は死なない

                          作/さい ふうめい

登場人物

金城進(通称・ガルーダ)

金城希

普天間達男

宇座真一

バンタ

シーサー

ニシ

フェー

嘉手納重雄

ユタ

リリー

アーニー

ケイ

桃原(とうばる)勇

桃原伸子

桃原由香

北原源

羅臼

中江花世

外間

新崎

ミューラー中佐

ハワード中尉

フリッツ曹長

オスカー軍曹

エリック伍長

ライリー伍長

 一九四七年七月、沖縄――。

 サーチライトが大きな弧を描き、厳重なフェンスを浮かび上がらせる。

 フェンスにかかった看板から、その中は米軍基地であることが分かる。

 基地の中――。

 シルエット――。

 米兵に迫る日本人――。二人の正体は分からない。

 銃声――。

米兵「ウワッ!(倒れる)」

 駆け寄る二人の米兵。フリッツとオスカーである。

 少し遅れて、ハワード、エリック、ライリーがくる、

フリッツ サムエルソン。サムエルソン。サムエルソン。……

オスカー もう、死んでいます。

ハワード 犯人はまだ近くにいるはずだ。(エリック、ライリーに)捜せ。

エリック ハッ。

ライリー ハッ。

 サイレンが鳴り響く――。

基地の表――。フェンス近く――。

 サーチライトの動きを交わしながら、草むらを人の影が動く。

 米軍基地内部から、盗んだ物資をフェンスから運び出し、大八車に乗せているのである。

 メンバーは、ガルーダ、バンタ、シーサー、重雄、希、伸子、ユタ、フェー、ニシの九人。

 ハワード中尉、エリック伍長、ライリー伍長が慌しく駆け去る。

ガルーダ 今日は恐ろしく、警戒が厳しいな。

バンタ 基地の中で、何かあったな。

ガルーダ そっちの戦果は?

バンタ 機関銃が六丁に、銃弾が三ケース。手榴弾が二十と六発。そっちは――。

ガルーダ タバコ三百ケース。バーボン二十ケース。それにアテブリン五万錠。

バンタ アテブリン?

ガルーダ マラリアの特効薬だ。アジア中の奴らが喉から手が出るほど欲しがっている。高く売れるぞ。

バンタ さすが、アメ公だ。いいお宝を持っていやがる。

 サーチライトの灯が近づいてくる。

希 伏せて。

 一同は、散らばり草むらに身を潜める。

 そこに、米兵が見回りに来る。

 ハワード、エリック、ライリーの三人――。

ハワード 犯人は逃げ去った後のようだな。

エリック そのようです。

ライリー こんなものが落ちていました。(チップを見せる)

ハワード チップか――。

エリック しっ。何か動いた。

 銃を構える三人――。

 アギヤー達は、息を潜める。

 バンタはくしゃみをしようとするが、ユタとニシが必死で口を押さえる。

リリー (声だけ)ハロー。

ハワード 誰だ。

リリー (出てきて)こんな夜更けに、こんな寂しい場所で何しているの?

ライリー それはこっちがいう台詞だ。

 アーニーとケイが出てくる。

アーニー 夜の女が夜道を歩くのは当然でしょ。

ケイ 沖縄一の美人がここにいるんだから。

リリー (ハワードの股間を手で押さえ)溜まっているんじゃないの? 女が欲しいんじゃないの?

ハワード (一目惚れをしている)欲しい。とりわけ、君が。……夢のようだ。

リリー 夢は叶えるためにあるのよ。

ハワード 俺もそう思う。

リリー じゃあ、もう少し、暗いところに行かない?

ハワード 行く。是非、行きたい。

アーニー (エリックに)貴方は、私がお似合いよね。

エリック 幾らだ?

アーニー 幾ら?

エリック 俺、一週間の小遣い、50ドルまでと決めているんだ。

アーニー お金なんかいいのよ。私は貴方の愛が欲しいの。

エリック 只か――。行く。

ライリー ハワード中尉、エリック伍長、勤務中ですよ。

エリック 堅いこというな。只なんだぞ。

ライリー でも。

ケイ (ライリーに)あなた、美人はお好き。(有無を言わせない迫力)

ライリー 待て。俺はそういう関係を望まない。

ハワード ライリー伍長、命令だ。その女を抱け。

ライリー 命令って。

ハワード 上官の命令は絶対だ。

ライリー (ハワードに睨まれて)ライリー伍長、ただ今から、この日本婦人を愛します。(敬礼)

 三組のアベックは、闇の中に消えていく。

バンタ 体当たり作戦成功だ。

ガルーダ よし、撤収だ――。

 沖縄民謡を歌いながら、大八車を引いて去る。

宇座の声でナレーション「第二次世界大戦直後の沖縄――。米軍基地から盗んだ物資を、アジア各地と密貿易をして売りさばく一団がいた。悲劇の島・沖縄の戦後をたくましく生きる男たち、女たち。彼らは『戦果アギヤー』と呼ばれた」

