流れる星は生きている

                         原作・藤原てい

                         脚色・さい ふうめい

配役

○山岸団

てい(28) 藤原(31) 正広(19) 正彦(8) 咲子(2)

崎山 水島 成田 倉重 金屋 東田 民男(10)

山岸(62) 成田・夫(58) 倉重・夫 金屋・夫  

○徳島団

徳島(56) ヨシ(30)

岡田(52) 文子(23) 英子(20)

佐藤(41)

○その他

藤田(26) 木村(引き揚げ援護局) 金(30) 

○諏訪

ていの父(55) ていの母(53) 

○プロローグ エピローグ

ていおばあちゃん(86) 三菜(30) 実(9)

王谷 時計屋 女医 医師二名 金保安隊員 男1・2 保安隊A・B・C

米兵1・2・3

 

第 一 幕

プロローグ

 初夏。

「港の見える丘公園」のような、海を見おろす公園――。

夕方。

ていおばあちゃん(86)が、ベンチに座って編み物をしている。

隣りのベンチに、三菜(30)、その子供、実(9)が下手より出てくる。

 

実 ねえ、お母さん、ラムネ買ってえ、ラムネ。

三菜 あとで、ね。

実 ねえ、買ってよう。買ってよう。

三菜 お願い、実。静かにしてくれない。お母さん、今、静かな時間がほしいの。ちょっと、むこうで、一人で遊んでてくれない。

実 いやだ、いやだよう。

三菜 お金、あげるから、ねえ。(とお金を渡す)

 実、お金を貰って、駆けていく――。

三菜、頭を抱えて絶望的な顔――。

三菜 ああ……。イヤ。(手さげ袋をほおる)

てい、毛糸の玉をおとす……。

てい あっ……。(と拾いにいく)(三菜に)どうしたんですか? 元気を出して――。

三菜 私、海にでも飛び込んで死んでしまいたい気持ちなんです。

てい あら……

三菜 すいません、いきなり知らない人に。(バックをひろう)

てい いえ、いいんですよ。子供を育てていると、いろんなことを考えるものですよ。私にも、わかります。心が晴れない時は、こうやって海の見える広いところで、のんびり過ごすのも、手ですよ。

三菜 私、今、気が変になるくらい追いつめられた気分なんです。三年前に夫を病気でなくしてから、「私、何のために生きているんだろう」……。そう考えてばかり……。結婚で仕事を辞めていたから、再就職にも、いい口はない。やっと仕事につけても給料は安いし、勤務時間は長い。朝六時半に起きて、実に朝食をつくり、夕方六時まで働いて、晩ごはんをつくって実に食べさせ、実をお風呂に入れて、ねかせる。もうその時はヘトヘトにつかれて私は実より早く、泥のように眠ってしまうしまつ。買い物をする時間も、友達と電話でおしゃべりする時間さえない。私の時間、どこにあるのかしら。私、何のために生きているんだろう。実が高校を出るまで、あと、十年こんな生活が続くのかと思ったら、耐えられない……。……もう死にたい……。生きていたくない。そんなことばっかり考えるんです。

てい ご苦労なさっていること、察します。何を言っても、今のあなたには虚しく響くだけかもしれませんね。

三菜 ごめんなさい。こんなこと、人に言っても、救われませんね。私、どうしたんだろう。

てい でもね、どんなに光が差さない闇に追いつめられても、生きる。生き抜く、ということは大事だと思うんです。生きてさえいれば、何かいいことがある。この年になって、振り返ってみると、死ぬよりつらい目に合っても、生きていることで救われることがあるんだってわかるもんなんです。

三菜 死ぬよりつらいことがあれば、死ぬよりほか、ないんじゃないですか。

てい 私も、若い時は、そう思いました。でも、年をとると、結論が少し変わることもあるんです。

三菜 そういうものですか――。

てい こんな、おばあちゃんの話だから、今の若い人の役に立つかは知りませんけど聞きます?

