人生は楽しき集い

    ―― Life goes to a party――

                              作 さい ふうめい

○登場人物

 京子(49)

 恵(48)

 園世(48)

 幸香(45)

 浩平(42)澄江の弟

 弘子(41)浩平の妻

 山彦(45)浩平宅の二階に下宿している警察官

 時―現代。

 季節は秋。紅葉の綺麗な季節。

 カラオケボックスの一室。飾り付けてあるので洒落た感じがする。

 京子、恵、園世、幸香のシルエットが見える。

 4人はテーブルの目覚し時計を見ながら、カウント・ダウンをしている。

四人 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0――。

京子 (小声)遂に時効成立ね。

三人 せ・い・り・つ……。

四人 やったあ! おめでとう! コングラッチュレイションズ!!

 四人は抱き合って喜びを分かち合う。

 四人はシャンパングラスにシャンパンを注ぐ。

京子 私たちは1982年9月23日の秋分の日深夜11時28分に五億円強奪事件を成功させ、民事訴訟法の時効期限20年が、たった今経過し、盗んだ金五億円を晴れて自分たちのものにする権利を有したのであります。

恵 長かったわア。

園世 なんしい、20年やもんねえ。

幸香 お互い、歳もとるわよね。(みんなを見る)……あら。

京子 20年前のままじゃない。

恵 ほんまや。なんも変わってへん。

園世 なんやあ、タイムマシンに乗ったみたいやな。

恵 ほんなら、時効成立とお互いの変わらなさに、乾杯しよやないの。

京子 賛成。

幸香 中賛成。

全員 大賛成。

恵 盛り上がりすぎて――。

全員 やや反省。

京子 テンポもリズムも――。

恵 20年前のままや。

 お互い顔を見合わせて笑う。

京子 じゃあ、乾杯しよう。

園世 澄江、待たへんでもいいかしら。

恵 構うことないわ。こんなよき日に、遅れる方が悪いんや。

幸香 呑んでたら、そのうち来るわよ。結構、一人だけ出来上がってきたりしてね。(酔って)おめでとう、なんて真面目そうにね。あいつ酔っぱらってても、真面目そうだったもんね。

京子 じゃあ、やるわよ。

一同 乾杯!

 一気にグラスを空ける。

恵 ふわぁ、美味い!!

園世 本当ねえ。

京子 オリンピックで優勝したら、こんな気分かしらね。

幸香 20年だから、5回連続で金メダルとった気分よ。これから、天下晴れて盗んだお金、使えるのね。

園世 五億円を5人で山分けして一人一億円――。

京子 私たちのものになったんだものね。

園世 うち、今でもあの時のスリルとサスペンス、ありありと思い出せるわ。

幸香 私も。

恵 日本犯罪史上最大の強奪事件や。

園世 思い出すだけで、うずくわあ。

京子 再現してみる?

幸香 やろう、やろう。

京子 いくわよ。(講談調)五億円を乗せた田ノ上不動産の公用車が向こうから近づいてくる。後三秒で通り過ぎてしまう。その刹那、幸香が道を横断しようとして転ぶ。足をくじいて痛い。乙女チックに痛がる。車は前に進めない。困った運転手は仕方なく公用車を止める。心配そうに降りてくる。それほどまでに、幸香の顔は苦痛に歪んでいた。道端に控えていた京子は、たまたまそこを通っているうち、大変なことに遭遇してしまったとばかりに近づく。「ああ、交通事故だ。大変。あなた人を轢いちゃったのね」とオーバーに動揺する。運転手は「違うんです。この人は自分で転んだんです」と抵抗する。京子は時間稼ぎのために決して引き下がらない。「言いがかりは止めてください」と車に戻ろうとすると、今度は色仕掛けで、元いた場所に押し戻してしまう。

幸香 その隙に、ピッキングの天才・恵は後部座席に乗っていたアタッシュケースの鍵を開ける。恵と園世は公用車から、現金5億円を盗み出す。澄江は何の特徴もないトヨタ・カローラを現金輸送車の後ろに止め待機していた。現金はバケツリレーでカローラに運び込まれた。盗んだ現金と京子、恵を乗せて、澄江の運転するトヨタ・カローラは走り去る。幸香と京子の時間稼ぎは効を奏し、現金輸送車の横を、何台も何台もの車が追い抜いていく。辺りに目撃者はなく、どの車が怪しいのか誰も見当がつかなかった。

