち、欄干から飛び降りたら、後ろから海軍の士官に抑えられて。

美保 海軍の士官――。まさしく白馬の騎士ばい。

雪 「生きていく自信がありません。死なせてください」。うちが泣いたらこげんいわっしゃった。「死にたかなら死ね。ぬしが死にたかなら死なんか」そげん言われたら、うち、足がすくんでしもうたと。士官さんはうちの首ば押さえて、こげんいわしゃった。「ばってん、この国には生きとうしてたまらん人が、もっともっとどぎゃんしたっちゃ、生きたかち思いよる人が、ばさらか死んでいきよっとぞ。ぬしは生きようと思えば、生きらるるとやろうが。どげんしたっちゃ死にたかなら、生きとうして生きとうして、たまらんとに、死んでいった奴の切なか気持ちまで抱いて死ね」――。うちはもう死にきらんやった。涙の溢れてしようなかったと。

美保 うちならそげな男、うちなら離さんよ。その場で帯ば解いてしまうよ。

紘子 男前やった?

雪 涙でよう見えんやった。ばってん、手にスペードのAの痣のあることだけは覚えとる。

新子 (ボギーに)内田さんのこの出会いは恋やろうか?

ボギー (カードを一枚引き)間違いなか。(と、ハートの1を見せる)

美保 (新子に)この占い、信じていいと?

新子 こげんこつだけはよう当たると。

美保 うちには白馬の騎士は現れんとやろうか。

ボギー 一枚ひんてんの。

 美保は一枚カードをひく。

ボギー 現れん。(カードを見せる)

美保 ジョーカーね。

 ボギー、外の様子を見る。

ボギー あんたたち、ちょっと奥でコーヒーば飲んでくれんね。海軍御用達の店に海軍の客人がこらっしゃった。

 3人は各自カップを持ち、奥に引っ込む。

 モズと志垣中尉が入り口外にくる。

モズ で、騒ぎは収まったんだな。

志垣 はっ。

モズ 今後は管理を厳しくしろ。私語も認めるな。

 鳳凰の切り札  (幕前十二ページ)

 

 

 モズが立っている。

 ツバメと目が合う。

モズ 始めよう。

 宮城が真ん中。卓の両サイドにツバメ、モズが座る。

宮城 チップは50枚づつ。最低の張り額は5枚。最後の勝負に限ってはカードを一枚づつめくる。今日は君たちの最後の勝負になるだろう。君たちにまだ教えていないルールが一つだけある。それをここで教えよう。私はバチカンでキリスト教学を勉強しているとき、随分カードの打ち込んだ。あまりおおっぴらにはできないが、バチカンの神学生はカードが好きなんだ。金は賭けないが。バチカンにはフェニックスの「ロイヤル・ストレート・フラッシュ」という役がある。スペードのロイヤル・ストレート・フラッシュのことだ。これだけが一般のルールと異なる。フェニックス――つまり、キリストの再臨に現れる鳥にちなんで、チップが百倍付けになる。いいな。では、始める。

 モズは宮城の手つきを凝視する。

米田 物集中佐。貴様はここにいる全ての者を敵に回しとるぞ。ポーカーの基本ば忘れたか。お前はツキば逃がしとる。

モズ ツキねえ。実力が同じ場合はツキのあるほうが勝つ。だが、実力が違えば、ツキは意味をなさない。俺は実力で勝つ。

ツバメ (心)……ハートの6。スペードの7。クラブの9。スペードの10。ダイヤの10。……10のワンペアを崩して、ストレート狙いだ。(声)一枚チェンジ。(心)……8だ。8よ、来い。(めくる)よし、8だ。

モズ 3枚チェンジだ。(札を3枚変える)

ツバメ (心)……モズはワンペアだ。伸びてスリーカード。ストレートの勝ちだ。勝負。(声)10枚。(チップを10枚出す)

モズ 受けよう。(チップを10枚出す)

