モモ

 昭和音楽芸術学院用オリジナルテキスト

原作 ミヒャエル・エンデ

脚色 さい ふうめい

登場人物

モモ

一等航海士

教授

船長(ニコラもやる)

隊長(エット―レ爺さんもやる)

マウリン助手(リリアーノもやる)

サラ助手(ビビもやる)

ニコラ

ニノ(語りがやる)

リリアーナ

フージー

ベッポ

ジジ

カシオペア

マイスター・ホラ

エットーレ爺さん

秘書(語りがやる)

道路掃除夫(灰色の男4がやる)

語り

灰色の男1(リーダー)

灰色の男2(側近の理論派)

灰色の男3(側近の好戦派)

灰色の男4(側近の行動派)

灰色の男5(灰色の男4がやる)

ビビ

ファン1 (一等航海士がやる)

ファン2 (教授がやる)

語り モモはとっても不思議な女の子です。両親も、生まれた場所もわからない、ただ、モモという名前がわかっているだけです。

 モモが出てくる。

語り 背は低くやせっぽちで、まだ八つなのか、もう十二歳なのか見当がつきません。ある日、大都会の片隅に残された円形劇場の跡の地下室に現れて、みんなの人気者になりました。

モモが人気者になった理由は、彼女にすばらしい才能があったからです。それは相手の話をじっくり耳を傾けて聞くことができるということ。誰もがモモに自分の心配事を打ち明けます。モモは静かに話しに聞き入り、大きな目で相手を見つめます。それだけであいては気分が落ち着くのです。

モモはとくに子供たちに人気がありました。「航海ごっこ」の時のエピソードを紹介しましょう。子供たちは円形劇場を大きな船に見立て、船旅に出たのでした。

船上。

 ♪

 青い海 (広がる) 青い空 (どこまでも)

 南の海 我らの船はアルゴ号

 荒れ狂う台風 激しい波風

 退治するのが 我らの使命

 どこまでも(船を出せ) 勇敢に(闘おう)

一等航海士 船長! 前方にガラスの島です。

教授 直径はおよそ二十メートル。

マウリン助手 どうやらヒトクイオタフク・ビストロツィナリスらしいわ。

サラ助手 そうかしら。オオグライ・タペトツィフェラだってことも考えられるわ。

教授 わたしの見るところでは、アバケアン・チューチューネンススの一変種だと思えるがね。

フランコ隊長 マウリンとサラが飛び込みます。

二人が飛び込む。

音楽。

ここから後は、パントマイムで。

語り 二人が飛び込むと、海中から現れたのはお化けクラゲです。サラはお化けクラゲの長い腕に絡まれて、海中に沈められそうです。マウリンだけはやっとのことで船にたどり着くことができました。

マウリンだけが船に近づく。

マウリン お化けクラゲよ。サラはクラゲに腕を絡まれて逃げられないの。

一等航海士 これからあの化け物を真っ二つにちょん切ることにする。

船長 突撃!!

 船はお化けクラゲに体当たり。

 乗組員は、甲板を転がってしまう。

語り 船はお化けクラゲを真っ二つに切り裂き、サラを取り戻すことに成功しました。サラは乗組員に歓声で迎え入れられました。

船はお化けクラゲを切り裂く。二人の水夫が戻ってくる。乗組員に歓声で迎えられる。

教授 君たちを危険な目に合わせてしまったことをどうか許してくれ。

マウリン とんでもありません。私たちはそのためにこの船に乗っているんですもの。

サラ 危険は私たちの仕事にはつきものですわ。

雷鳴が轟く。

教授 シュム・シュム・グミラスティクムだ!

一等航海士 一体何なんです?