                                暗転

 翌日、昼――。

 酒場「うりずん」。

 オーナーはガルーダ。厨房担当は希。ここでは、飲み食いばかりではなく、カード博奕も行われる。二階には、パンパン宿「アカバナー」が併設されている。

呑む、打つ、買う、と三拍子そろった店。

 それだけではない。米軍基地から盗んだ物資を、アジア各地から集まってくるバイヤー達に売りさばく「市場」でもある。もちろん、商売が成立すると、客は、結局、呑んで、打って、買うという流れになる。

 中国共産党の、鄭と宋が武器を買いに来ている。

 応対をしているのは、ガルーダ、宇座、バンタ、シーサー、重雄、希、伸子、ユタ、フェー、ニシ。

シーサーと重雄は韓国人バイヤーの振りをしている。

ガルーダ さあ、買うのか、買わないのか、はっきりしろ。

鄭 しかし……。

宋 高い。

 二人は、鞄の中を見ながら、思案している。

バンタ 最新式の機関銃が六丁に銃弾が三ケース。手榴弾が二十六発。それにアテブリン五万錠で一二〇〇ドルなんて、夢のような値段だろうが。夢のまた夢だぜ。

宇座 これがあれば、国民党をやっつけて、中国革命が達成できるかもしれないんですよ。毛沢東先生のためです。

バンタ 中国共産党万歳だよ。なあ。

シーサー だったら、我々大韓民国の者が一二〇〇ドルで買いましょう。

重雄 金日成が、いつ三八度線を越えて攻め込まないとも限らない。わが国も、武器が幾らあっても多すぎるということはない。

シーサー では。(鞄から金を出そうとする)

ガルーダ いいのかい? 韓国に持っていかれちまうよ。

バンタ 毛沢東先生は悲しむよな。

鄭 では、一二五〇ドル。

宋 (心配そうに)ちょっと――。

鄭 仕方がない。韓国に持っていかれるよりはましだ。

宋 駄目だ、高すぎる。

ガルーダ いやあ、他で買ったら三〇〇〇ドルは下らないぜ。なあ。

宇座 我々の武器は流通コストが省かれている分、安くなっているのです。工場直売のようなものです。

シーサー 一三〇〇ドル。

重雄 こっちは一三〇〇ドル出そう。

鄭 ええい。一五〇〇だ。

宋 そんな。やめよう。

鄭 もう、矢でも鉄砲でも持って来い。買うぞ。一五〇〇だ。文句かあるか。(韓国人を睨み付ける)

シーサー (重雄に)どうする。

重雄 (首を横に振る)。

 シーサーと重雄はがっくりする。

鄭 やった。俺たちが競り落としたぞ。毛沢東万歳! ほら、さっさと払う。

 宋は鞄を全部渡す。

ガルーダ (中身をチラと見て)確かに。(希に渡す)ちゃんと調べてくれ。

バンタ じゃあ、まいど。(韓国人に)残念だったね。また、おいで。

シーサー チッ!

 シーサーと重雄は不貞腐れて、椅子に座る。

 鄭と宋は、「社会主義万歳」を歌いながら、大八車を引いて去る。

シーサー (希に)どうだった?

希 ちゃんとある。

重雄 やった。(シーサーと手を取り合って)大勝利。

シーサー 俺の韓国人、堂に入ってただろう? ねえ、ねえ。

ガルーダ 俺の踏んだ通りだ。一五〇〇は握っていたはずだ。

バンタ なんちゅうか、力を合わせるっていうのは気持ちがいいね。

宇座 只のものを売って、人助けした挙句に、全部儲けだもの。

伸子 坊主丸儲けっていうけど、私、アギヤー始めて、やっと坊主の気持ちが分かるようになったわ。

バンタ 悟っちゃったわけね。

シーサー 酒だ、酒だ。呑むぞ。

ガルーダ 希、シマー持って来い。

希 よしきた。泡盛一丁――。

普天間 (声だけ聞こえる)ちょっと待った。

 普天間が出てくる。白いスーツに麻の帽子。サングラスをかけている。

普天間 お前ら、少しあこぎ過ぎやしないか。売ったものは盗品だろうが。(シーサーたちを指差し)そこの二人。韓国人が何の抵抗もなく泡盛を呑むか。誰が見ているか分からないんだぞ。

シーサー 何だと!