三菜 ……ええ。

てい 今から六十年近くも前のこと。まだ、第二次世界大戦が終わる前のことですから、随分昔の話です。

三菜 戦争なんか、私、映画やテレビでしか知らない……。

てい そうね、その頃、私は、今の中国、当時の満州に住んでいたんです……。

 

 観象台の男の声が聞こえる。

 「藤原さん! 藤原さん! 観象台の者です。」

暗転

スライド

「昭和二十年八月九日、新京(地図)――別離」

闇の中でドンドンと戸をたたく音。

灯り入る。

観象台の男が叫ぶ。

藤原さん! 藤原さん! 観象台の者です。

藤原 (出てくる)どうしました。

あ、藤原さんですか。すぐ役所へ来て下さい。

藤原 一体、何ですか――。

何だかわかりませんが、全員に非常召集しています。ご家族は三十分以内に新京駅に集合せよとのことです。では――。(と去る)

てい、出てくる。

咲子を背負っている。

藤原 あ……。てい。

てい あなた……。

観象台の男の声。「倉重さん、倉重さんいますか? 起きて下さい」

大八車を転す音。

藤原 ついに来る時がきたようだ。ほら、外の物音を聞きなさい。今までの新京じゃない。

車の音、人の声……。変動のおこる前兆のようだ。

てい やっぱり、来る時がきたのね。

藤原 馬鹿、なにをのんびりいっている。すぐに、ここを出る用意を――。

てい ここを出るって……。

藤原 ここは危険になる。君は子供たちを連れて、避難するんだ。三十分以内に新京駅に集合だ。

てい どうして――。

藤原 関東軍の家族が移動を始めている。政府の家族もこれに続く。子供たちを――。

てい はい――。(奥に向かって)正広、正彦、ちょっと来て――。

正広(10)、正彦(8)、出てくる。

藤原 正彦、お父さんの顔をよく覚えているね。お母さんのいうことをよく聞くんだよ。(正広に)正広はいくつだ?

正広 十歳――。

藤原 そう十歳だったね、ではお父さんのいうことがわかるだろう。これから汽車でお母さんと正彦と赤ちゃんと、ずっと遠いところへ行くんだよ。お父さんは、まだ新京に残る。観象台の仕事が残っているんだ。お父さんがいないから、お母さんのいうことを聞いて、いい子でいるんだよ。

正広 うん――。

藤原 (ていに)では、頼むよ。

てい ね、生きていてね、どんなことをしても生きていてね。

藤原 ああ――。(ポケットから懐中時計を取り出す)愛用のロンジンだ。これが君たちを守ってくれる。(ていに渡す)子供たちをたのむよ。

てい はい。生きていてね。必ずよ。必ずよ。

藤原は出かける。

てい、見守る。

ていおばあちゃん それから私と正広、正彦、咲子の四人は二年間住んだ新京の家をあとにしました。

                                 暗転

てい (ナレーション)落ち着いた先は、宣川農学校という処でした。朝鮮と中国の境目あたりの処で、そこが、私達、観象台疎開団の避難所という事でした。そこで待てという訳です。本当に誰もが、着の身着のままでやって来たものですから、何もかも不足でした。特に食物は、毎日欠かせないものですから大変でした。一日に二回、豆とお米が半々のおにぎりが二個配給されましたが、不満や不平が続出しました。夫とナ晴れて暮らすことが、こんなに不安で心細いものだとは知りませんでした。私は三人の子供を無事に日本に連れ帰ることができるのだろうか――。