ツバメ ……何だと。(札を開く)ストレートだ。

モズ フラッシュ。(チップを引き寄せる)

ツバメ ……3枚変えて、フラッシュだと? ……奴は自分が引く札がくっきり見えている。

宮城は札を配る。

ツバメ (ハートのフラッシュである)……(心)……よしフラッシュだ。(声)10枚だ。

モズ 降りだ。(チップを5枚出す)

ツバメ ……(心)何だと? カードチェンジなしに降り? チェンジしても、勝てないということがわかっているというのか。……奴はカードが見えるのか……。

 宮城は札を配る。

ツバメ (心)……ハートのキング。スペードのキング。ダイヤの5。クラブの5。ダイヤの8。ツーペアだ。この手がフルハウスまで伸びれば、ツキはこっちに来ている。(声)一枚チェンジ。

モズ 3枚チェンジ。

ツバメ ……3枚か。モズ大きな手を張っているとは思えない。……キングよ来い。(札をめくる)キングだ。キングのスリーカードに5のペア。このフルハウスなら勝ちだ。(声)20枚。(チップを出す)

モズ 受けよう。(20枚出す)

ツバメ (心)……貰いだ。(声)フルハウスだ。(チップを引き寄せようとする)

モズ 待て。チップが動くのは俺の手を見てからだろう。フォーカードだ。

ツバメ ……札を3枚変えて、フォーカードだと? ワンペアの手をフォーカードにしたのか。

 宮城はチップを移動する。

 宮城、再び札を配る。

ツバメ (心)……クラブの6。クラブの4。クラブの2。ダイヤのキング。ハートの7。……駄目だ、この手ではワンペア止まり。勝負にいけない。……いや、待てよ。2枚チェンジし、クラブの5と3が入れば、ストレートフラッシュだ。……それに賭けるほかない。

(声)2枚だ。

 ツバメは2枚交換する。

モズ 1枚。

 モズは一枚交換する。

ツバメ (心)……1枚――? フラッシュか、フルハウスか、ストレートか。いずれにしろ大物手だ。ワンペア狙いでは負けだった。……よし、来い。……(めくる)クラブの5。

……よし。もう一枚。……(めくる)クラブの3。……やった。ストレートフラッシュ完成だ。(声)勝負。全部だ。(チップを全部出す)

モズ よし、受けた。

ツバメ いい度胸だ。吼えずらかくな。

宮城 一枚ずつ、めくりなさい。

ツバメ クラブの6。

モズ ダイヤの6。

ツバメ クラブの5。

モズ ダイヤの5。

ツバメ (心)……まさか、モズもストレートフラッシュか。奴にはそんな大物手が続くのか……。(めくる)クラブの4。

モズ ダイヤの4。

ツバメ クラブの3。

モズ ダイヤの3。

ツバメ クラブの2。(心)……奴にストレートフラッシュができていても、クラブとダイヤなら、おいの勝ちだ。

モズ (めくる)ダイヤの7。俺の勝ちだ。さあ、証書をよこせ。

 モズはチップを引き寄せる。

モズ チップが一枚足りないぞ。

 ツバメがチップの山を見る。

ツバメ 忘れとった。お守り代わりに一枚ポケットに入れとった。

宮城 もう一勝負だな。――勝負の流れがよれた。一息入れよう。

ツバメ 小便をしてくる。

 ツバメは出て行く。

 モズは米田に近づく。

モズ (米田に)貴様も十分に軍規違反だぞ。

幸田 (米田に)無難。今と同じ光景を私は見たことがあるぞ。市役所の電話の交換室に島野という女子職員が働いていた。職場でポーカー大会をやったとき、チップを一枚ポケットにしまったのを忘れていたんだ。チップの数が合わなくて、最後困ったことを思い出した。――その島野という女子職員、旧姓を椿といった。

米田 椿少佐と同じ姓か――。

 モズ、重田がイカサマ使いであることをツバメが知っていた理由を知る。

 回想シーンに入る。

 島野宅――。

 島野の亡骸の前で、葵は手首を切る。

 葵は力なく伏す。

 ツバメが入ってくる。

ツバメ 姉ちゃん、こいはどげんしたと?