普天間 ほら、図星だ。

重雄 手前!(普天間に殴りかかる)

普天間 (避けて、重雄を後ろ手に絞り上げる)手前ら、儲けすぎだ。

ガルーダ 何だと。

バンタ やっちまえ。(といいつつ、普天間の前から逃げ、シーサーを押し出し)やっちまえ。

普天間 お前ら、二人羽織か――。

シーサー 表に出やがれ。(沖縄空手の型を見せ、威嚇する)

普天間 ようし、もんでやる。

希 シーサー、やっつけて。

普天間 シーサー?

シーサー 俺はウチナーの守り神だ。

バンタ お前も運が悪いな。シーサーは琉球空手の達人だ。

 シーサーと普天間の勝負が始まる。

 アカバナーの三人、リリー、アーニー、ケイが出てくる。遠巻きに見ている。

ガルーダ 待て!(普天間に)お前、何故俺たちの商売に因縁をつける。一文にもならんだろうが。

普天間 あの中国人たちは、人民のために戦っているんだ。貧しい人を飢えから救うために、命を賭けて闘っている。立派な人からぼったくって、悪いとは思わないのか。

ガルーダ 思うかよ。あれだけの武器と薬だ。まともに買ったら、三〇〇〇ドルは下らない。それを一五〇〇ドルで売ってやったんだ。いい品を安く売って、何が悪い。

伸子 そうよ、私ら、誉められることやっているんだ。やましいことなんか、耳掻き一杯ほどもありゃしない。

 普天間が気を取られているうちに、ガルーダが後ろ手に絞り上げる。

普天間 ウッ!

ガルーダ その黒眼鏡、気にいらねえな。

 ガルーダは、普天間のサングラスを外す。

ガルーダ (気付き)お前――。

普天間 久し振りだな、金城さん。

ガルーダ お前、普天間!

希 タッツー。タッツーじゃない。

バンタ (希に)知っているのか?

希 この人は普天間達男。幼馴染よ。家がはす向かいにあったの。

ガルーダ 手前、どういうことだ。俺たちの凌ぎに難癖付けやがって。

普天間 洒落だ、洒落。あんまり久し振りで、普通の挨拶じゃ照れちまう。希か。お前痩せたな。兄(あん)ちゃんに、まともなもの食わせて貰ってないんだろう。

ガルーダ よく戦争生き延びたな。まあ、呑め。(泡盛を茶碗に注ぐ)お前、戦地はどこに行ってたんだ。

普天間 南支戦線だ。中国の南の方――。金城さんは?

ガルーダ 俺はジャワだ。赤道直下のインドネシア。鉄板焼いたみたいに暑いとこだぞ。お前いつ戻った。

普天間 今日だ。今朝の船で帰ってきた。

宇座 終戦から二年――。今まで何やっていたんだ。抑留か?

普天間 中国人民による正義の戦いに力を貸していたのさ。

バンタ 何だと! そういう喋り方する奴見ると、俺虫唾が走るんだ。

普天間 ウチナーの労働者諸君。中国人民は既に立ち上がっている。人民の共産軍は国民党を倒し、中国はやがて社会主義の国家となる。社会主義では人民は平等だ。金がなくて医者にも見せられずに死んでいくものもいなくなる。今、ウチナーは日本からも見捨てられ、アメリカの植民地だ。こんな不幸はない。だが、幸運もある。中国から一番近い島だってことだ。我々は中国と手を結ぶんだ。そして、アメリカをここウチナーから追っ払う。米軍基地がなくなれば、ウチナーの民衆は自由だ。かつて、この島がそうであったようにな。どうだ、金城さん。手を結ぼう。

ガルーダ お前いつから、そんなに馬鹿になったんだ。俺は、主義は嫌いだ。主義で飯が食えるか。第一、俺たちは国家主義って奴に騙されて、兵隊にとられちまった。戦地で死ぬとこだったんだぞ。

普天間 国家主義と社会主義は違う。

ガルーダ 同じだよ。両方とも主義じゃねえか。国家主義。社会主義。なあ。

宇座 ガルーダ。そりゃ、やっぱり違うよ。

ガルーダ そうかい。どっちも味噌汁の種にならないってことじゃ、同じだろ。食えねえ。

普天間 待った。難しく考えることはないんだ。金城さんは、今までと同じことをしてくれればいいんだ。武器を盗んで中国に売る。それだけだ。それで、アメリカを追っ払うことになるんだ。

バンタ 俺たち面白いからやっているだけで、アメリカを追っ払おうなんてなあ――。

宇座 いや、待て。国民党をテーゼ。共産党をアンチ・テーゼと置くと、俺たち戦果アギヤーはジン・テーゼと考えることもできるな。これを弁証法という。つまり、我々は歴史的に意義を持つ存在ということになるんだ。

バンタ 余計分からない。

宇座 だったら聞くな。

バンタ 俺たちがわからないと思って、でまかせいってないか?