八月十五日。終戦の詔勅が聞こえてくる。

スライド

「八月十八日、宣川農学校――夫との再開」

十人程の、男の影が浮かび上がる。

倉重と金屋が話している。

倉重 観象台の人ですって。

金屋 観象台の人が、帰ってきたの? 嘘じゃないでしょうね。

倉重 何いってるのよ。本当よ。本当のこんこんちきじゃない。

金屋 えっ、どこ、どこ。

ていと正広が、サスに浮かび上がる。

正広 お父さんがいるよ。

てい 正広ったら、何をいってるの。寝ぼけているんだわ。

正広は、男の影を指さす。

夫人達それぞれでてくる、さわぎ。

藤原が浮かび上がる。

ていに近づき、

藤原 ただいま。よく頑張ったね。

てい 本当よね。夢じゃないのよね。

藤原家以外は自室に帰る。

てい お元気で……。(と言いながら、泣きくずれてしまう)

藤原 もういい。そんなに泣くなよ。僕も同じ気持ちだ。

てい 私、言いたいこと、山ほどあるわ。

藤原 僕もだ。でも、それはあと。これからは、たっぷり時間がある。

てい そうね。

藤原 これ、正広におみやげだ。

てい なあに。

藤原 正広が喜ぶもの。

てい もう。相変わらずね。そういういい方。

藤原 それから、これは君に。(と真新しい毛布を示す)

てい すごい。毛布じゃない。すごい、すごい。

藤原 こら、そんなに大きな声を出しちゃ、だめだ。今日、ご主人が帰っいないご家族があるんだ。その人たちの気持ちも考えなさい。

てい はい。でも、嬉しい。(と藤原の胸に抱きつく)

藤原 痛い!

てい どうしたの?

藤原 ここに何か堅い物が――。それが、足に当たってるんだ。(と、ていのモンペを示す)

てい あっ――。ごめんなさい。(とモンペに縫い込まれたロンジンを出す)

藤原 あっ、僕のロンジン……。

てい 大事なものだから、肌身離さず持ってましたよ。

藤原 世界で一番幸福な時計だな。お前は。(と時計をながめる)新京で、これを君に渡した時は、もう会えないかと思った。

てい 嘘でしょ。

藤原 いや、覚悟した。本当に、奇跡のような日だ。今日は。

てい 私は、絶対、会えると信じてたわ。あなたとは、何回、離れようと、絶対、会ってやる。

藤原 毛布、開いてごらん。

てい (開くと、パラパラと写真が落ちてくる)あっ……。なつかしい……。

藤原 だろ……?

てい これ、結婚した当時のもの。これは、正広、あなたに、そっくりだったわね。生まれた時は。正彦……。

藤原 こらこら。一枚ずつ、感慨にふけってると、朝になってしまうよ。

てい そうね。

藤原 さすがに疲れたから……。

てい そうね。長旅だったんだもの。気が付かなくて、ごめんなさい。

藤原 じゃあ、横にならせてもらおうかな。

てい ゆっくり、寝て下さい。

藤原 君も寝なくては――。もう二時だよ。

てい 私、うれしくって……。

藤原 嬉しくても、明日は来る。明日のために、寝なくては……。

てい はい……。

暗転

てい (ナレーション)それからは、毎日の様に男の人たちが集まって南下するか否かの議論が繰り返されました。しかし、八月二十四日、朝鮮は、三十八度線を境に分断され、交通は一切遮断されたのです。つまり、南下しようにも、鉄道は、平壌で止まってしまうのです。私達は、宣川から動けなくなってしまいました。

 

 崎山、東田、成田、水島(各、夫人)が大八車に布団を持って、現れる。

 

崎山 ふーっ、やっと着いた。

成田 布団も、これだけの量になると、重いわね。

東田 大仕事。

崎山 でも、これがあれば、これから、身体が休まるわ。

木本 そうよ、全然、違うわ。ふかっとしたお布団に寝られると思うと、生き返った気がするわ。

水島 板ばりから、畳の上に寝るようになっただけで、うちの疎開団は病人が減ったんだから――。

崎山 布団に寝るようになったら、体力が余って困る人も出るんじゃない?