サラ この巨大な渦は地球が生まれた時からあるんです。

マウリン 今では顕微鏡でしか見えない小さなものしか残っていないんですが、これは唯一の例外です。

船長 われわれは「永遠の台風」の原因を取り除くためにここまできたんだ。どうやればおとなしくできるんだ。

教授 それはわたしにもわからない。

船長 じゃあ、大砲を一発ぶち込んでみよう。

サラ いけません。やっと巡り合えたシュム・シュム・グミラスティクムを。先生の研究対象なんです。

船長 わたしがこの船の船長だ。邪魔はさせませんぞ。対怪物砲用意。

隊長 対怪物砲用意。

船長 目標、シュム・シュム・グミラスティクム。左舷四十五度、距離三海里。発射。

隊長 発射。

 一同、成果を見守る。

語り ところがシュムシュム・グラミスはびくともしませんでした。

稲妻、雷鳴。

 揺れる船。

船長 もっと近くに寄らなくてはだめだ。

一等航海士 これ以上は危険です。

船長 教授、何かいい方法はありませんか?

モモザン(モモ) マルンバ! マルンバ オイシトゥ ソノ! エルヴァイニ サンバ インサルトウ ロロビンドラ。 クラムーナ ホイ ベニ サドガウ。

教授 バルルー? ディディ マハ ファイノシ イントゥ ゲドイネン マルンバ?

モモザン ドド ウム アウフー シュラマート ヴァヴァーダ。

一等航海士 どうしろっていっているんです?

教授 彼女の部族には古い歌が伝わっている。誰かがその歌を歌えば、台風がおとなしく眠り込むそうだ。

一等航海士 ばかばかしい。台風に子守り歌なんて。

教授 しかし、自然とともに暮らす部族の言い伝えには真実が潜んでいることが多いものだ。

船長 一度試してみよう。その子に歌うようにいってください。

教授 マルンバ ディディ オイサファール フーナ フーナ ヴァヴァドゥ?

モモザン (歌う)

 ♪

エニ メニ アルーベニ

ヴァナ タイ スースラ テニ

エニ メニ アルーベニ

ヴァナ タイ スースラ テニ

乗組員全員のコーラスに変わる。

 全員の踊り。

エニ メニ アルーベニ

ヴァナ タイ スースラ テニ

エニ メニ アルーベニ

ヴァナ タイ スースラ テニ

台風の声 なんだか、楽しそうだな。

マウリン ほら、私たちに興味を持ち始めた。

台風 一緒に踊っていいかい?

サラ どうぞ、どうぞ。私たちの歌は飛び入り自由よ。

隊長 心が歌いたいように歌う。心が躍りたいように踊る。

台風 初めて知ったぞ。これが歌か。これが踊りか。

エニ メニ アルーベニ

ヴァナ タイ スースラ テニ

エニ メニ アルーベニ

ヴァナ タイ スースラ テニ

台風 たくさん遊んだ。何だか眠くなったなあ。よし、眠るとするか。

やがて、嵐は治まってしまう。

歓声が上がる。

船長 諸君。成功した。諸君のことをわたしは誇りに思う。

そこにベッポが現れる。

ベッポ やあ、子供たち、船旅は楽しかったかい?

マウリン うん。

サラ モモがいるとね。

船長 何故かうまくいくんだよ。

ベッポ さあ、もう晩ご飯の時間だ。家で父さんや母さんがまってるぜ。

教授 じゃあ、かえるとしますか?

子供たちは別れを告げ、家路につく。

ベッポとモモだけ残る。

ベッポ 子供はいいなあ。何時の時代も変わらない。だけど大人たちはどんどん変わっていく。

モモ 何が?

ベッポ 時間がなくてみんないらいらしているんだ。

モモ 時間がないって?

ベッポ 残りの時間が少ない気がして焦ってしまうんだ。

モモ 残りの時間?