園世 お金が盗まれたことが発覚したのは、事件から何時間も経った後だった。

京子 作戦は大成功のうちに終わったのだった。

恵 盗まれた現金5億円は、株式公開を目指す不動産会社社長田ノ上伝一郎から、日銀や東京証券取引所に発言力のある保守系政治家への賄賂だった。事件は起こったが、一体何の金やったんか? と問われる危険性の方を田ノ上伝一郎は恐れた。で、政治家たちも警視庁に捜査をあんまり激しく捜査しないようにとコナかけた。捜査は政治的背景でストップした。もはや、私たちは安全だった。あとは息を潜めて時効の20年を待つだけだった。

恵 うちら四人は、それまで「次郎吉レディス」の名で聞こえた女盗賊団だった。

京子 私たちは盗賊はしても、神に誓って悪いことはしていない。

園世 そう。結婚詐欺やら貢がせたりやらで、女泣かせてぼろ儲けしている男の金しか狙わなかった。

恵 五億円強奪事件では、「治郎吉レディス」はうちら四人に、澄江を加えて五人の盗賊団になった。澄江は田ノ上伝一郎の愛人やっとった。田ノ上のジジイ、助平なくせに、手当てが少ないし、若い女に乗り換えるなんちゅう不届きなことをする気配を感じて、悲しんどった。そんなとき、うちらの評判聞いて、田ノ上伝一郎の現金輸送車の強奪計画はどうやろうか、と申し出た。

幸香 治郎吉レディスは、ここで澄江という新メンバーを加え、5人になったのであった。

 講談調はここで終わる。

園世 まさに、天の声、人の和やったなあ。

京子 初めての仕事だったけど、澄江は見事な盗賊っぷりだったわ。

恵 助平ジジイに、借りを返そうって燃えてたしな。

園世 大人しい顔して、やることは大胆――。

幸香 ドライブテクニックも最高だった。

園世 五人組の女盗賊団は大成功だったね。

京子 私たちも、そろそろ潮時だと思っていたし、どうせ引退するから、区切りになるような大きなことをやりたかったし。

幸香 いったいどこで何してるんだろう、澄江。早く来いよ。

 携帯電話が鳴る。

京子 誰? アッ、私だ。(携帯電話を出す)もしもし。はい。白川京子です。……何? ……えっ? なんですって? ……はい、わかりました。(電話を切る)

 京子は泣いている。

恵 京子。一体、どんな電話だったのよ。

京子 澄江が……死んじゃった……。

一同 えっ?

                                      暗転

 澄江の部屋。

 飾り気のない質素な部屋である。生活に最低限必要なものしか置いていない感じ。

 小さな仏壇に、位牌、遺影が飾られている。

 京子と園世が交互に手を合わせる。

 園世は紺の地味な服を着ているが、京子はその場に似合わない派手なピンクの服である。

 横に、澄江の弟・浩平が座っている。

浩平 どうもありがとうございました。こうしてわざわざ来て下さって、天国で姉も喜んでいると思います。

京子 一体どうして……。

浩平 心筋梗塞という診断で……。心臓が突然停止する病気だそうです。心労が重なっていましたから、心臓も弱っていたんでしょうね。私は、ここと背中合わせの部屋に住んでいるんですが、丁度妻と三日間旅行に出ていまして、帰ってみたら姉は息を引き取っていたという……。

園世 誰にも看取られることなく、たった一人で? ……ひどい。(涙が溢れる)

京子 心労っていいましたね。一体、澄江は何に苦しんでいたんです?

浩平 男です。姉はずっと一人で生きてきたのですが、人一倍寂しがり屋だったのです。支えてくれる男性が必要だったのです。姉は何故か駄目な男を好きになるんです。そして貢いでしまう。働いたお金は、自分では使わずに全部貢ぐんです。自分は切り詰めた暮らしで満足してしまうんです。働いても働いても、お金が貯まらない。結局、看取る男もいないまま、逝ってしまって……。なんて損な生き方を……。

京子 ……こんな暮らししているからよ。

浩平 ……?

京子 何よ。惨めじゃない。(園世に)あんたは京都だから知らないだろうけど、鶴見といえば京浜工業地帯の真ん中なの。工場のばい煙で夏は光化学スモッグが出て、外も歩けないようなとこなのよ。窓見てご覧なさい。真っ黒。汚いったらありゃしない。こんな暮らししているから、考えることまでおかしくなるのよ。

浩平 そういう言い方はないんじゃないんですか。うちは両親の代から、ここで暮らしてきたんです。

京子 暗いのよ。わからない? この街の澱んだ雰囲気。人生を楽しもうという気概が感じられないのよ。

浩平 確かに鶴見は空気も汚いし、発展しようもない街だから澱んだって言われればそうですよ。でも、つましい中にも、昔ながらの情に満ちた日本人の暮らしは残っているんです。

京子 発展性のないのが問題なのよ。人間は発展する動物でしょ!