成田 まさかあ――。

そこに、倉重、金屋(各、夫人)が入ってくる。

倉重 あら、どうしたの。お布団じゃない。

金屋 こんなに、どうしたんですの?

成田 崎山さんが見つけたのよ。

倉重 どこにあったの?

崎山 新京から来た貨車の中に入ってたのよ。

金屋 持ち主はいないの?

崎山 あったら、持って来てないわよ。

倉重 それはそうだわ。

成田 所属不明なんですって――。誰も、持ち主がわからない。

崎山 そうと決まったら、私たちのものよ。

水島 それが、スパッと言えるところが、崎山さんの、いいところよ。

崎山 あら、言葉に、トゲがあるんじゃない。

水島 私、崎山さんが好きだって、言ってるだけじゃない。感謝――。

倉重 でも、これだけあれば助かるわ。

金屋 捨てる神あれば、拾う神ありね。

成田 そうね。汽車が三十八度を越えられなくなったって聞いた時は、目の前が、真っ暗になったもの。

水島 私、茫然として魂が抜けたようになったわ。もう、日本に帰れない――。

東田 それが三日前――。

倉重 ところが、お布団ひとつで、こんなにあったかい気持ちになれる。人間って、不思議ね。

成田 そうよ。昨日なんか、倉重さんと金屋さん。とうもろこし三本で一円が高いか、安いかって、一時間近くも、口論してたわよ。

倉重 そんないい方しなくてもいいじゃない。

金屋 私たちは、私たちで必死だったんだから。

崎山 そうじゃなくって、どんな事態になっても、人間は楽しみを見つけようとする、って言いたいの。

倉重 楽しみじゃないわ。ねえ。

金屋 そうよ。でも、なんとなく、気が晴れたかしら……。

成田 ほら。

崎山 さあ、こんなところで、もたもたしないで、これ、干さなくちゃ。

金屋 濡れてるの?

崎山 下の方は雨に濡れて半分腐りかけていたからなるべく見ばえのいい奴を持ってきたわ。

倉重 めでたさも、中ぐらいなり――か。

成田 がっかりしないで。さあ、始めよう。男性軍は、一日力仕事に出てるのよ。私たちも、頑張らなくちゃ。

と、全員、布団を持って、去る。

暗転

 ていは洗濯をしている。

成田(夫)がていに声をかける。

成田 あっ、藤原さんの奥さん。

てい 成田さん……。どうなさったんですか、あわてて……。

成田 藤原さん、大丈夫ですか? お金。

てい お金って……。

成田 持っているお金、少なくとも三ヶ所以上に分散しておくという規則、守っていますよね。

てい ええ……。どうしたんですか? 

成田 崎山さんのお金が盗まれたんです。

てい ええっ? 崎山さん……。

成田 疎開団の人が、あちこちに分散して埋めたお金の場所を、どうも、探し当てては掘っているグループがあるようなんです。

てい でも、よりによって。崎山さんは、身重で、ご主人が居らっしゃらない……。あんまりだわ。

成田 くれぐれも気を付けて下さい。お金を埋める時は、誰にもさとられないように。日本に帰るまで、何が起こるかわかりません。お金は命綱です。それでは私は保安隊の方に届けを出して来ます。

てい ご親切に、どうも。

成田、去る。

てい、缶の中にかくしてあるお金を確認し、持っていく。

藤原と、倉重(夫)が別の方向から出てくる。

藤原 いやあ、倉重さん。どうもありがとうございます。助かりました。

倉重 藤原さん、すばらしい思い付きですね。とうもろこしの皮で草履を作るなんて、普通は思いもよりません。

藤原 とうもろこしの皮には脂肪分が入っているし、繊維も強い。丈夫で雨に強い草履ができるなって……。

倉重 いつ思いつきました?