葵 うちは生きとってもしょうがなか。(島野の亡骸を見る)島野は自分で設計した玄龍ば奪って、カトリックば救おうとしたと。南方に行くつもりやったげな。うちは生きとっても、永うはなかと。以前に島野にゴーギャンの絵ば見せてもろうた。えらい幻想的な絵やった。人間があそこまで神に近づくかと感激した。うちはゴーギャンが愛した、タヒチに一回でも行きたかちいうたこつがあると。島野はうちばタヒチに連れて行こうとしたとかもしれん。乱心やら、あん人らしゅうなか。勝(まさる)。島野は軍規違反ばしたとき、物集中佐に「ポーカーで勝ったら許そう」ちいわれたげな。島野が力で負けたとなら、しょんなか。ばってん、ディーラーがインチキのポーカーよ。そげなポーカーばやらされた挙句に、島野が切腹ば申し出たとに、頭ば拳銃で打ち抜かれとると。物集は武士の情けのなか男てい。

ツバメ 姉ちゃん、モズは人の道、外れとる。おいが仇ばとってやる。

葵 勝。最後に会えて、うちは嬉か。

ツバメ なんばいよっか。気の弱か。姉ちゃん、おいはツバメじゃなか。姉ちゃんがいつか教えてくれたろうが。ツバメは正しか道が行わるるとき鳳凰になるち。おいは鳳凰てい。

葵 泣き虫のツバメが、ほんに男らしゅうなった。よか……。

 葵は息絶える。

ツバメ 姉ちゃん、姉ちゃん……。

                                    暗転

 コルベ天主堂――。

ボギー 差し入れのコーヒーば飲んで下さい。取って置きのブルーマウンテンです。

 シスター、コーヒーを配って回る。

幸田 (米田に)島野さんにこんな話を聞いたことがある。弟、つまり椿少佐は子供の頃身体が弱くよく苛められたそうだ。島野さんは弟にこういった。「あんたのおじいさんは坂本竜馬が長崎におる時の落しだねてい。あんたは竜馬さんの孫てい」。それから弟さんは人が変わったようになったそうだ。

米田 その話は本当ですか?

幸田 いや、島野さんは口からでまかせを言ったのだそうだ。

モズ (後ろから話を聞いていた)長崎市長ともあろう方が、そんな男に長崎市民の命を委ねるとは、とんだ茶番ですな。

ボギー 美保と雪はどこにいったとやろか。

紘子 外にいったごたるよ。

                                    暗転

 コルベ天主堂の庭――。

 美保と雪。

美保 もう、見ておれん。うち心臓が止まる。

雪 ……。

美保 (耳を澄ます)……B29の爆音が聞こゆっ。

雪 うちは聞こえんよ。

美保 うちは耳のよかけん、間違えん。こいはB29よ。……おかしか。B29はいつも五島の方から飛んでくるとに、今日は金毘羅山の向うから聞こえてくる。

雪 金毘羅さんの向う?

美保 あっちは博多か、小倉か――。何でやろうか。

                                     暗転

 再び、コルベ天主堂――。

 ツバメがいない。

幸田 (宮城に)宮城神父、もし私たちに命があれば、5年後の精霊流しの日、眼鏡橋の上で会いませんか?

宮城 いいですね。わたしも精霊流しの日には、長崎で生まれ育ったことを誇りに思います。何時にしましょうか?