ベッポ そう。俺はこれまで町の道路をきれいにする仕事をやってきた。好きだったし誇りもあった。だが、この頃ふと迷うことがあるんだ。俺はとっても長い道を担当することがあるんだ。恐ろしく長くて、これじゃあとてもやり切れんなあ、と思う。そこでせかせかと、スピードを上げるんだが、あまりはかどらないんだ。そのくせ息が切れてへたばってしまう。一度に道路全部のことを考えてはいけないんだ。わかるかい? 次の一歩のことだけ、次の一掃きのことだけを考えるんだ。しっかり足元を見つめてね。こう……(やってみせる)

モモ すると、楽しくなってくるのね。

ベッポ そうなんだ。楽しくなってくる。これが大事なんだ。

モモ 楽しいから、仕事もはかどるのね。

ベッポ そうだとも。ふと気がついた時は一歩ずつ進んで、全部終わっている。これが大事なんだ。だけど大人ってやつは、それを忘れてしまうんだな。

ジジが来る。

ジジ 今晩は、ベッポ、モモ。

二人 今晩は ジジ。

ベッポ 観光ガイドの仕事はどうだった?

ジジ まるっきり駄目だよ。俺の話をでたらめだと抜かす奴がいるんだ。詩人に払う金を無駄だと思う奴はいないだろう? 俺の話は詩人と同じなのに。

モモ そう、ジジの話はとっても面白いよ。聞かせてよ。

ジジ ようし、いいかい? 紳士淑女の皆さん。ご存知の通り、クルシメーア女帝は、ブルブル族を戦争で、支配下に収め、王の金魚を献上するように命じました。当時、金魚は高価な魚でした。ブルブル王は、金魚ではなく、鯨の赤ちゃんを金色に塗って献上しました。クルシメーア女帝は大喜び。何しろ、大きければ大きいほど大きな金が手に入るのですから。鯨の赤ちゃんは日に日に大きくなりました。女帝の口癖はこうです。「大きければ大きいほどいいのよ」。女帝はやがて、大きくなった鯨を浴槽に移し、やがて宮殿のプールに移しました。女帝の喜びは、日々大きくなる金! 失礼、鯨です。女帝が考えることは、鯨のことだけ。やがて、身内や奴隷が鯨を狙っているのではないかと疑いました。そして女帝が信用する部下は一人も居なくなりました。国はがたがたです。ブルブル王はこのときを待っていました。クルシメーア女帝に戦いを挑みました。女帝の軍隊は簡単に破れ、女帝は巨大な鯨の傍で死んでいたそうです。ブルブル王は鯨を料理させ、鯨ステーキを人民にご馳走したのでした。

 モモ、ベッポ、拍手。

ジジ いつかみんなを見返してやる。その気になれば金持ちにもなれるんだって。

ベッポ ジジは金持ちになるのが夢なのかい?

ジジ それだけじゃないさ。有名になって金持ちにもなりたいが、魂を売り飛ばしたくはないからね。たとえいっぱいのコーヒー代にこと欠くことはあっても、ジジはやっぱりジジでいたいのさ。

モモ ベッポおじさんはやっぱりベッポおじさんで、ジジもやっぱりジジで。モモもやっぱりモモで……いつまでもそうやっていたいね。

ベッポ うん。

ジジ そうだね。

夕焼けにすっぽりと包まれて、暗転

 灰色の男たちが謀議を図っている。

 音楽。

 ♪

 人間の時間を奪え (手段を選ぶな)

 俺たちの燃料は人間の時間 (時間の花)

 人間の時間を奪い 

 俺たちの国を栄えさせろ(もっと もっと)

 人間の時間を奪え (手段を選ぶな)

 人間の時間を奪え (手段を選ぶな)

 灰色の男たちは手に葉巻をもって、ときどき吸っている。

灰色1 いわずがなのことだが、我々の燃料はこれだ(葉巻を示す)。つまり、これがなくなると、我々の命がなくなる。この葉巻は、人間の時間で作られている。時間の花を固めてつくるのだ。我々が生き延びるためには、人間から時間を奪う必要がある。できるだけ多くだ。そのために、人間に時間を節約させる。節約させた時間を我々の時間貯蓄銀行に預けさせる。