浩平 発展しない生き方も、結構楽しいですよ。ヘラヘラ生きても、人間は人間なんです。

京子 あんたがそんなヘナチョコだから、澄江が心筋梗塞なんかになるのよ。あんたがお姉ちゃんを変えてあげなくちゃ。そうでしょう!

浩平 あなた、初対面で言い過ぎていません? 姉の友人だということで、今まで黙っていましたが、あなた、そもそもお線香をあげに来た人間の格好ですか!

京子 派手だっていうわけ?

浩平 少なくとも、鶴見では地味という人はいませんね。

京子 白金では、特に私のマンションでは、これは普通よ。

浩平 シロガネーゼだろうが何だろうが、私はお線香をあげに来た人の着る服に見えないといったんです。

京子 センスのない奴。私だって、もっと黒っぽい服持っているわよ。だけど、そんな湿っぽい格好してちゃ、澄江だって向こうで元気出ないわよ。私は考えて考えて、この服にしたの。

浩平 思いやりで、その服を着ていたというわけですか。気が付きませんでした。

 浩平は上等とはいえない、急須と湯呑みでお茶を煎れ、二人に差し出す。

 やる気のない態度。

京子 あんたねえ。全然やる気ないのね。まともに生きようなんて、生まれてこのかた、只の一日も考えたことがないって顔よ。

浩平 よくわかりましたね。

京子 生活を向上させようとか、この町から抜け出したいとか。

浩平 ないですよ。この暮らし気に入ってますから。

京子 澄江もそうだったなんて、いわないでね。

浩平 さあ。割合気にいっていたとは思います。兄弟でも心の中まではわかりませんがね。

京子 ああ、なんてことを……。(悔いる)やっぱり、時効まで、あのお金を使わないと決めたのが間違いだったんだ。

浩平 時効……? なんですか――。

園世 違うん。ここ来たとき、時候の挨拶をせえへんかった、ゆうて後悔してはるのん。

京子 澄江には一億円の遺産があるの。

浩平 一億? あるわけないじゃないですか。姉は鍍金(メッキ)工場で経理事務をやっていたんですよ。わずかな貯金も男に貢いで――。

京子 あるの。

浩平 いい加減にしてください。普通の人は悪いことでもしなきゃ、そんな大金手にすることはできません。

園世 だから、悪いことしたんよ。

浩平 えっ?

京子 (園世に)あんたは余計なこと、言わないの。(浩平に)澄江は一億円を貯めていたの。私に教えてくれたのよ。

浩平 で、貯めていたら、どうなるんですか。

京子 澄江は、電話で私に「前々から思っていたことを実行に移そう」といっていたの。澄江が、前々から思っていたこと――それは、女性の敵をやっつけようということ。

浩平 (京子の目が鋭いので、ひるむ)……。

京子 澄江がそういったの。

園世 そうよ。

京子 澄江の計画を解釈すると、こうなるのよ。世の中には、まともに働かない男、博奕に明け暮れて生活費を家庭に入れない男、妻に暴力を振るう男がわんさかいる。殆どの女達は、泣き寝入りの状態だ。社会的弱者だからね。いやいや我慢している。そういう女達の駆け込み寺になるNPOを作る。そして、加害者の男どもににガンガン損害賠償の請求をしていく。

浩平 姉はそんなことを考えていたんですか。

京子 ずばりそうとはいっていないけど、澄江が女性の敵をやっつけるために使うといえば、そういうことなのよ。

園世 澄江の、男に尽くしては、ポイと捨てられる生き方を見たら、他にないと思わへん?

京子 澄江の一億円を、NPO設立の資金に使うことが、彼女の遺志を継ぐことになると、私たちは考えたわけよ。

浩平 大体、親族である僕がそんな考え方に納得しませんよ。女の言い分ばっかりじゃないですか。まともに働かない男といっても、今の景気ではいろんな事情もあるでしょう。博奕だって、趣味の範囲なら悪くない。公営事業なんですから、国がやっていいって認めているようなものですよ。妻に暴力を振るうのは、よくないかもしれない。が、その前に妻による言葉の家庭内暴力に耐え忍んでいたのかもしれないじゃないですか。男だって言い分ありますよ。定年まで一心不乱に働いて見たら、退職金が出ると同時に、三行半だなんていう奥さんだって、たくさんいるんですよ。男の価値は退職金だけだったのかって!!