幸田 (宮城の胸を見る)十時はいかがでしょうか。夜の。

 幸田は十字を切る。

 

宮城 承りました。

 宮城は合掌をする。

 ツバメが入って来る。席につく。

モズ 長い小便だな。

宮城 再開だ。

 新子が包丁を持って入り口付近に立っている。

 恐ろしい形相――。モズを睨みつけている。

美保 ちょっと、新子ちゃん、待って。

ボギー (新子を背中から羽交い絞めにして)新子、止めろ。

 ボギーと新子は激しくもみ合う。

 新子動けなくなり観念する。

 新子は大声で泣き出す。

ボギー 新子、おいとこっちの部屋に行こう。

 ボギー新子を連れて、奥の部屋に入る。

 モズは一瞬新子を見ていたのだ。

宮城 さあ、配るぞ。

モズ (一瞬顔に動揺が走る)……。

ツバメ ……(心)どうしたんだ。これまで全く表情を変えなかったモズが一瞬慌てた。……あの女はモズの愛人。捨てられたのか。モズが動揺しても無理もないか。……おかしい。モズの動揺は別のところにあったはず。なんなのだ……。

 宮城は札を配る。

ツバメ (心)……スペードのキング。スペードのクイーン。スペードのジャック。スペードの10。スペードの9。……ストレートフラッシュだ。これまで紙一重で負け続けている。これでも負けているのか……。どうする。これで勝負か。いや、モズがロイヤルストレートフラッシュだったら、おいの負けだ。ロイヤルストレートフラッシュしかなか。(声)一枚。

モズ ノーチェンジ。(札を卓上に並べる)

 ツバメも札を並べる。

 宮城から貰った札も見ずに並べる。

モズ 見ないのか。

ツバメ みんでちゃわかっとる。最後の一枚てい。(チップを出す)

モズ それ以下はない。受ける。

ツバメ (一枚めくる)スペードのキング。

モズ クラブのA。

ツバメ スペードのクイーン。

モズ クラブのキング。

ツバメ スペードのジャック。

モズ クラブのクイーン。

ツバメ スペードの10。

モズ クラブのジャック。

ツバメ (心)……モズはノーチェンジだった。ロイヤルストレートフラッシュが最初から完成していたんだ。この札がスペードのAなら……。

宮城 (心)フェニックスの「ロイヤルストレートフラッシュ」――。100倍づけ。スペードのAならツバメの逆転勝ち。それ以外のカードなら、モズの勝ち。

ツバメ おいの天運ば見せてやる!! これが最後の鳳凰の切り札てい。!!

うおーっ!!!!(叫びながら立ち上がる。)

 ツバメは札を持ち、モズとにらみ合う。

 じりっ、じりっ、と後ろへ。カードは見えないまま。

 モズは卓の前へ。

 宮城はツバメがカードを返したら見える方向へ。

 ツバメは両手を横に広げる。

ツバメ 勝負だ。

 と、そのとき眩い光線が、ステンドグラスを刺しぬいた。

 ツバメは一瞬、十字架を背負ったキリストに見える。

 次の瞬間、轟音と共に強風がステンドグラスを吹き飛ばしてしまう。

 何も見えなくなる。

 一九四五年八月九日、午前11時2分――。

 そうだ、原子爆弾が投下されたのである。

 やがて、長崎の街は業火に包まれる。

 一瞬にして7万人の命が、最終的には14万人の命を奪い去ったプルトニウム原爆――。

暗転

1950年8月15日夜十時――。

精霊流しの日である。

眼鏡橋の上に宮城と新井が佇んでいる。

宮城 もう精霊船は殆ど流れて行ったね。戦争が終わって五年、やっと長崎も復興の兆しを見せてきた。精霊流しも、一年毎に立派になって行く。

新井 もう十時です。幸田さんは、来られないんじゃないでしょうか。

宮城 そうだな。

新井 宮城神父。私、昨年バチカンに行った折り、神父が神学校時代にポーカーのライバルだったという神父にお会いしました。宮城神父はポーカーの天才で、カードを自由に出す神の指を持っているのだと聞きました。あの日のカードは――。

宮城 実は9枚までは私が仕込んだのだ。だが、時間が足りなかった。最後の一枚は椿少佐が自分の力でひいたカードなのだ。彼が最後にひいたカードは実のところ私にもわからないのだ。

幸田と米田が法衣を来て、歩いてくる。

米田 妙超さん、こっちだ。

幸田 宮城神父!!