宇座 いってる。

バンタ 何!

普天間 なあ、金城さん、やろう。一緒にアメ公を追っ払おう。

ガルーダ 俺は面倒くさいことは嫌いだ。第一柄じゃない。いいか。世の中は、面白いか、面白くないか、の二つに一つだ。 俺は兵隊が面白くないから戦争が嫌いだ。盗むのが面白いから、戦果アギヤーが好きだ。理屈はない。俺とお前はガキの頃からのダチだ。十年ぶりに会って、嬉しい。今日は呑もう。(一同に)さあ、祭りだ。

ニシ よしきた。

フェー 行くよ。

リリー エイサーの日も近づいたし。

アーニー 景気良く行こう。

ケイ 任せて。

 ニシの三味線、フェーの太鼓に合わせて、リリー、アーニー、ケイ、希、伸子、ユタが踊り始める。

バンタ さあ、ガルーダ。ぐいっと行こうぜ。(酒を注ぐ)

普天間 金城さん、なんであんたガルーダなんて呼ばれているんだ。

ガルーダ それはな――。

 踊りが盛り上がると、突然、銃声が聞こえる。

 ミューラー中佐、ハワード中尉、フリッツ曹長、オスカー軍曹、エリック伍長、ライリー伍長が出てくる。

ガルーダ いきなりご挨拶じゃねえか。何の真似だ。

フリッツ 何の真似だと! 手前らは、皆殺しにされたって文句はいえないんだ。

バンタ 善良な市民に向かって皆殺しだと!

オスカー (銃を向け)シラを切るのもいい加減にしろ。

ミューラー お前たちが戦果アギヤーであることは分かっている。捜せ。

五人の米兵 はっ。

 五人は、店内を引っかき回し、捜し始める。

 女達は「止めなさいよ」「何にも出てこないわよ」「触らないでよ」など、アドリブ。

ガルーダ 店の中ひっくり返したって何にも出てこないぜ。俺たちはやましいことなんか、一つもやってねえんだ。

フリッツ 盗まれたものは出てきません。

ミューラー そうか。

ガルーダ やけに厳しいじゃねえか。

ミューラー (ガルーダに)今日はただの盗賊探しではない。貴様がボスだな。私はミューラー中佐。沖縄の治安を預かる責任者だ。私の部隊にいるサムエルソンという兵士が昨夜、基地の中で殺された。

ガルーダ 殺し? 無駄足だったな。ここには殺しをやる奴はいない。

ライリー ミューラー中佐。これが。(ミューラーにチップを数十枚見せる)

ミューラー この店でカード賭博に使っているチップはこれか。

バンタ ああ。そうだ。

ミューラー (チップを示し)これは昨夜、サムエルソン殺しの犯人が基地付近に落としていったものだ。

ガルーダ そんなチップはどこにだってあるだろう。

ミューラー (二つのチップを見せ)両方とも鷲のスタンプがある。同じものだ。犯人はこの中にいる。

ガルーダ アギヤーをでっちあげるための言いがかりじゃないのか。

フリッツ 違う。

ミューラー 犯人を出せ。

宇座 そんなこといっても、犯人なんか知らないぞ。

ガルーダ いやだといったら?

ミューラー お前たちは皆殺しだ。

宇座 法治国家で、無法は許されない。これ以上、沖縄人の反米感情を掻き立てる気か。民衆は基地撤去を求めて立ち上がるぞ。

ミューラー そんなものは力で封じ込めてやる。

ガルーダ やって見やがれ。

ミューラー なめるな。お前達は無条件降伏をしたんだ。敗戦国民はおとなしくするものだ。

バンタ 何だと! 手前!

 殴りかかろうとするバンタを、男たちが止める。

ミューラー 繰り返す。犯人を出せ。(カードを一枚引く)七だ。猶予を七日間やろう。従わなければ、お前達は皆殺しだ。以上。

 ミューラーたちは去る。

伸子 あいつらアギヤーを潰す気だ。

バンタ どうするんだよ。犯人を差し出せって言ってもなあ……。俺たちはアギヤーはやっても、殺しはなあ――。

 一同の視線は普天間に集中する。

バンタ (一同に)だろ? だろ?

