彼方へ、流れの彼方へ   

さいふうめい

 登場人物

 柳川藩

藤蔵

総右衛門

総馬よね

沙知

村井主税

源右衛門

紙漉娘(三人)

みい

イネ

桃子

村人1、2

将太

シズ

ハル

 久留米藩

右近

しのぶ

左一郎

機織り娘

多江

久美

京子

村人3、4、5、6、7

女1壮介

源馬

八郎

女中・葉月

女2

 オープニング

 矢部川の河原を蛍が舞っている。やがて朝の光

M1 矢部の河

 

   希望の風に運ばれて 

見知らぬ国からやって来た

水鳥たちの白い翼と

空の青さが胸を打つ

河の流れは 心の流れ 

喜びの涙 あふれ出て

渦を巻いて 流れてゆく

河の流れは 想いの流れ

悲しみの涙 あふれ出て

渦を巻いて 流れてゆく

右に柳川 左に久留米

光あふれる 矢部の河

野を越え村を越え 流れてゆく

海を目指して 流れてゆく

河の流れは 心の流れ

喜びの涙 あふれ出て

渦を巻いて 流れてゆく

河の流れは 想いの流れ

悲しみの涙 あふれ出て

渦をまいて 流れてゆく

彼方へ 彼方へ 彼方へ

永久に

村人1 台風が来たぞ!

村人2 台風が来たぞ!

村人3・4 台風が来たぞ!

村人5・6 台風が来たぞ!

 風がだんだん強くなる。

 雲がにわかに空を覆い、やがて墨を流したように真っ黒になる。

 やがて、稲光。雷の音。

 人々は逃げ惑う。

村人7 馬を中に入れろ。

村人8 子供は表に出るな。

村人9 戸を打ち付けるんだ

村人10 かまどの火を消せ。

村人11 屋根に石を置け。

  柳川藩の河原。

村人12 (村人2に)そんなところで何をやっている。ここは危険だぞ。

村人13 (寄ってきて)川が溢れないか、様子を見に来ただけだ。

村人12 土居はこの雨に耐えるだろうか。

村人13 柳川の土居は大丈夫さ。だが――。

村人12 だが、何だ。

村人13 この雨では、久留米の土居は危ない。

 二人は走り出す。

 一方、久留米の土居は――。

 村人たちは、必死で土嚢を積み上げている。

M2 村を守れ

コーラス   積め積め積め 土嚢を積め

             早く早く早く早く

             積め積め積め 土嚢を早く

    高く高く高く高く

村人14 早く、土嚢を積み上げるんだ。

村人15 駄目だ。間に合わない。

村人14 弱音を吐くな!さあ、積むんだ!

村人15 わかった。

 雨風は更に激しくなり、水かさはどんどん増していく。

 村人たちは、力の限りを尽くして、土嚢を積み上げる。

コーラス 積め積め積め 土嚢を積め

早く早く早く早く

           積め積め積め 土嚢を早く

高く高く高く高く

           あふれる水をせき止めて

           守れ 我らの村をこの手で

           村を守れ

           田畑守れ

           家を守れ

           子供を守れ

           あー   

   

 やがて濁流は荒れ狂い、堤を呑み尽くしてしまう。

村人16 もう駄目だ。堰が切れる。逃げろ。

村人17 逃げろ。みんな早く逃げるんだ。

村人18 助けてくれ。流される。

村人19 俺に掴まるんだ。

 村人7は掴まろうとするが、手が届かない。

村人19 手を伸ばすんだ。

村人18 駄目だ。

 村人18は力尽きて、流されてしまう。

コーラス あふれる水をせき止めて

           守れ 我らの村をこの手で

村人19 弥助。弥助。弥助。

 村人19が飛び込もうとする。

 村人20と村人21が、羽交い絞めにして止める。

村人19 何をするんだ。

村人20 行くな。お前まで死ぬぞ。

村人19 放せ。弥助が。弥助が。

村人21 諦めるんだ。早く逃げるんだ。

村人19 何をいうんだ。諦められるか。弥助。

 村人19は手を振り切って、飛び込んでいく。

コーラス 村を守れ 

           田畑守れ

           家を守れ

           子供を守れ

村人20 ああ! 佐吉。やめろ。引き返せ。佐吉!!

村人21 佐吉!