京子 あんたそんな生き方、してないじゃない。

園世 見たとこ、フリーターみたいやけど。

浩平 フリーターですみませんねえ。フリーター歴18年、筋金入りのフリーターですよ。

京子 よくそんなんで、奥さん貰ったわね。

園世 奥さん、泣いてはるよ。

浩平 泣いていませんよ。女房は俺に惚れて、惚れぬいて結婚したんですから。あなたなしでは、一分たりとも生きていけない、なんて泣きついて。

園世 むかつく――。

浩平 とにかく姉は一億円なんて大金、持っていません。帰ってください。

 浩平が二人を戸口まで押しやろうとすると、戸口のところには弘子が立っている。

 ボストンバッグ、スーツケースを抱えて、「家を出る」格好である。

弘子 浩平! 今度という今度は許さないからね。私、家を出る。もう離婚だよ!!

京子 あなたなしで、何年でも生きていけそうな勢いよ。

園世 惚れて惚れ抜いたってのも、一時の気の迷いかもしれんし。

浩平 弘子、一体どうしたんだよ。

弘子 私の貯金使ったでしょ?(通帳を見せる)

浩平 使わないよ。

弘子 昨日、平和島の競艇場で王者決定戦があったのを、私が知らないと思っているの?

浩平 ……。

弘子 何故、何故黙るの? 一昨日、あんたはお金を持っていなかった。平和島競艇場でビッグレースがあるとき、一回たりとも、あんたはやり過ごすことはできない。そして今日私の通帳にお金がない。

京子 犯人はあんただ。

園世 (同時に)犯人はあんたや。

浩平 どうして女って、こんなに間の悪いときに出てくるんだろうな。

園世 自分が悪いのに、人のせいにして。あんた、はっきりいって、女にもてへんよ。

浩平 だったら、弘子に聞いてくださいよ。

京子 離婚するっていっているじゃない。

浩平 まいったな。

園世 (弘子に)こいつあんたを殴ったりする?

浩平 しませんよ。

弘子 殴る。

浩平 いつ殴ったよ。

弘子 酔っ払ってる時だから、あんたが覚えていないだけ。

浩平 ちょこっとだろう? 触るか触らないかってぐらいの――。

弘子 痣ができた。

京子 ドメスティック・バイオレンスじゃない。

園世 化粧?

京子 コスメティックじゃないの。ドメスティック・バイオレンス。家庭内暴力よ。(オーバーにアクション)

浩平 俺そんなに悪いことしました?

弘子 した。

浩平 (気付いて)あっ、そうだ。(弘子に)弘子、俺が悪かった。許してくれ。もう絶対にしません。

京子 こんな風に、ころっと態度の変わる男が一番いけないのよ。

園世 反省したその心も、一日経つところっと忘れてしまいよる。

浩平 頼みますよ。ちょっと黙ってくれません。

京子 この男ちゃんと仕事はするの?

弘子 この人、空き巣なんです。

浩平 弘子!

弘子 だってそうじゃない。空き巣やるじゃない。

浩平 ほんの出来心ですよ。私の場合、仕方がないんですよ。……バイトでも、人間関係とかストレス溜まることたくさんありますよね。いやなことにはわれ関せずで、腹も立てずに生きていこうと思っても、事情が許さないこともある。時々、爆発しそうになるんです。でも、私は自分の中でじっと堪えるんです。そんな時、知らないお宅に入って空き巣に入って何か頂くと、すうっとするんです。

京子 ……。

浩平 そんなに大それたことじゃないんです。無用心な家に入って、ちょこっと頂くだけなんです。盗まれても、困らない家から、無くなっても困らないようなものを、ちょこっと――。

京子 あんた! 浩平とかいったわね。(浩平をひっぱたく)

浩平 何するんですか!

京子 腹が立ったら怒ればいいじゃない。それが生きるってことでしょ。

浩平 だから、俺、怒れない性分なんですよ。

京子 それに空き巣が気に入らん。あんたはせこい。なにがちょこっとだ。あんたの犯罪には向上心が感じられない。盗むのだったら、ドーンと盗みなさいよ。

 浩平は呆気にとられている。

 戸口のところに制服の警察官が立っている。山彦である。

山彦 あの。

京子 (警察官を見て)うわっ!

 京子と園世は、隅に縮こまる。

京子 あの、ほんの冗談なんでしょ。もういいませんから。まいったな。

園世 ほら、いうだけただっていうじゃありませんか。言っただけなんですから。ねえ。

弘子 (驚き方が異常なので)あの、二階に下宿している山彦(やまびこ)さんです。派出所の駐在さんです。(山彦に)お仕事終わったの?