灰色3 奪うってことだがね。

灰色2 議長、困ったことが。

灰色1 何だ。

灰色2 円形劇場の跡地に、モモという女の子と住み着いて、人気者になっているのです。

灰色3 それのどこが困るんだ。

灰色1 ちょっとまて。そのモモという女の子はなぜ人気者になったんだ。楽器が弾けるのか。曲芸ができるのか。

灰色2 いや。モモは相手の話をただ黙って聞いているのです。聞き上手なのです。

灰色1 聞き上手? ……厄介だな。とはいえ諸君、子供に手を出すのは最後だ。子供は時間を節約しようとしないからな。

灰色3 大人から落としていけばいいんでしょう。

灰色2 そう。先ず大人を手なずければ、子供はたやすく落ちる。モモは、最後だ。

全員 はっ。

灰色3 (4に)おい、どじ。これまでの汚名を挽回するように頑張るんぞ。

灰色4 はい。

灰色1 人間には我々の任務は絶対に知られてはならない。くれぐれも気を付けよ。

全員 はっ。

 音楽。

 灰色の男、踊りながら去る。

フージーの理髪店。

フージー 俺は人生をあやまった。床屋なんてはさみとおしゃべりと、石けんの泡だけの人生だ。俺だってグラフ雑誌に載っているような贅沢な暮らしがしたい。だが、俺の仕事には、ゆとりが、暇がなさ過ぎるんだ。

灰色の男4がドアから入ってくる。

灰色4 こんばんは、フージーさん。わたしは時間貯蓄銀行のものです。あなたは時間を必要としていますね。

フージー そうなんです。今、そのことを考えていたんです。

灰色4 では、時間はどこから手に入れます? 倹約する他ありませんね。フージーさん、あなたは時間を浪費なさっています。計算してみましょう。一分は六十秒です。ですね?

フージー はい。

灰色の男4、鏡に鉛筆で計算を始める。

灰色4 一時間は六十かける六十で三千六百秒。一日は二十四時間だから、三千六百かける二十四で八万六千四百秒。一年は三百六十五日ですから、これに三百六十五をかけて、三千百五十三万六千秒。十年で三億千五百三十六万秒。フージーさん、あなたは、何歳まで生きると思いますか?

フージー 七十、いや八十ぐらいまでは生きたいですね。

灰色4 では、少なめに七十歳で計算してみましょう。三億千五百三十六万秒の七倍で、二十二億七百五十二万秒。これがあなたの全財産です。あなたは今おいくつですか?

フージー 四十二です。

灰色4 一晩の睡眠時間と三度の食事にかかる時間は?

フージー 睡眠は八時間、食事は二時間程度でしょうか。

灰色4 八時間の四十二倍で、四億四千百五十万4千秒も無駄に使っています。食事は四十二年で一億千三十七万六千秒。あなたは耳の聞こえないお母さん相手に無駄なおしゃべりを毎日一時間していますね。これが五千五百十八万八千秒。余計なボタンインコの世話に毎日十五分、これが千三百七十九万七千秒。

フージー しかし――。

灰色4 それが無駄口です。あなたが家事に費やす時間は?

フージー 一時間ぐらいです。

灰色4 すると、無駄になった時間は五千五百十八万八千秒。あなたは毎週一回映画に行きますね。また週一回の合唱団の練習。週二回は行きつけの飲み屋に行く。あとの晩は友達と会ったり、時には本さえ読む。あなたは一日に三時間……全部で一億六千五百五十六万四千秒の浪費を――どうしたんです? 気分でも悪くなりましたか?

フージー ええ、すみません。

灰色4 すぐに終わりますよ。――あなたにはもう一つ秘密が残っています。

フージー そんな――。

灰色4 フージーさん、あなたはダリアさんと結婚するつもりですか?

フージー それは無理だと思います。

灰色4 その通り。彼女は足が悪く、一生車椅子生活ですからね。それなのに何故、毎日彼女に花を持っていき、三十分も時間を浪費するのですか?