宮城 幸田市長。

幸田 いや、元市長です。

宮城 なつかしい。

幸田 今は禅林寺の住職妙超です。ご無事でなによりです。

宮城 きっと来られると、思っておりました。(米田に)米田中佐も――。

米田 今は禅坊主の愚堂無難です。――戦犯で三年、刑務所に入っておりました。

宮城 ごくろう様でした。

幸田 五年、あっという間でした。あの戦争は何だったのだろうか、と今でもよく考えることがあります。日本とアメリカで取り合った領土は、みんな独立して今はどちらのものでもない。領土は誰のものでもありません。二人の男が、白い紙に鉛筆で自分の物だと主張して、自分の名前を書き合う。いがみ合いがやがて殺し合いになる。殺し合いが終わって、名前を消しゴムで消してみると、元の白い紙だった。

宮城 私も神に問うことがあります。戦争で一体何を取り合ったのかと。

米田 真っ白い紙切れなのかもしれません。

新井 そのために何百万の命が――。むごい。(十字をきる)

美保の「こっちよ。早く」という声が聞こえる。

美保 (出てきて)神父!!

紘子、梁、ボギー、新子が駆け込んでくる。

ボギー (宮城に)お久しぶりです。今日ここにくれば会えると思って。

宮城 今は?

ボギー 鳳凰亭は戦前のフェニックス亭という名前に戻して、カフェばしとります。

宮城 あの日のコーヒーはおいしかった。あんなにおいしいコーヒーを私は飲んだことがない。

ボギー また、飲みに来てください。

宮城 参りましょう。(新子を見て)あなたは……。

米田 あの日、包丁を持って――。

宮城 ああ。

新子 新子です。

宮城 今は?

ボギー おいと所帯ばもっとります。

米田 なして?

ボギー 「なして?」ちゅうたっちゃ、男と女が一緒におりゃあ、なるようになるたいの。

美保 いっちょん女の気持ちがわかっとらん人がね。

新子 今でちゃわかっとらん。

ボギー ばってん、こい(新子)も男の気持ちのわからん女やけん、ちょうどよかと。

美保 (宮城に)大塚美保です。カステラの工場ば経営しとります。

ボギー 偉いはぶりのよか女社長てい。

美保 ここ(頭)ば使うけんよ。戦後よそのカステラ屋の真似ばして、カステラば作り始めたと。そんままじゃ売れんけん、包みに「元祖」ち書いたと。そいがうちの頭のよかとこてい。そしたら、東京の高島屋デパートが買い付けにきたと。そいから、うちのカステラは元祖ちいうことになって。もう、売れて売れて。倉の建つごたる。

米田 それは消費者をだましている。よくないぞ。

美保 よかとよかと。今じゃ長崎に元祖のカステラ屋はうちを入れて5軒もあると。

宮城は梁を見る。

梁 紘子と一緒になりました。野母崎で枇杷ばつくっとります。

宮城 茂木枇杷を?

紘子 はい。

幸田 戦後済州島に帰られたのでは?

梁 紘子と一緒に帰りました。四八年にアメリカの傀儡・李承晩政権が発足した時に、済州島では抵抗運動が激しくなり、また戦争になってしまいました。紘子が戦争はもうこりごりだといいました。私達は日本に戻ってまいりました。

宮城 確か、もう一かた済州島の人が――。

梁 高さんです。先ほどの4・3蜂起の時に、政府軍に殺されました。済州島で正義心のある人はほとんど死んで行きました。

幸田 原爆をかいくぐって生き延びたのに……。

市来が立っている。

市来 (宮城に)今は郷里・五島に帰り、中学で数学を教えています。

宮城 あなたもあの日の私達の会話を忘れずに――。

市来 (頷く)……私は原爆手帳を二冊持っています。二度も原爆に会い、二度とも生き延びました。奇跡です。私は椿少佐の命を頂いて、生き延びているように思うのです。

宮城 いえいえ。コルベ天主堂は爆心地からちょうど2キロ離れています。黒いものは灰となり、白いものが助かりました。天主堂が白亜の建物だったために、私達はこうして奇跡的に再会することができました。あの場に私達を導いたのは、椿少佐でした。原爆の犠牲になったのは皮肉にも、ステンドグラスの正面にいた椿少佐と物集中佐――。