ガルーダ お前ら、普天間を疑っているのか。こいつは今朝の船で着いたって、いったはずだ。ミューラーの部下が殺されたのは、昨晩だ。

シーサー でも、嘘付いていないとは限らないぜ。

リリー 私はこういう男は、嘘つくと思うのよね。

ケイ 他に誰がいるの? この男以外はみんな仲間よ。

バンタ ここは、この人(普天間)に人身御供になってなって貰おう。それで全て丸く収まるんだから。

は死なない  幕前十一ページ

 

 うりずん前の広場――。

 バンタとシーサーが琉球空手の組み打ちをやっている。

 シーサーが何番かとる。が、バンタも負けてはいない。打たれても打たれても、「もう一丁。もう一丁」とシーサーに襲い掛かる。

 が、遂に力尽きて、倒れる。

バンタ くそう。(悔し泣きをしている)

シーサー バンタ。泣くな。お前は十分強くなった。

バンタ 駄目なんだよ。こんなのじゃ。明日の大一番で役に立てなかったら、何の意味もないんだ。

シーサー いや、お前はもう琉球空手の真髄に達している。こいつ(拳を示す)は徳川時代に生まれたんだ。薩摩藩はウチナーが謀反を企てないようにと刀を奪った。だったら素手で戦うまでだ、とウチナンチュウが編み出したのが琉球空手だ。琉球空手は他の武道とは魂が違う。お前は、毎夜毎夜よく頑張ったぜ。お前の頑張りこそが、琉球空手の魂なんだ。

バンタ 本当か――。 口九丁のバンタは、口だけじぇねえって、見せつけてやるんだ。

シーサー そうだ。

バンタ カーッ! (中天に一発突きをくれてやる)

                             暗転

 米軍基地近くの空き地――。

 ガルーダが立っている。

 物陰に、宇座と伸子が控えている。

 ミューラーが歩いてくる。

ミューラー 早かったな。

ガルーダ 何しろ俺の足は最新式だからな。

ミューラー こんな夜更けに何の用だ。

ガルーダ 取引をしないか。金の用意がある。

ミューラー 幾らだ。

ガルーダ (鞄を見せ)二千ドル。全財産だ。

ミューラー 随分しおらしいな。だが、サムエルソン殺害の犯人を出す以外に、お前たちが生きる術はない。

ガルーダ お前、沖縄民生符の中江花世って役人を狙っているそうじゃないか。俺が仲を取り持ってもいいぜ。

ミューラー ……。

ガルーダ 戦場で随分手柄を立てたお前のことだ。薬も酒もやらないんじゃ、女に狂うわな。上層部にばらそうか。

ミューラー それが取引か――。笑わせるな。お前はどこまで馬鹿だ。アメリカ陸軍が、泥棒の戯言に一々構うと思うのか。

ガルーダ だが、馬鹿もいるんだ。アギヤーと米軍は持ちつ持たれつの関係だからな。

ミューラー 何だと! そんな馬鹿は、俺が放逐してやる。俺が司令官になるのは、時間の問題だ。お前らを殲滅し、沖縄政策の全面転換を図る。植民地統治は結果が全てだ。GHQは、何度も、植民地統治に失敗してきた。俺のやり方しか、ないことに気付くはずだ。

ガルーダ 司令部の判断とは、異なる作戦だな。軍人が上官に従わなくてもいいのか。

ミューラー 構わん。お前のいう通り、薄ら馬鹿はアメリカ陸軍の上層部にもたくさんいる。そいつらを一掃するために、今回の作戦はある。作戦が終われば俺が司令官だ。全て俺の部下になる。

ガルーダ 薄ら馬鹿はお前だろうが。

ミューラー お前との話は時間の無駄だ。帰るぞ。(振り返り)風呂に入ったらどうだ。虱がたかっているぞ。

ガルーダ いやなこった。

ミューラー 風呂か嫌いか。土人はどこの国でもそうだ。

ガルーダ 風呂がきらいなんじゃない。俺は命令されるがきらいなんだ。

ミューラー よくそれで戦争を生きのびたものだ。貴様、ジャワ戦線では、我が軍に神鷲と呼ばれていたそうだな。神鷲・ガルーダ。何度も死んでいなくてはならない局面があったのに死なない、と。残念ながら、その元気も明日までだ。

 ミューラーは去る。

ガルーダ 宇座。宇座。どうだ、とれたか?

宇座 大丈夫。ばっちりだ。

 宇座はカバンの中にある機械のスイッチを入れる。

 テープに録音されたミューラーの声が流れる。「お前のいう通り、薄ら馬鹿はアメリカ陸軍の上層部にもたくさんいる。そいつらを一掃するために、今回の作戦がある」

伸子 何これ!

宇座 音声録音機というんだ。この黒いテープの中に、レコードと同じように声が録音できるんだ。

伸子 宇座――。声を盗んだのね。

宇座 アギヤーだからな。(ガッツポーズ)

ガルーダ これでミューラーを揺さぶってやる。

 フリッツとオスカーが歩いてくる。

 三人は身を隠す。

オスカー ミューラー中佐は本当にやる気なんだろうか。

フリッツ やるさ。それがミューラー流だ。

 二人は歩き去る。

宇座 このテープ、俺たちが持っているのはやばいな。

伸子 私が預かっていようか。

ガルーダ それが一番安全か。

 三人は去る。

 遠くから、ミューラーが見ていた。

 米兵二人が戻ってくる。

オスカー フリッツ曹長。例の薬、まだありますか?