 そこに巨大な濁流が――。

村人20 うわっ。

村人21 うわっ。

 濁流は村人達を全て呑み尽くしてしまう。

 激しい雷雨はやがて大地を覆い尽くしてしまう。

                                  暗転

 柳川の土居。

 台風が過ぎて、青空が広がっている。

 藤蔵と源右衛門が佇んでいる。

 子ども達が駆け出してきて歌い踊る。

M3 泥鰌がいっぱい

子ども達 泥鰌捕まえた 

いっぱいいっぱい 捕まえた

           嵐のあとには 沸いて出る 

にょろにょろにょろにょろにょろりにょろり

父さん母さん怒るけど

           にょろにょろにょろにょろ やめられない

           嵐よありがとう また来てね

           泥鰌にょろにょろ三にょろにょろ

           合わせてにょろにょろ六にょろにょろ

 子供が三人(将太、シズ、ハル)籠を抱えて駆けてくる。

将太 ハル。お前、泥鰌、何匹獲った?

ハル 十二匹だ。(自信を持っている)

将太 俺の勝ちだ。俺は十八匹。

ハル 悔しい。

将太 シズは何匹だ?

シズ 教えない。

将太 獲れなかったんだろう?

シズ 獲れたもん。

将太 嘘だね。お前のへっぴり腰で泥鰌が獲れるもんか。

シズ じゃあ、見せる。三十五匹だ。

将太 うわあ。すげえ。

ハル (シズに)どうして隠したの?

シズ 見せると、将太が横取りするからさ。

将太 しねえよ。(すねる)

 ハル、シズは笑いながら子供たちの方に戻る。

将太 こら、俺を置いて行くな。

 将太は後を追う。子供たち全員の唄と踊りになる。

子ども達 泥鰌捕まえた

           いっぱいいっぱい捕まえた

           嵐の後には沸いて出る

           にょろにょろにょろにょろにょろりにょろり

           じっちゃんばっちゃん怒るけど

           にょろにょろにょろにょろ

           やめられない

嵐よありがとう また来てね

           泥鰌にょろにょろ三にょろにょろ

           合わせてにょろにょろ六にょろにょろ

 子供たち踊りながら退場。

藤蔵と源右衛門はその様を目を細めながら見ている。

藤蔵 源右衛門。俺も子供の頃、台風の後には、あの場所で泥鰌を獲ったものだ。台風が過ぎると、田んぼの泥鰌が、何故かわからないが、あの場所に集まるのだ。

源右衛門 いつの時代も子供は、同じことを考えるんですね。

藤蔵 (対岸を見やり)川向こうの久留米藩では死者がたくさん出たらしい。

源右衛門 「矢部のきちがい水」とはよくいったものです。ここまで水がくれば、昔なら柳川藩の土居も切れました。ここが安全なのは、お父さまのお陰です。

 音楽は入る。源右衛門、歌いだす。

 対岸を見やる藤蔵(ソロ)

M4 総馬様〜川向こうの人たちよ

      源右衛門 あふれる水を堰き止め

      コーラス 父上の総馬様

      源右衛門 土居を築いたお方

      コーラス 救い主 総馬様

      藤蔵   川の向こうの人々よ 嵐をうけた人々よ

      源右衛門 千間土居を築いたお方 

      コーラス 父上の総馬様

      源右衛門 決して壊れぬ土居作り

      コーラス 救い主 総馬様

      藤蔵   川の向こうの人々よ 田畑を失い 戸惑う人々よ

      源右衛門・コーラス ああ総馬様 そう そう そう 総馬様 

                ああ総馬様 鬼 鬼の総馬様

藤蔵 鬼?   

源右衛門 あ、これは失礼いたしました。お父さまは、ちょっとでも怠けている人夫がいたら、情け容赦なく鞭で打ちのめされました。「鬼の総馬」と呼ばれたものです。

藤蔵 鬼の総馬――。俺は鬼の子か――。

源右衛門 しかしそれは昔のこと。今は柳川藩の民の命を守る神様ということで「神の総馬」と呼ばれています。

      源右衛門・コーラス ああ総馬様 そう そう そう 総馬様

                ああ総馬様 神 神の総馬様 

藤蔵はじっと川面を見ている。源右衛門、それに気づき。

源右衛門 お気づきですか。不思議な流れ方をするでしょう。隠しばねがあるのです。

藤蔵 隠しばね……?