山彦 はい。あの、私山彦(やまびこ)じゃありません。ヤマヒコです。

京子 紛らわしいとこに出てくるな。

園世 (同時に)そんなん、どっちでもいいやないの。

山彦 すみません。(去る)

京子 澄江の心労の種はあんたじゃないの。こんな汚いとこで、こんな腑抜けの弟と――。

弘子 そこまで言うことないんじゃないですか? 私の夫ですよ。

園世 さっき別れる、いうたやないの。

弘子 まだ別れてません。

京子 さっさと別れちゃいなさい。こんなの――。

弘子 あのねえ、浩平はいいところもたくさんあるんです。優しいし、私が風邪引いたら、お粥だって作ってくれるし。

浩平 弘子。もっと言ってやってくれよ。

京子 あんたたちどういう関係? はっきりしなさい。

園世 さっさと用事済ませて帰ろう。

京子 そうだわ。一億円――。私たちは澄江の遺志を継ぐんです。(浩平に)探してもいい? なんとしても、女を守るNPOを作るんだ。

 幸香が立っている。

幸香 待った!

園世 幸香――。

幸香 外で聞かせてもらったわ。澄江の遺志を継ぐのは私よ。澄江は、生前私のとこに電話をかけてきたわ。「前から思っていたことを実行に移す」って。

園世 京子のとこと同じや。

幸香 澄江はこういったわ。パアッと花火をあげるんだって。

園世 花火?

幸香 そう。私は「浅草ドクトル婦人会」の理事をしているの。浅草で開業する医師の奥様たちの会の世話役。私たちは毎年8月に行なわれる隅田川花火大会の実行委員を中心的に支えているわけよ。ところが最近は不景気で、資金集めに苦しんでいることを、澄江にいったの。最近は一発何百万もする大玉を連続であげないと、見るほうも満足しないし。澄江は自分の一億円を、ドーンと実行委員会に寄付しようっていってくれたのよ。

浩平 姉貴はそういう性格じゃないと思うんですが。

京子 そうよ。

幸香 澄江は、花火を上げたいっていったの。

浩平 大人しくて地味な性格です。地味な小魚を地味な醤油で煮しめて、地味な小皿に盛り付けたような、目立たない人なんです。花火なんて――。

弘子 そうかしら。澄江姉さん、見た目は地味だけど、うちに秘めているものは熱いものがあったわよ。だって、テレビで西部劇見るときなんて、ガンファイトの時はこうよ。(ガンマンのように激しいアクション)。

浩平 本当かよ。

弘子 あんたが知らないだけよ

浩平 確かに子供の頃から、縁日では射的が一番好きだったな。

弘子 ねえ。

京子 だからって、花火ってのは変よ。

幸香 だって本当にそういったんだもの。とにかく、私は澄江の遺志を継いで、花火をドーンと打ち上げますよ。

京子 それはおかしいわ。NPOを作るのよ。

園世 そうや。

幸香 花火です。

京子 花火なんか無駄よ。NPOよ。

幸香 NPOなんか暗いじゃない。花火!

人生は楽しき集い   幕前十ページ

 

 そこに血相を変えて、山彦が入ってくる。

 手には拳銃を構えている。

山彦 手を挙げろ。壁に張り付け。俺は本気だぞ。全部聞かせて貰った。20年前――。1982年9月23日に発生した五億円強奪事件の犯人として逮捕する。

京子 何いってるの。民事事件としても刑事事件としても時効になっているはずよ。

山彦 確かに法律は時効だ。だが、俺の心の時効は終わっていない。当時、俺は新米刑事として、五億円強奪事件を担当した。任官されたばかりで、手柄を立てたいと躍起になっていた。だが、ある日突然、上層部からの捜査中止命令が出た。俺は上司に食ってかかった。こんな犯罪を許すことはできないとな。上司は、もっと高いところからの命令だといった。国会議員レベルの判断なのだと。俺は警察という機構が許せなかった。俺は上司の命令に反して、自分ひとりで捜査を続行した。だが、俺の行動は裏目に出た。組織を甘く見た俺が馬鹿だった。まだ、若かった。俺はキャリア組を外され、派出所勤務を命ぜられた。出世の道は完全に閉ざされた。だが、捜査はやめなかった。そして、澄江さんが田ノ上伝一郎の愛人であることを突き止めた。何かある。俺は確信を持っていた。俺はこの二階に部屋を借り、尻尾が出ないかと待った。ひたすら待った。そして、時効直前に、澄江に十億円の強奪計画書を偶然預かった。やった、一網打尽だ、と喜んだのもつかの間、澄江さんは心筋梗塞で突然死。あななたちの居所はわからないまま、時効は過ぎてしまった。俺の捜査は台無しだ。ぶっ殺してやる。俺の人生を滅茶苦茶にしたあんたたちを、ぶっ殺してやる。死ね!