フージー 彼女がとても喜びますから。

灰色4 冷静に考えてください。無駄な時間です。二千七百五十九万四千秒の損失だ。その上、寝る前に十五分その日のことを思い返す習慣がある。これが千三百七十九万七千秒。さて、これであなたにどれくらいの時間が残っているか見てみましょう。

灰色の男4、一覧表をひろげる。〈1324512000秒〉が表示される。

灰色4 あなたがこれまでに浪費した時間です。あなたの全財産の半分以上ですね。では、あなたの四十二年間でどれだけ残りがあるか見てみましょう。一年は三千百五十三万六千秒ですから、その四十二倍で十三億二千四百五十一万二千秒。その差し引きは――。(その数字を一覧表の下に書き入れる。ひいて)ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ………。ゼロ!!!

フージー ゼロ。これが俺の人生の総決算なのか。

灰色4 フージーさん、倹約を始めようという気になりませんか?これから先二十年、一日に二時間倹約をすると、一億五百十二万秒というすばらしい数字になるのです。

フージー わたしはどうすればいいのでしょう?

灰色4 簡単なことです。仕事をさっさとやって無駄なことをやめるんです。お客一人に一時間もかけるなんてやめて、十五分ですます。無駄なおしゃべりはやめる。年寄りのお母さんは養老院に入れる。役立たずのボタンインコはペット屋に売る。ダリア嬢の訪問もやめ、歌や本、友達付き合いも全部やめるんです。そうすれば時間はいくらでもでき、はさみとおしゃべりと、石けんの泡の人生からおさらばできるんです。

フージー ……わたしは目が覚めました。今日から時間を節約します。

灰色4 あなたはものわかりがいい。節約した時間を私ども時間貯蓄銀行に預けていただければ、利子が利子を生んであなたは時間長者になれるでしょう。

暗転

ニノの居酒屋。

ニコラとエットーレが呑んでいる。

ニコラ エットーレ爺さんよ、時代はどんどん変わっているんだ。この頃じゃあ、一日でビル一階が丸ごと建っちまうんだぜ。昔とは違う。

エットーレ わしはご覧の通りの老人だからいいが、ニコラ、おまえさんまでそんな弱気じゃ駄目だ。

ニコラ 愚痴はいいたくないが、俺はまっとうな左官屋の良心に反することをやっているんだ。モルタルに砂をやたらと入れて、4、5年もすれば壊れてしまうようなインチキなビルを造っているんだ。これで金だけは貰う。毎日が詰まらなくて、この頃じゃあ仕事を休むこともある。

ニノが出てくる。

ニノ いいにくいんだが……。

ニコラ なんだい、ニノ。

モモ    幕前九ページ

 

 

語り ところが、モモが街に戻ると、友達はどこにも見当たりませんでした。ホラの「どこにもない家」で寝た一日は、モモの町では一年なのでした。モモの友達は、みんな時間泥棒に時間を盗まれていたのです。