 コーラスが入る。

M5 魔法のはね、隠しばね

 

      コーラス 魔法のはね 隠しばね

           魔法のはね 隠しばね

源右衛門 堤防の内側、つまり川底の見えない部分に、川の流れを変える「はね」が隠してあるのです。

      コーラス 魔法のはね 隠しばね

源右衛門 流れの勢いを止め、堰に当たる水の力を弱めつつ、たくさんの水を一時に流す働きをします。

       コーラス 右に柳川 左に久留米

            

源右衛門 このはねのおかげで土居はあふれることはない。そうこれは

       源右衛門・コーラス 魔法のはね 隠しばね

藤蔵 魔法のはね……。

源右衛門 村のものは、発明者にちなんで「総馬ばね」と呼んでいます。

       コーラス 魔法のはね 総馬ばね

             

藤蔵 どういう仕組みだ?

源右衛門 それは総馬さましか、わかりません。石積みの下に隠れているので、誰も確かめられないのです。我々凡人には魔法としか、いいようがありません。

    コーラス ああ 総馬ばね 不思議な総馬ばね

            村を民を守る 不思議な総馬ばね

藤蔵 知りたい。どんな仕組みなのだ。(川底を見る)

源右衛門 仕組みなど、どうでもいいじゃないですか。総馬さまのお陰で、我々柳川の民は、水害に苦しむ事がないということだけで十分です。藤蔵さまは、いいお父さまを持ったということです。

       コーラス 右に柳川 左に久留米

            光あふれる矢部の川 

                                    暗転

 久留米藩。

 三枝邸の前。

 多江、久美、京子が踊り唄いながら登場して来る。

M6 かすりを織ろう

       三人 かすりを織りましょ かすりを織りましょ

          ギッコンバッタン ギコバッタン              

久留米がすりは幸せがすり

          織れば織るだけ銭が入るよ 銭が入るよ

          ギッコンバッタン ギコバッタン アソレ!

          かすりは食えるが かすみは食えない

          織れば織るだけおりこうさん

久美 (京子に)さあ、今日も頑張って久留米絣を織るぞ。

京子 私、久美のように頑張りたくない。疲れるもん。

久美 やる気出すのよ。気合入れて。(大声で)カーッ。

多江 久美。大声出すんじゃないわよ。

久美 どうして?

多江 今日、この三枝様のお屋敷では、切腹があるのよ。

久美 切腹?

多江 大声出しちゃ、申し訳ないわ。

京子 切腹なんて、何故?

多江 こちらの三枝佐一郎さまは、矢部川の土居の責任者。今度の台風で、大勢の犠牲者を出した責任をとらなくてはならないの。

久美 確か、佐一郎様のお父さまの多聞さまも、土居が切れた責任をとって切腹されたんじゃ……。

多江 そう。

京子 親子で?

多江 川向こうの柳川藩の土居は、田尻総馬という人が特別な仕掛けをつくったために壊れない。久留米藩の責任者だけが、台風の責任を取らされるの。

久美 それで切腹?

京子 ひどい。

多江 それが武士よ。さあ、それが分れば、こんなところで大声を出してはいけないでしょ? さあ、行きましょう。私たちは絣を織るのよ。

 再び唄と踊りになる。

      三人 かすりを織りましょ かすりを織りましょ

         ギッコンバッタン ギコバッタン

         久留米がすりは幸せがすり

         織れば織るだけ銭が入るよ 銭が入るよ

         ギッコンバッタン ギコバッタン アソレ!         

         かすりは食えるが かすみは食えない

         織れば織るだけおりこうさん

 

三人は踊りながら退場。

 彼方へ、流れの彼方へ   幕前十一ページ                              

 

 