 山彦は、四人に向かって拳銃を発射する。

 四人は倒れる。

 弘子の悲鳴――。

 一瞬の間――。

 四人はむっくり起き上がる。

 自分が死んでいないことを確認する。

山彦 玩具です。――あなたたちを一人残らず、こんな風に始末できたら、どんなにか楽しいだろうと、夢を見ていました。……でも、もう、いいんです。私は最近になって、派出所勤務で本当に良かったなあ、って思うんです。鶴見には、まだ下町の風情も残っているし、住む人のあったかみもある。犯罪といっても、空き巣ぐらい。かわいいものです。仕事は、道を尋ねる人がたった一人でも、社会の役に立っているなあ、って実感できるし。キャリア組の同期は、殆ど警察官を辞めています。警察ってところは、警察学校で一期でも、下の人が自分より高いポストにつくと、辞めなくてはならないんです。上下関係は絶対で、かつての部下の命令を聞くことはできないんです。優秀な後輩が一人でもいて、二階級特進なんてことがあると、上にいる連中はみんな辞表を出さなくちゃならない。働きたくても、辞めなくちゃならないんです。――キャリア組は、巨悪をもみ消すのが仕事です。捕まえなくちゃならない悪は見逃して、捕まえなくていいような悪をしょっ引くんです。仕事を続けたところで、社会の役に立っているのか、害毒を流しているのかわからないような仕事ばかりなんですがね。でも、辞める時は寂しいものです。でも、私はこの年でもちゃんと働ける。派出所勤務が合っているんです。あの時、上司に楯突いて、良かったなあって思うんです。今日の話は、聞かなかったことにします。私は定年まで、一人も捕まえない警察官でいようと思うんです。それじゃあ。なんか、すうっとしたなあ。

 山彦は「治郎吉レディスのテーマ」をハミングしながら、出て行く。

 奥の方で、山彦の「馬鹿野郎!!!」という叫び――。

園世 あの人、ヤマビコさんだっけ?

浩平 ヤマヒコさんです。

恵 ヤマビコみたいな奴やな。何回も跳ね返って出てきよる。

京子 私たちは感慨にふけっている場合じゃないわ。

恵 そうや。決行の期日は迫ってきとる。

園世 ちょっと待って。(文書を見せる)よく読んで。犯行には、5人必要なのよ。だって、メンバーには澄江が入っているんだもの。

恵 あかん! でけへん! どういうことや!

京子 待って。

 京子は弘子を見る。

 園世、幸香も弘子に目をやる。

 やがて、恵も気づく。

恵 そうや。五人おるやないの。

京子 やろう。あんたも――。

弘子 わたし――。いやです。できません。

 弘子が困っているので――。

浩平 あなたがた何をいっているんですか。善良な市民を悪の道に巻き込むつもりですか。

園世 (弘子に)正直に言いなさい。本当は加わりたいのよね。

弘子 いやです。

京子 わかった。ポーカーで決めよう。私ら四人で一番博奕に弱いのが、園世。あんた、園世とポーカーをやって、勝てば加わらなくていいわ。でも、負けたら加わる。澄江の前で勝負するのよ。どう?

恵 やるの? やらないの?

浩平 弘子。そんな勝負受けなくていいんだ。無視無視。

弘子 わかった。やるわ。

浩平 弘子。なんてこというんだ。

弘子 なんか面白そうじゃない。私、急に、自分の運を天に任せてみたくなったの。

園世 (京子に)こんな大事な勝負を私に任せていいの?

恵 ドーンといったらいいのよ。天の神様のいう通りやわ。

 親決めは、弘子の勝ち――。

 弘子がシャッフル。園世がカット。

 カードがディールされて。

園世 ワン。プリーズ。

 一枚交換。弘子も一枚チェンジ。

恵 (京子に)一枚同士。大勝負やね。

京子 うん。引くに引けない勝負だからね。

 幸香が手をいう。

 園世の手。クラブの2、3、4、5――。

 弘子の手。ハートの2、3、4、5――。

恵 両方ともストレート狙いか。最後のカードが両方とも6なら、弘子の勝ち――。

 園世がもう一枚をさらす。

幸香 ダイヤの3。ストレートは崩れた。3のワンペア。

恵 あかん。どういうこっちゃ。もうおしまいや。やっぱり、園世では荷が重すぎたわ。(京子に)あんたが、太っ腹過ぎるんや。

京子 そうかもね。

 弘子がもう一枚をめくる。

幸香 ダイヤの2。こっちもストレートは崩れた。ワンペア。

恵 それも2のワンペア。勝ちや。園世の勝ちや。

浩平 弘子!

弘子 私、やります。

京子 ようし、決まった。

浩平 そんなこと俺が許さない。警察に届けますよ。いいんですね。

弘子 浩平。あんた、実の姉さんの、最後の願いを実現させてやろうという思いやりはないの?