モモは街のあちこちを回る。

サスで色んな場所が浮かび上がる。

フージーの理髪店。

ニコラがフージーに髪を刈ってもらっている。

ニコラ 気をつけろよ、フージー。お前のかみそりの使い方は乱暴だよ。

フージー 動くな、ニコラ。

ニコラ 客に向かって、その乱暴な口の利き方はなんだ。

フージー 客なら客らしく黙っていろ。時間がかかってしようがない。もう十五分はとっくに過ぎているんだ。

ニコラ いたっ! 血が出ているぞ。わざとやったな。

フージー 男なら、そのくらいの傷でわめくなって。

ニコラ ひどい。もうこんな店来るものか。

フージー はい、一丁あがり。(モモを見つけ)モモかい? いま忙しいんだ。後にしてくれないか。(外を見て)はい、次の人。

             溶暗

ニノの店。

モモ ニノおじさん。

ニノ モモかい? 食べたいのなら、好きなものを取ってかってに食べてくれ。うちは早く食べて貰って、お客を早く回転させるのが売り物のレストランだからね。

リリアーナ モモ。モモじゃないの。会いたかった。

ニノ リリアーナ、無駄口は止めてくれ。時間の無駄だ。一文にもなりゃしない。

リリアーナ お腹空いているんだろう。何か食べていきなよ。

モモ ありがとう、おばさん。でも、今はいいよ。

リリアーナ モモ、ごめんね。忙しすぎるんだ。

路上。

ベッポと道路掃除夫1

ベッポはむきになって、掃除をしているように見える。

掃除夫1 ベッポ、何もそんなにしゃかりきになって働かなくても、時間を無駄にしたことにはならないよ。

ベッポ 僕はモモを救うために、時間を貯蓄しなくちゃならないんだ。僕ががんばって時間を貯蓄すればするほど、早くモモが現れてくれるんだ。

掃除夫1 誰がそんなことをいったんだい?

ベッポ 時間貯蓄銀行の人さ。彼は信用できる男だった。ふう、忙しい、忙しい。

豪邸の前。

ジジと秘書が出てくる。

秘書 先生、早く早く。今日は雑誌の取材とテレビ出演、それに「時間の節約」という題での講演会が三本あるんですよ。売れっ子の物語作者として恥ずかしくない振る舞いでお願いしますよ。

ファン1 ジジさん、サインしてください。

ファン2 私も。

 ジジはサインをする。

ジジ ふう、忙しい。

ファン1 どうもありがとう。

ファン2 うれしいな。ジジさんのサインだ。

 ファンは去る。

モモ ジジ。

ジジ モモ。一体どこにいっていたんだ。みんな心配したんだぜ。

モモ みんな、どうなっちゃったんだろう?

ジジ みんな、忙しくなったんだ。ジジはジジじゃなくなったんだ。人生で一番危険なことは夢がかなえられるってことだね。僕にはもう夢が残っていないんだ。――だが、夢もなく、貧乏でいるよりはマシだ。これでもよしとしなくちゃならない。モモ、僕といっしょに行動しないか? この素敵な家に住んで、王女様のように暮らすんだ。

モモ ……。

ジジ うんといってくれ。

モモ (涙があふれている)……。

秘書 先生、早く。

ジジ 今行く。

円形劇場。

航海ごっこをした6人がいる。(役名は、航海ごっこの時のまま)

 機械人形のように踊りながら歩いている。

モモ みんな、どこにいくの?

フランコ隊長 遊戯の授業さ。遊び方を習うんだ。

モモ それは何?

一等航海士 今日やるのは、パンチカードごっこさ。

船長 ためになるんだよ。

モモ どんな風にやるの?

教授 みんながひとりひとりパンチカードを作るんだ。どのカードにも身長、年齢、体重などの記入事項が書いてある。ほかにもたくさんの情報が書いてあって、なかにはMUX/763/yなんていう記号もある。このカードをよく混ぜて、みんなで質問をしながら、決められたカードを探し出すんだ。

モモ それ、面白いの?

マウリン そんなことは問題じゃないの。

サラ それに口にしちゃいけないことなのよ。

モモ 何が問題なの?

一等航海士 将来の役に立つってことさ。成功するために。

マウリン また、いつ会えるかしら。

フランコ隊長 君と遊んできた頃は楽しかったな。自分たちで色んなことを考え出して遊んだよね。でも、そんなことは勉強にならないっていわれるんだ。

 ♪

 パパは言う 時間を節約しろ

 贅沢な玩具 甘いお菓子 (何でも欲しいものはあげよう)

 僕は言う 玩具より お菓子より 一緒に遊んで

パパは言う 時間がない (忙しいんだ)

時間がない (忙しいんだ)

 ママは言う 時間を節約するのよ

 綺麗なドレス 輝くアクセサリー (何でも欲しいものはあげるわ)

 私は言う ドレスより アクセサリーより 一緒に遊んで

 ママは言う 時間がない (忙しいのよ)

時間がない (忙しいのよ)

船長 さあ、みんな急ごう。遊び方を勉強するんだ。

        暗転

モモ みんな変わってしまったわ。

そこにカシオペア現れる。

カシオペア わたしについておいで。

モモ どこにいくの?