この辺りで、志垣が立っている。

宮城 物集中佐は即死でした。無残な遺体が残されておりました。ところが、椿少佐の遺体は出てこなかったのです。

新井 ステンドグラスの真下にいたのは、椿少佐だったはずなのに。

宮城は志垣に気付く。

宮城 あの時にいらっしゃったかたですか?

志垣 いえ。私は志垣と申します。英字新聞の記者です。今日は精霊流しの取材で参りました。戦時中は海軍佐世保鎮守府が管轄している長崎造船所で物集中佐の部下をしておりました。たまたま通りかかり、物集・椿と懐かしい名前を聞いて、側耳をしてしまいました。戦時中日本は情報が不足していました。今は、欧米の情報を日本に紹介する仕事をしております。あのような愚かな戦争が二度と起こらないようにと――。

宮城 しっかり頼みます。

志垣 実は外信部から奇妙なニュースが二つ届いているのです。いま、ふっと思い出して――。一つは、インドネシア独立戦争でスカルノの参謀として英雄的な働きをした日本人がいる。もう一つは、マカオのカジノで勝ち込んで店を一晩でつぶした日本人がいる。二つのニュースには共通点があります。その日本人は手にスペードのAの形をした痣があったというのです。

米田 ……不思議な話だな。ツバメは死んでいないのか。

宮城 そういえば、椿くんには恋人がいたな。

美保 雪は終戦の翌年、椿少佐の子供を産んだとです。今は聖ヨハネ病院で看護婦ばしよります。原爆症の患者の手当てばしよっとです。

宮城 椿君は、少なくとも椿君の遺志はまだ生きている。

幸田 そういうことですな。

市来 実は椿少佐から、証書を預かっているのです。物集中佐と賭けた戦犯特赦の証書です。今日まで封を切らずにいたのですが。宮城神父にお見せしようと思って持参いたしました。

市来は封筒を宮城に渡す。

宮城は封を切る。

中から、一枚の白い紙が出てくる。

両面見ても何も書いていない。

市来 これを自分の物にする為に、二人の士官が死にました。

米田 これが「ツバメの切り札」だったというわけですか。

市来 いや「鳳凰の切り札」です。

新井 宮城神父。私、原爆投下の翌日コルベ天主堂にいったのです。言おうか言うまいか、ずっと迷っていたのですが――。そこでこのカードを拾いました。

新井がハンカチの包みを宮城に渡す。

宮城がハンカチを解くと、中からカードが一枚出てくる。

スペードのAである。

白い部分はそのままだが、黒い部分はそのままの形で穴があいている。

宮城 あの男はフェニックスのロイヤルストレートフラッシュを上がっていたんだ。

渡辺と安東が精霊船を持って現れる。

渡辺 すみません、遅くなりました。道が混んで市電がなかなか進まなかったものですから。

米田 精霊船ですか?

宮城 みんなで流しましょう。

橋を下り、川辺に来る。

宮城と幸田が精霊船を川に浮かべる。

ボギー この精霊船に名前を付けませんか?

新子 そうね。

宮城 そうですね。

「その船の名は」という声が聞こえる。

乳母車を押して、雪が現れる。

雪 その船は玄龍よ。

宮城 玄龍。

幸田 そうね、玄龍てい。

ボギー (精霊船を見て)ちゃんと海まで出てくれるやろうか。

市来 行くくさ。単騎勇ましく、敵陣ば突破して、玄界灘の龍になるくさ。玄龍には天運のついとる。

一同、精霊船の行方をいつまでも見守る。