浩平 だって。

弘子 だってじゃないの。私、やる。

浩平 お前だって、こういうつましい生活が人間の幸せなのかなっていってたじゃないか。

弘子 今そうじゃないってことに気付いたの。少なくとも、私は。私、これならできるって気がする。ねえ、いいよね。

京子 (弘子の胸倉を掴む)あんた!

幸香 京子、どうしたん?

京子 あんた、男がわかっていない。全然、わかっていない!

弘子 そうですか?

京子 男説得する時、そういう生易しい態度とる女、私が許さん。男にゴルフの会員権二〇年売り続けた私が、男の説得の仕方教えてやる。ちゃんと性根を据えて聞きなさい。狙った獲物は必ず落とせ。

弘子 はい……。

京子 あんた、浩平好き?

弘子 ……はい。

京子 気合が足りなーい。あんた、浩平好き?

弘子 ダーイ好き。

京子 包容力のある男、好き?

 弘子は何かに気付く。

弘子 ダーイ好き!

 弘子は浩平に思いっきり抱きついて、まるで浜辺のカップルのように濃い抱擁が始まる。

弘子 ねえ、浩平。ダーイ好き。ねえ、浩平、私の一生でたった一度のお願いきいてくれるよね。私のために。ねえ。浩平、いやっていえない。だって、私、浩平のことダーイ好きだから。私とゆっくりハ・ナ・シ・ア・イ。ねえん。

 弘子は浩平を奥の部屋に連れこむ。

恵 (京子に)さっきまであんな大胆な娘、ちゃうで。

京子 人生の目標を持った女は強いのよ。

園世 私たちもさっきまでの弘子さんみたいなときあったわ。

幸香 そうそう。私たち最初に知り合ったところは、中山競馬場のオケラ街道だった。

京子 競馬でオケラになっちゃって、帰りの切符を買うお金も底をついて、どうやって帰ろうか、って困っていた。

恵 道端に1000円札が落ちているの見つけて、拾おうかって、手を伸ばしたら、一枚の1000円札に4本の手が伸びてきた。

園世 それが私たちの出会いだった。

京子 折角博奕好きが集まったんだから、もっとでかい博奕をやろうよって話になって。

恵 治郎吉レディスの結成や。

幸香 きっと、弘子ちゃん、あの時の私たちのように、太陽でも捕まえたような気分なのよ。

京子 そう、そうだわ。忘れていたわ。太陽でも捕まえたような気分――。

 弘子が駆け込んでくる。

弘子 ビッグ・ニュース! 浩平が思いっきりやれって。

幸香 そうこなくちゃ。

 みんな喜ぶ。

 浩平はむきになった感じで出てくる。

浩平 いやだ。俺は許さないぞ。弘子、止めるんだ。

一同 ……?

弘子 浩平! 目を醒ませ!(肘鉄)男に二言はない。

 浩平はメロメロになってしまう。

浩平 何がなんだかわからないうちに、承知してしまいました。不束者ですが、よろしくお願いします。

京子 弘子さん、あんた、いま女として大切なものを手に入れたのよ。

弘子 女として大切なもの?

恵 そう。うちら、みんな、バブルに踊っているうちになくしてもうたもんや。

京子 自信――。

弘子 自信か――。

恵 (遺影を見ながら)澄江だけや。澄江だけが、自分に自信を失うことなく生きていたんや。うちらもやるで。

 弘子と浩平部屋の隅に行って――。

弘子 よく納得してくれたわね。

浩平 お前、さっきのポーカー、わざと負けたろう?

弘子 ……。

浩平 お前、本当は始めからストレートができていた。それを崩して、2のワンペアに手を落とした。

弘子 知ってたの?

浩平 ああ。

 二人を四人で囲んで――。

 ♪

  今夜街に出よう 宝島に向かって

  夕日が沈む 夜が来る 

  この日この時 波打つ鼓動

  気持ち高まる一瞬 ワンチャンス!

  治郎吉レディス 怪盗一味

  悪い奴らをとっちめろ レディ ゴー!