 土居のほうから、多江、久美、京子が走ってくる。

京子 待って。苦しい。もう少し、ゆっくり行こうよ。

久美 土居を作る人手を一人でもたくさん集めるの。

多江 ゆっくりしていられるものですか。

京子 でも、私走るの苦手だから。

久美 そんなこといっている場合じゃないの。土居が切れたら、右近様は責任を取って切腹よ。

多江 (手に付いた雨を見て、空を見上げる)あっ。雨よ。こうしちゃいられないわ。できるだけ早く、一人でもたくさんの人を連れて来るのよ。

 三人は走り去る。

 右近は村から、村人3、4、5、6、7を連れて走ってくる。

右近 こっちだ。お前たちは、土居で石を積むのを加勢してくれ。時間がない。

村人3 わかりました。

村人4 今度こそ土居は大丈夫なんでしょうね。

右近 大丈夫だ。心配するな。

村人5 もう、大水に苦しまなくて済むんですね。

右近 ああ。

村人6 なら、精一杯やります。俺たちの村を守るんだ。

村人7 こうしている時間ももったいない。早く行こう。

一同 おう。

右近 頼むぞ。私は向こうの村から、人手を頼んでくくる。

 村人五人は去る。

 右近が走ろうとすると、藤蔵が声を掛ける。

藤蔵 右近殿。

右近 田尻殿。

藤蔵 千間土居の絵図面だ。(巻物を渡そうとする)使ってくれ。

右近 いらん。

藤蔵 何故だ。

右近 柳川藩の人間のいうことが信じられるか。その図面通りに作れば、あっという間に壊れる土居ができるのであろう。

藤蔵 違う。これは柳川藩の土居を作った絵図面だ。

右近 信用できるか。

藤蔵 土居が破れてもいいのか。また、多くの命が失われるんだぞ。

右近 心配要らない。私は自力で水の流れを弱める、はねの仕組みを考えたのだ。どんな大水にも耐えるはねの仕組みをな。

藤蔵 そうであったか。

右近 お主は柳川の土居を心配したらどうだ。久留米藩の土居はもう少しで完成だ。

 右近は土居の方へ走る。

 藤蔵は途方に暮れている。

藤蔵 俺はなんということをしてしまったのだ。(絵図面を見る)

 しのぶが出てくる。

しのぶ 藤蔵様

藤蔵 しのぶ殿。帰ったのではなかったのですか。

しのぶ 実は、帰り道、血相を変えて走っている右近様の姿を見て、じっとしていられなくなったのです。今の話を、聞いてしまいました。

藤蔵 私のことを、さぞかし間抜けな侍とお思いでしょう。何をしているのか。田尻藤蔵は大馬鹿者です。

しのぶ 右近様は、新しい土居の仕組みを考えついてはいません。今、久留米で作っている土居は、これまで壊れたものと、同じ仕組みです。台風がくれば、一たまりもありません。

藤蔵 何!

しのぶ 絵図面を右近様に渡してください。

藤蔵 分かった。

 藤蔵は走り去る。一人残る、しのぶ。

M16 あなたは誰

しのぶ あなたは誰 あなたは誰なの

    いくら憎もうとしても

いくら忘れようとしても

わたしにはできない

ああ とめられない胸の高鳴り

ああ 抑えられないこの想い

わたしは あなたが

わたしは あなたが

      コーラス 右に柳川 東に久留米

           光あふれる 矢部の河

      しのぶ あなたが 好き

                                         暗転

 久留米の土居。

 村人達が必死で土居を作っている。

藤蔵 右近殿。

右近 帰れ。

藤蔵 これを使うのだ。(絵図面を差し出す)

右近 くどい。私は柳川藩の情けは受けない。

藤蔵 私は柳川藩の人間ではない。

右近 どういうことだ。

藤蔵 私は藩を捨てた。これが証拠だ。(絵図面を示す)柳川藩の人間なら、本物の絵図面を渡すことはできないはずだ。見て確かめたらどうだ。

右近 (絵図面を受け取る)

 右近は絵図面を見る。

     コーラス 魔法のはね 隠しばね

          魔法のはね 隠しばね

右近 ……そうか。これなら、水の勢いを和らげる。みんな、聞いてくれ。これから、土居の中に隠しばねを作る。長っぽそい石を、水の流れに対して、斜め斜めとあみだに積むのだ(海浜のテトラポットが、格子状に組んである原理を応用)。この方法なら、水の流れをもろに受けることもなく、勢いを抑えることができる。久留米を守るためだ。ここから先は、この方の指示に従ってくれ。