カシオペア ホラのところ。

モモ うん、ついていく。

灰色の男たち、浮かび上がる。

灰色1 もううんざりだ。人間一人一人から少しずつ時間を奪うなど、効率が悪くてかなわん。

灰色3 マイスター・ホラのところにいけばいっぺんにかたがつくんだがな。

灰色2 時間を一網打尽にして奪える。

灰色3 待て。あそこにモモがいるぞ。

灰色1 後を追うんだ。きっとマイスター・ホラのところにいく。

一同頷く。

暗転

時間の国。

ホラが眼鏡を覗いている。

ホラ いかん。時間泥棒たちに後をつけられている。彼らは葉巻を吸いながらゆっくり進めば、ここに近づくことができるということに気がついてしまった。

モモとカシオペアが入ってくる。

モモ ホラ、こんにちは。

ホラ モモ、実は困ったことになったのだ。(眼鏡を渡し)見てごらん、この家の周りを。

たばこを吸う灰色の男たちが取り囲んでいる。

モモ 大変だ、どうしよう。

カシオペア どうしてここに近づけたのだろう。

ホラ あの葉巻だ。彼らは盗んだ時間の花びらを凍らせて、金庫にしまっている。その花で葉巻を作って吸っているんだ。あの煙は死の毒だ。あれを吸うと人間はみんな無気力という病気になる。わたしが送り出している時間があの煙で死の毒に変わっていく。あれでわたしを威嚇しているんだ。

モモ どうすればいいの?

ホラ 彼らの時間貯蔵庫の扉を開けて、人間から盗んだ時間の花を解放してやることだ。そうすれば彼らは滅び、人間に豊かな時間が戻る。それができるのは人間だけだ。つまり君しかいない。モモ、よく聞くんだ。わたしはこれから眠る。眠ると世界の時間が止まる。時間が止まれば彼らは時間が奪えないことに気づいて、時間貯蔵庫に戻るだろう。お前は後を追うんだ。そして、彼らが貯えておいた時間を取り出せないように邪魔をする。時間泥棒が最後の一人まで消えてしまったら、金庫を開いて、盗まれた時間を解放してやるんだ。お前には一時間しか与えられていない。たった一つの道だ。やってくれるかい?

モモ やってみます。

カシオペア ワタシモヤリマス。

ホラ 私が眠ったら、動けるのは葉巻をくわえた彼らだけだ。(花を一輪渡す)これは時間の花だ。一時間だけ持つ。君がやり遂げてくれないと、わたしは眠ったままになる。そうなると世界がなくなってしまう。必ずやり遂げておくれ。

モモ いいわ、やってみる。

ホラ お別れの挨拶をしよう。さようなら、モモ。

モモ もう会えないの?

ホラ 一時間後、目がさめて世界が動き出したら、モモに送られる時間の1時間1時間がわたしからの贈り物だ。

モモ 時間が止まったかどうかを、どうやって知ればいいの?

ホラ 心配しなくてもわかるよ。

時を刻む音がどんどん高くなって、一斉に止まる。

ホラはゆっくり去っていく。

モモ 時間が止まった。

カシオペア さあ、いきましょう。

モモ あなたは大丈夫なの?

カシオペア 私は私だけの時間を持っているからね。(灰色の男を見て)……あいつらが近づいてくる。隠れよう。

モモ 時間が止まったのにどうして?

カシオペア 「さかさま小路」の時間も止まったからね。

 二人は隠れる。

灰色の男たち、入ってくる。

灰色3 ここがホラの部屋か。

灰色1 諸君、時間の花の咲くところを探すんだ。

灰色2 しかし、変だと思わないか?