フリッツ ああ。兵隊の必需品だからな。

 二人は腰掛けて、注射を始める。

フリッツ 明日の朝は、二倍の量を打つんだ。そうすれば女だって子供だって殺せる。怖いことは何もない。

オスカー はい。(泣きながら震えている)

                                暗転

 翌朝――。

 ウリズン。

 ガルーダ、普天間、バンタ、シーサー、希、伸子、ユタ、北原、羅臼がいる。一様に表情が硬い。

 勇は、少し離れて見ている。

 ミューラー、ハワード、フリッツ、オスカー、エリック、ライリーがやってくる。

ミューラー 犯人を出して貰おうか――。

ガルーダ 残念ながら、犯人はここにはいない。他を当たってくれ。

ミューラー いい度胸だな。

ガルーダ お前、昨日俺にいったこと。司令部批判だがなあ、全部録音させて貰ったぜ。上層部に流れると、お前左遷だな。

 ミューラーの部下がひるむ。

伸子 ガルーダ。私たちの勝ちだ。

 一同、「やった」「帰れ」と大喜び。

ミューラー そのテープとやらを聞かせてもらおうか。

 ガルーダが手を挙げる。

 部屋の奥から、「東京ブギ」が聞こえてくる。

 宇座が真っ青な顔を見せる。首を振る。

ガルーダ ……。

ミューラー お前がいう録音というのは、このテープのことか。(テープを出す)あの女の家から、盗ませて貰った。アギヤーがものを盗まれるようでは終わりだな。

 ガルーダの視線が、伸子に向く。

 伸子はワッと泣き崩れる。

 勇は伸子に走り寄る。

ミューラー 約束だ。(手を挙げ、部下たちに構えるよう指示)

普天間 待て。

 間――。

普天間 ――俺だ。俺がサムエルソン殺しの犯人だ。

希 嘘よ。

ミューラー お前が犯人だという証拠はあるのか。

普天間 (銃を出し)これが使った銃だ。(ミューラーに渡す)

 ミューラーは銃をハワードに見せる。

 ハワードは頷く。

希 どうして! どうして!(泣き崩れる)

普天間 サムエルソンは、俺の妹にアメリカ行きのビザを出してやると持ちかけ、弄んだ挙句にいらなくなると今度は玩具を捨てるように殺した。許せなかった。妹はいまわの際にエイサーで踊りたい、といった。(希に腕輪を渡す)妹の分まで踊ってくれ。エイサーの夜までは、妹のためにも何とか生きていたいと思った。サムエルソン殺しを言い出せなかった。すまない。

ガルーダ ……。

伸子 ……。(泣いている)

希 タッツー!

 サムエルソンが、希に銃を向ける。

 ガルーダは、希の前に立つ。

ガルーダ 犯人は出した。約束は守ったぞ。

ミューラー 連行しろ。

 エリックとライリーで普天間を銃で威嚇しながら、連行する。

 ガルーダは、頭を抱え、卓に伏す。

 やがて、カードをシャッフルする。

 希は動けない。

 無言――。

                                 暗転

 基地の中――。

 個室にミューラーと普天間が向き合っている。

 エリック、ライリーが控えている。

ミューラー 社会主義者だそうだな。

普天間 社会主義――。最初からそんなつもりはなかった。手前らが憎くて、手前らを倒したくて、そんな風にいっただけだ。

ミューラー 人騒がせな奴だな。――まったく余計なことをするやつだ。

普天間 俺が名乗り出なければ、アギヤーを皆殺しにできたということか。何故、そんなにアギヤーを憎む。

ミューラー アギヤーではない。俺は日本人が嫌いなんだ。俺の弟は優秀な医者だった。弟の乗っていた、病院船を日本軍は襲い、弟を拷問にかけた。正義感の強い、気高い男だった。決して、屈しなかった。屈しない弟を、日本軍は拷問死させたのだ。弟はひれ伏さなくて殺された。俺はひれ伏さない日本人を殺してやる。