村人3 わたしはいやだ。

村人4 柳川の侍は、柳川に帰れ。

村人達 そうだ、柳川に帰れ。

右近 聞いてくれ。田尻殿は、柳川藩の者ではない。藩を捨てたのだ。いや、違う。藩を超えたのだ。この土居には、久留米も柳川もない。今度は我らが藩を越えるときだ。田尻殿の指示に従えないものは、今すぐこの場を去るがよい。

      コーラス 右に柳川 左に久留米

           光あふれる 矢部の河

 一同は黙る。

 困っている。

 どうすればいいのか、わからない。

右近 よいのだな。始めるぞ。石を積め。どんな台風が来ても、壊れない土居を作るのだ。

M17 はねをつくれ

コーラス 石を積め はねをつくれ

           流れ止める はねをつくれ

           田畑守る 土居をつくれ

           命守る 土居をつくれ

           魔法のはねをつくるんだ

 藤蔵の下男が村人達を引き連れて駆け込んでくる。

下男 藤蔵様!俺達にも手伝わせてください。

藤蔵 おまえ達・・。

      コーラス 石を積め はねをつくれ

流れ止める はねをつくれ

田畑守る 土居をつくれ

命守る 土居をつくれ

魔法のはねをつくるんだ

 総馬が柳川の土手に登場。驚いて、事を見守る。

河を越え 藩を越え

河を越え 藩を越え

共に手を取り 力を合わせ

            魔法のはねをつくるんだ

 作業は続いている。

藤蔵 水かさが増えてきた。女たちは、家に戻れ。子供達を守るんだ。残りは男手でやる。

 女達は去っていく。

 しのぶが立っている。

藤蔵 しのぶさん。

しのぶ 藤蔵様。私も手伝います。

藤蔵 これ以上は、女では危険だ。

しのぶ 傍にいさせて下さい。わずかでも、あなたの、藤蔵様の力になりたいんです。傍にいたいんです。

藤蔵 ありがとうございます。気持ちだけ受け取っておきます。

 しのぶは石運びの列に加わる。

 藤蔵の横に並ぶ感じになる。

 

藤蔵 いいのですか。

しのぶ はい。

 土居建設は続く。

      コーラス 河を越え 藩を越え

           河を越え 藩を越え

           共に手を取り 力を合わせ

           魔法のはねをつくるんだ

藤蔵 よし、できたぞ。完成だ。

 一同歓声――!

コーラス 我らのはね 今 ここに

     河を越え 藩を越え

     我らの土居 今 ここに

     共に手を取り 力を合わせ

           魔法のはねが 今 ここに

           

 総馬は退場する。

藤蔵 みんな、避難しろ。

 村人たちは一斉に避難する。

 しのぶは藤蔵の傍に来る。

しのぶ 藤蔵様は、どうして避難しないのです。

藤蔵 後は、ここ一箇所だけだ。ここだけなら、私一人でもできる。

しのぶ そんな。私も手伝います。

藤蔵 しのぶ殿は帰ってください。私は、後から行く。

 右近が来る。

右近 姉上・・さあ二人共、早く避難を。

藤蔵 すぐ引き上げます。

しのぶ 私もすぐに。

右近 わかった。

 右近退場。

藤蔵 さあ、しのぶ殿、帰ってください。

しのぶ 二人で力を合わせましょう。その方が早く終わります。

藤蔵 駄目だ。しのぶ殿、来たら危ない!

 しのぶが川に入ると、濁流が迫ってくる。

藤蔵 うわっ!

しのぶ 藤蔵様

 二人は流れに呑まれてしまう。

 浮きつ沈みつ、相手を探す。

      コーラス あふれる水をせき止めて

           守れ我らの村を この手で

           村を守れ 田畑守れ

           家を守れ 子供を守れ

           あー

藤蔵 しのぶ殿!

しのぶ 藤蔵様!