灰色3 何が?

灰色2 何故、さかさま小路の時間が止まったのだ?

灰色1 時計だ。時計が全部止まっている。

灰色2 ホラの奴が時間を止めたんだ。

灰色5が駆け込んでくる。

灰色5 大変です。たった今、街から情報が入った。世界が止まってしまったのだ。人間から時間を奪うことができなくなった。

灰色2 それじゃあ、今持っている葉巻がなくなったら、われわれは消えてしまうのか。

灰色1 そんなことはわかっている。急いで時間貯蔵庫に戻れ!

灰色の男、去る。

カシオペアとモモ出てきて。

カシオペア さあ、彼らを追跡よ。そして時間貯蔵庫の場所を探すのよ。

        暗転

語り 灰色の男たちは急いで時間貯蔵庫に、葉巻を取りに戻ろうとします。ところが、自分の葉巻がどんどん減っていき、命の危険が迫っているのでした。

 町の中。

 町の人たちは、凍ったようにじっとして動かない。

 時間が止まっているのだ。

 音楽。

 灰色の男達は、葉巻を奪い合う。

 灰色の男5が葉巻を奪われて、息絶える。

 残りの三人は、金庫に急ぐ。

時間貯蔵庫の前。

灰色の男1、2、3。

灰色1 (3に)金庫をあけろ!

灰色3 議長、開きません。

三人で開けようとするが開かない。

灰色1 しまった、時間が止まっているんだった。

灰色3 議長、なんとかならないんですか? ここまで来て。

灰色1 開けるには、時間の花が必要だ。

灰色2 俺が生き残るんだ。(1の葉巻を奪おうとする)

灰色1 何をする。

音楽。

葉巻を奪う争いが始まる。

灰色1が残る。

モモとカシオペアが入ってくる。

灰色1 (息が苦しい)お前、……その時間の花、くれ……。頼む。

モモを追うが息が切れて追いつけない。

灰色1、葉巻を落として息絶える。

灰色1 助けてくれ……。いいんだ、いいんだ。すべて終わった。(消えていく)

カシオペア モモ、扉を開けて。

モモ どうやればいいの?

カシオペア 花で扉に触ればいいの。

モモが花を扉に近づけると、扉が開き、時間の花が一斉に飛び立つ。

音楽。

自由になった街の人たちが、一人一人出てくる。再会を喜び合う。

語り 扉を開けた瞬間に時間は再びよみがえり、あらゆるものが動き始めました。自動車は走り、交通整理のおまわりさんは笛を鳴らし、鳩は飛び、小犬は電柱の根元におしっこをしました。

それまでとは何かが違っています。そう、みんなにたっぷりと時間があるのです。

一等航海士 僕たち、前みたいに思いっきり遊んでいいの?

ベッポ 決まってるじゃないか!

船長 また、お話聞かせてくれる?

ジジ いくらでも聞かせてやるぜ。

フージー だって――。

全員 時間はいっぱいあるんだ。

みんなの歓声。やがて歌に変わる。

朝も 昼も 夜も(何時だって)

時間の花が咲いている。

ここに そこに 向こうに(どこにだって)

時間の花が咲いている

赤く 白く 青く(あらゆる色で)

時間の花が咲いている

君が煌めいた 僕が歌い出す

君が歌い出す 僕が煌めいた

歌おう 遊ぼう 踊ろう

新しい朝 新しい夜 新しい時間

君の 僕の みんなの(心の中に)

悲しい時も 苦しい時も

僕を支えてくれた(時間 時間 時間)

君が煌めいた 僕が歌い出す

君が歌い出す 僕が煌めいた

歌おう 遊ぼう 踊ろう

新しい朝 新しい夜 新しい時間

君の 僕の みんなの(心の中に)

悲しい時も 苦しい時も

僕を愛してくれた(時間 時間 時間)

                                       幕