普天間 ガルーダはひれ伏さない――。

ミューラー ならば殺すまでだ。

普天間 俺もあんたも戦争という闇の中に生きている。だが、ガルーダは違う。殺し合いとは違う場所に生きている。……明るいなあ。何だか、すごく明っかるいぜ。

ミューラー 牢屋にぶち込め。処刑は夕方十七時だ。

二人 はっ。

                             暗転

 ウリズン――。

 ガルーダが浮かれたように踊っている。無理をしている顔――。

 傍に希がいる。

 ♪

 クトゥシミリクヌ ユガフドシサミ

 ミリクカナシヌ ウルイミソーチ

 クグクムスダニ ウタビミセタサ

 ヤドヌヤドウカジ チネヌチネカジ

 カジマタサンドーニッチャイ

ガルーダ 今夜はエイサーだ。楽しもうな。

希 兄ちゃん、タッツーを助けに行こう。

ガルーダ 無駄だ。死にに行くだけだ。

希 私一人で行く。

 希が出て行こうとすると、勇と由香が大八車を引いて出てくる。

 大八車には白い布がかけてある。

勇 女房は――、伸子は――、普天間を引き渡すよう、基地に抗議に行って――。

ガルーダ ……。

希 どうして。どうして、こうなるの! あんまりだよ。

勇 俺は伸子と一緒にウチナーを出る。あの時、縄で縛ってでも、連れて帰ればこんなことにはならなかったんだ。伸子を殺したのはお前だ。

 勇は大八車を引く。

 由香は付いていく。

由香 父ちゃん。私ウチナーに残る。母ちゃんと一緒に。

勇 ……。

由香 ウチナーには、思い出したくないこともたくさんあるけど、忘れたくないことも、たくさんあるんだ。

 勇は無言で去る。

 ガルーダは、太鼓を叩き始める。

 力の限り叩く。

 出陣の陣太鼓のようにも聞こえる。

 アギヤー達は、一人また一人と店に戻ってくる。

 やがて全員が揃う。

                              暗転

 翌日、午後三時――。

米軍基地――。

 ミューラー以下米兵が普天間を連れてくる。

 花世、外間、新崎が立っている。

花世 ミューラー中佐、きちんと裁判をやるべきです。

ミューラー 俺が昨日済ませた。合法的な処刑だ。

花世 あなたにそんな権限があるんですか。

ミューラー 日本人が俺たちに逆らうことは許されない。忠誠の証にお前達の手でやれ。(銃を花世に渡す)

花世 (部下に目で、ミューラーに従いなさい、と合図)……。

 フリッツは外間に、オスカーは新崎に拳銃を渡す。

 外間と新崎が普天間をくくる。

花世たち三人は弾丸の装着を確認する。

三人で並んで処刑――。

 普天間は、撃たれて、後ろの穴に落ちる。

 ミューラーたちは、普天間の様子を確認する。

花世 これで、サムエルソン殺しは解決ね。

ミューラー いや、まだだ。普天間をかくまった奴も同罪だ。

花世 最初から、その積りだったのね。

ミューラー (部下たちに)次は奴らだ。戦果アギヤーを殲滅しろ!

 太鼓の音が聞こえてくる。

 ガルーダが立っている。エイサーの衣装である。

ガルーダ わざわざ来てもらう手間を省いたぜ。

ミューラー それは死に装束か。もう、これまでだ。(兵隊に)構えろ! 撃て!

 米兵が銃を構えると――。

ガルーダの後ろから、宇座、バンタ、シーサー、重雄、希、ユタ、ニシ、フェー、リリー、アーニー、ケイ、北原、羅臼、由香が出てくる。

みんなエイサーの衣装だ。

 ミューラーは処刑場から出てくる。

ガルーダ 俺たちはアギヤーだ。戦果アギヤーは、盗むのが仕事だ。

ミューラー 盗みだと? 今更何を盗む――。(高圧的)

ガルーダ 普天間だ。普天間達雄――。

 後ろには、普天間が立っている。エイサーの衣装だ。

 花世、外間、新崎も同じくエイサーの衣装。

花世 あなたのことだから、あんな風になると思って、空砲を用意していたの。

ミューラー ただで済むと思うなよ。

ガルーダ お前こそ、俺の女房に手を出そうとしやがって。ただで済むと思うなよ。花世は俺の女房だ。

花世 女は、惚れた男のためなら命だって賭けるんだ。覚えとけ!

ミューラー この! (ハワードに)撃て! こいつを殺すんだ! 構わん。皆殺しにしろ! (オスカーに)撃て。

 オスカーは震えている。

ミューラー 撃たなければお前を殺すぞ。

由香 お母ちゃんを殺したのはあんただ!(前に出る)

 ミューラーは由香の二の腕を撃つ。

 勇は、エイサーの衣装を着て出てき、由香を抱き起こす。

勇 由香。

由香 おとう、島を出たんじゃなかったの?

勇 俺はウチナーンチュだ。

ミューラー どいつもこいつも! (部下達に)撃て、撃つんだ。腰抜け! 撃て!

 が、部下達は動こうとしない。

バンタ 面白いじゃねえか。エイサーの夜が命日になるなんて、面白いじゃねえか。(何だかバンタが重々しい)一言多かったかい?