 流れは更に更に激しくなる。

                                 暗転

 久留米の土居。

 台風の翌日。

 空は真っ青に晴れ渡っている。

 子供たちが駆け出してくる。

M18 泥鰌がいっぱい

      子ども達 泥鰌いっぱい捕まえた

           いっぱいいっぱい捕まえた

           風あとには 沸いて出る

           にょろにょろにょろにょろにょろにょろり

           父さん母さん怒るけど

           にょろにょろにょろにょろ 

           やめられない

           風よありがとう また来てね

           泥鰌にょろにょろ三にょろにょろ

           合わせてにょろにょろ六にょろにょろ

 子ども達が退場。

 入れ替わりに、多江、久美、京子が土居を見にくる。

多江 あっ、大丈夫だ。

久美 本当だ。久留米の土居は、ちゃんとある。

京子 私たちはもう、洪水に苦しむことはないのね。

多江 あっ、右近様だ。

 右近が出てくる。

 川面を見て――。

右近 みんな、来い。見てみろ。土居は、俺たちの土居は、久留米を守ったぞ。

 村人たちが出てくる。

 歓声が上がる。

M19 我らのはね   

コーラス 我らのはねが 村を救う

河を越え 藩を越え

           我らのはねが 田畑を救う

           共に手を取り 力を合わせ

           魔法のはねが 命を救う

 右近は、じっと佇んでいる。

多江 右近様、どうしたの?

久美 ちっとも嬉しそうじゃないわ。

右近 藤蔵殿としのぶ姉さんの姿が見えない。誰か知らないか。

 右近が土居の上に立つと――。

 かんざしが落ちている。

 しのぶのものである。

右近 こ、これは・・・。姉上――。(下流を見て)姉上! 田尻殿! 死んではならぬ。どこかで生きていてくれ。どうか、生き長らえていてくれ!!

                                    暗転

 柳川の土居。

 新しい地蔵がある。

 その前で手を合わせているのは、沙知だった。

 総右衛門が出てくる。

総右衛門 沙知殿。こんなところにいたのか。結納の準備が整いました。帰りましょう。

沙知 分かりました。

総右衛門 その地蔵は――。

沙知 ……。

総右衛門 兄上か――。本心は、兄上が好きだったということか。

沙知 ……。(目を伏せている)

総右衛門 行こうか。

沙知 はい。

 二人は歩き去る。

 沙知は、総右衛門に二歩も三歩も遅れて歩く。

 沙知は立ち止まり、唄いだす。

M あなたの想いこの胸に

 次々と人々が浮かび上がる

      沙知   忘れられない 

子どものような あなたの瞳

      よね   忘れられない 

子どものような あなたの心

      右近   忘れられない 

子どものような 一途な姿

      総右衛門 忘れられない 

子どものような 兄じゃの笑顔

      総馬   忘れられない 

子どものような おまえの生き方

      コーラス いつのまにか 忘れかけていた 大切なもの

           いつのまにか 忘れかけていた 尊いもの

           あなたの想い この胸に

           あなたの想い この胸に

           いつまでも どこまでも

           いつまでも どこまでも

        あーあー         

                                  暗転

 流れの遥か下流。

 藤蔵としのぶが倒れている。

 二人はやがて目を覚ます。

しのぶ ここは……。

藤蔵 どこだ。一体……。

 雪が降ってくる。

しのぶ 藤蔵様。雪が・・。

藤蔵 美しい雪だ・・。

M21 彼方へ、流れの彼方へ

しのぶ  ひとひらの雪 はかない雪

藤蔵   ひとひらの雪 かけがえのない雪

二人   ひとひらの雪

     降り続き 降り続け

     やがて いつか

  やがて いつか

  ひとひらの雪

清らかな水になり

     河となって 流れ出す。

コーラス 小さな流れは 時を越え

     大きな流れに移りゆく

     小さな流れは 時を越え

     大きな流れに移りゆく

     河は流れて

     河は流れて

     そして いつか

     そして いつか

     河は海へと流れゆく

     大きな海へと流れゆく

     ひとひらの雪 河になり

ひとひらの雪 海になる     

ひとひらの雪 集まって

大きな大きな海になる

     

 雪が降り続く。

 佐一郎、右近、総馬、総右衛門、よね、沙知、村井、村の人々が雪の中、

 藤蔵としのぶの回りに、走馬灯の様に現れては消える。

      コーラス 彼方へ 彼方へ 流れの彼方へ

           永久に

                                    

M22 矢部の川

 カーテンコールになる。

      コーラス 河の流れは心の流れ

           喜びの涙あふれ出て

           渦を巻いて流れてゆく

           河の流れは想いの流れ

           悲しみの涙あふれ出て

           渦を巻いて流れてゆく

           右に柳川 左に久留米

           光あふれる矢部の河

           彼方へ 彼方へ 流れの彼方へ

           永久に

           

                                    幕