                                    暗転

 十日後――。

 以下は、シルエット――。

 車が走る。

 車の前で、女が転ぶ。痛そう。

 運転手が出てくる。

 もう一人の女が、運転手に近づく。色仕掛けで運転手を引き止める。

 二人が、後部座席から入ろうとする。後ろにはもう一台、車が近づく。

 隣の車線で、急ブレーキの音――。

 「ガッシャーン」という衝突の音――。

「事故だ」「119番を」「人を呼べ」などという声があがる。

 五人は慌てて、逃げ惑う。あっちこっち走り回る。

 やがて、パトカーのサイレンが聞こえる。

                                    暗転

 暗転の中ニュースが流れる。

「昨夜11時ごろ、国道一号線大森付近で、交通事故が発生ました。玉突きの三重衝突。。原因は運転者の前方不注意。事故を起こしたのは、東京医師会所属の医師、下柳健太郎さん。助手席に乗っていた、女性が軽い怪我をした模様ようです。……」

 澄江の部屋。

 暗闇の中――。

京子 みんないる? 点呼取るわよ。恵。

恵 いる。

京子 園世。

園世 いるよ。

京子 幸香。

幸香 いる。

京子 弘子。

 反応がない。

京子 弘子。弘子。

 灯りが付くと、四人はねずみ小僧のようなほっかむりをしている。

京子 弘子……。ひょっとして。

幸香 京子――。そんなこと――。

京子 弘子が車から出てきたところ、誰か見た。

 顔を見合わせる。

幸香 弘子!(泣き出す)

京子 あんたが泣いてどうするの!

 一同はしんみりする。

恵 交通事故は予想外やった。

京子 計画は完璧だったのに。

園世 なんで対抗車線で交通事故が起こるのよ。

恵 自分が逃げるだけで精一杯やった……。

幸香 弘子、連れ去られたのよ。

恵 助けに行こう。うちどうなってもいい。

京子 何いっているの。無駄よ。どこにいるかもわからないのよ。

恵 でも、じっとしていられんわ。

幸香 どうすればいいのよ!

京子 治郎吉レディスは、今日を限りで解散よ。もう、私たちは若くはなかったてことよ。

 間――。

弘子 ごめん! 遅くなっちゃった!

 弘子はあっけらかんと出てくる。

京子 あんた、どこに行っていたのよ。

弘子 私、運転手に追われちゃってさあ。遠回りして、相手を捲いて逃げてきたら、こんな時間になっちゃって。

京子 よかった。

恵 なんだか、ほっとした。

園世 そうね。

京子 揃ってみると、これだけ頑張って成果なしってのが、悔しいわね。

幸香 無事に帰ってきただけでも、良しとしなきゃ。

 幸香が京子の背中をポンをと叩く。

 京子は、叩かれてよろける。ガーターはさんでいた、100万円の札束が裾からポトリと落ちる。

弘子 あら。

恵 抜け目ない。

園世 ちゃんと持ってきてるんだもの。

京子 転んでもただでは起きないところが、治郎吉レディスのいいところよ。

 京子が恵のお腹をポンと叩く。

 同じく札束が落ちてくる。

幸香 あら、メグも。本当がめついんだから。

 幸香の鞄から、恵が札束を抜き取る。

幸香 あら、私としたことが。一体、どうなっているのかしらね。

 京子は、園世と弘子の背中を叩く。

 裾からやはり、落ちてくる。

園世 いやや。

弘子 ばれたか。

京子 戦果を澄江に見せてあげよう。

弘子 うん。

 弘子は、戦果を霊前に供える。

 ほかの四人も供える。

弘子 お姉ちゃん、やったぜ。

京子 治郎吉レディスは、今日序章が始まったばかり。

幸香 京子、さっき解散っていわなかった?

京子 あれは言葉の綾というものよ。

幸香 どういう綾なのよ。

京子 覚えている? 対抗車線で事故起こした男――。

恵 女残して、自分だけ逃げようとしたな。

京子 訳ありだな。きっと。

恵 間違いない。あの女と一緒に車に乗っとったということがばれたら、困るちゅう態度やった。

幸香 思い出した。あれは、東京医師会で次期会長の呼び声が高い下柳健太郎という男よ。会長選を巡って、対立候補と、実弾飛ばしあって、スキャンダル暴き合っているって。

京子 あららら。また、いけない犯罪の匂いが。

園世 次なる目標が生まれたようやね。

恵 ほんなら、本格的に治郎吉レディス・セカンドの結成式ということで――。

京子 やってやろうじゃないの!

 ♪

  子供の頃毎日が楽しくて仕方がなかった

  昨日のことを悔やまない

  明日のことを悩まない

  そう、生きているってことがいっとう楽しい

  あなたがいて わたしがいて 太陽があるから

  人生は楽しき集い Life goes to a party

  まぶたをこうやって閉じれば思い出がよぎる

  上り坂をがむしゃらに上った

  下り坂で悲しみに震えた

  でも、歩いてるってことがいっとう幸せ

  上って下って笑って泣いて膝すりむいて

  人生は楽しき集い Life goes to a party

  あなたがいて わたしがいて 太陽があるから

  人生は楽しき集い Life goes to a party

人生は楽しき集い Life goes to a party

  人生は楽しき集い Life goes to a party

                                      了。