宇座 いや、多くない。

ガルーダ ――よし、踊るぞ。ウチナンチュウのエイサーだ。

 音楽「ミルクムナリ」がかかる。

ミューラー クソッ! 貸せ!(銃を取り上げ、アギヤーに銃口を向けるが、結局打てずに、空に向かって銃をぶっ放す。)

 ♪

 クトゥシミリクヌ ユガフドシサミ

 ミリクガナシヌ ウルイミソーチ

 クグクムスダニ ウタビミセタサ

 ヤドヌヤドウカジ チネヌチネカジ

 カジマタサンドーニッチャイ

 コトゥシ イニヌムイタチ

 スンチャーマンチャーマンマンマンサク

 ニーディキドウティ

 アリガウハチヤ ウサギティウヌクイ

 クラニチンチキ アサギニチンチキチン

 アマソーティトウ ワシタワカムヌ

 アマザキカラザキタリドゥテイ

 ヌデーアシブサ

クトゥシミリクヌ ユガフドシサミ

 ミリクカナシヌ ウルイミソーチ

 クドクムスダニ ウタビミセタサ

 ヤドヌヤドウカジ チネヌチネカジ

 カジマタサンドーニッチャイ

 エイサーの踊りは、いつまでも続く。

                               暗転

 米軍基地のフェンス近く――。

 ハワードとフリッツが、茫然自失している。

フリッツ (慄いた表情)何故、俺は何故、撃てなかった……。

ハワード ……目だ。奴らの目だ。奴ら、自分が死ぬなんて、これっぽっちも思っていなかった。

フリッツ 絶対に死なないってか……。

ハワード ……ああ。……信じてるんだよ。

フリッツ ……奴ら、何を信じているんだ。

ハワード ……さあ。

フリッツ ……寒い。(震えている)

                               暗転

 うりずんの店内――。

 大八車で、戦果を運んでくるアギヤーたち。

ガルーダ そっちの戦果はなんだ。

バンタ 機関銃が十二丁に、銃弾が六ケース。手榴弾が五十と二発。そっちは――。

ガルーダ タバコ六百ケース。バーボン四十ケース。それにアテブリン十万錠。

一同 やった!

 アギヤー達は、酒を呑んだり、博奕に興じたり――。

ガルーダ 奴らの呆気に取られた顔が眼に浮かぶな。

北原 全く! 堪えられない快感だ。(笑いが堪えきれない)

羅臼 北原さん、アギヤーになってよかったすね。

重雄 (ニシとフェーに)また、一から金貯めて、出直しだ。

フェー 必ずカーネギーホールに行くぞ。

ニシ 密航なんかやめて、飛行機で行こうぜ。

ユタ あんたたち、絶対成功するよ。

重雄 本当か。

ユタ (手を出し)私にくれる金次第。

リリー 重雄、私ら、一足先にアメリカに行くぜ。

アーニー そう。愛されて生きるの。

リリー ケイ、あんたあの男でいいの?

ケイ 尻に敷いて使うからいいの。絶対服従の夫よ。

アーニー リリー、あんたが惚れていないって、ハワードが気付いたらまずくない?

リリー 何言っているの、大丈夫。愛は巨大な勘違いよ。

ケイ 惚れてる癖に。

リリー 何よ。

希 タッツー、私たちどうすんのよ。

普天間 まずいな。生き残っちまったからな。

希 そういうこという男は、殺してやる。(首を絞める)

ガルーダ 普天間、結婚してもいいことなんかないぞ。

 花世が立っていた。

花世 あんた!

ガルーダ あっ……。

バンタ (宇座に)宇座。もういい加減、盗めよ。

宇座 俺は声を盗んだじゃないか。

バンタ 声盗んだっていっても、結局役に立ってないんだから、盗んだことにならないんだよ。(みんなに)だろ?

宇座 お前だって、琉球空手習ったって、役に立ってないじゃないか。

バンタ (シーサーに)お前ばらしたな。

シーサー お前の喋りがうつったんだよ。

宇座 (バンタに)結局、一言多いだけだもんな。

バンタ うるせえ。

ガルーダ よし、盛り上がったところで盗みに行くぜ。

バンタ 盗むって、今盗みにいったばかりじゃねえか。

ガルーダ 盗みたい時には、盗むのがウチナンチュウの魂だ。

 酒盛りが始まる。

宇座 (語り)戦果アギヤーは、この物語から五年後、米軍の統治体制の変化に伴い、一九五二年ごろに沖縄から、そして、歴史から消え去った。沖縄が日本に返還されたのはさらに二十年後の、一九七二年五月のことである。沖縄には、現在も三八の軍事施設があり、二万五千人の米兵が駐留している。――エイサーは今年も行なわれた。

                                 幕