藤原 昨夜です。

倉重 ワラ草履の三倍は長持ちしますよ。

藤原 でも、倉重さんに編み方を教わらなければ、計画倒れになるところでした。

倉重 私は、百姓の出ですから。……さっそく、私も試してみますよ。

と、倉重去ろうとする。

ていを見つけて。

倉重 あっ、奥さん。あなたの旦那さんは、頭がいい。さすが……。(と、去る)

てい ただいま……。

藤原 あっ、お帰り。

てい 大変よ。崎山さんが、埋めてあったお金、盗まれたんですって。場所がバレたらしいの。私たちも気を付けないと……。

藤原 僕もそれを考えてたんだ。お金を分散させるのはいいが、埋めるだけでは、万が一の時、動きが悪くなるとね。見てくれ。(と、とうもろこしの草履を見せる)

てい これは……。

藤原 世界で唯一つの、とうもろこしの草履だ。丈夫で雨に強い、新案商品だ。

てい すごい。

藤原 工夫は、それだけじゃないぞ。ようく見てくれ。(と草履をしごいて、編み目の中を見せる)

てい あっ……。百円札。……十円札も。……こんなに。

藤原 片足分で千円編み込んである。肌身離さず持てて、誰にも怪しまれない場所だろ。

てい あなた、天才だわ。発明王になれる。

藤原 この程度で、ほめられちゃ、照れるな。次のが出しにくくなるじぁないか。

てい なあに。

藤原 一見、何の変哲もない石けん。ところが中に……。

てい あっ、わかった。

藤原 かな……?

てい 中にロンジンが入ってる。

藤原 ご名答! ロンジンを入れたあと、石けんの粉をすりつけて、何度も火にあぶったから、完全に一つの固体にしか見えない。

てい (石けんを抱きしめ)私たちの命綱ですもの。絶対に失くさない。

藤原 よし、その意気だ。三日がかりで頑張ったかいがあるというものだ。

てい (ナレーション)十月二十八日、宣川の秋は早くもう霜が降りる頃、とんでもない事が起きたのです。十八才以上四十才迄の日本男性は全員召集されたのです。どこかにつれていかれて、強制労働につかされるとか、ソ連につれていかれてシベリア送りになるとか、噂が噂を呼び、男の人たちは、皆、顔面蒼白となったものです。しかし、男の人たちを奪われる私たち女、子供も心細く、不安でいっぱいでした。

 

 

 流れる星は生きている (幕前九ページ)

 

 

徳島たちは、棺を持って去る。

 海に棺を捨てる音――。

 一同、合掌する。

ヨシ、文子、英子の三人が隅に集まる。

文子 ねえ、ヨシさん、あなた、今夜も行くの?

ヨシ ええ、行こうと思っているわ。

英子 面白い?

ヨシ  面白いわ。あなた船員さんの部屋って知らないでしょ。ベットに白いシーツが敷いてあって、毛布がちゃんとあってね。それに部屋の中でもちゃんとご飯が炊けるの。

文子 すてき。

英子 同じ船の中なのに――。私たちの船倉はウジが沸きそうなのよ――。

ヨシ 天国と地獄ね――。

英子 どうやって船室でご飯を炊くの?

ヨシ 電熱よ。電熱に飯盒をかけておくと、ぶくぶく白い泡をふいて、きれいなご飯が出来るのよ。それに缶詰がね。

ヨシ そう。おいしいわよ。あの色ったらないわね。口紅のように赤い肉が、いっぱい詰まっているの。

英子 あなた、食べたの?

ヨシ もちろんよ。

文子 今度、私も連れていってくれない。

ヨシ そうね。……でも困るわ、私一人で行くって約束したんだもの。それにね、船員さんの部屋って小さいでしょ。そんなに大勢いけないわ。今夜は日本で流行している歌を教わりに行くの。

英子 いいなあ。

ヨシ そうだ。今日は忘れ物があるから、とってこなくちゃ。

英子 忘れ物――?。

ヨシ そう、私ね。シュミーズをゆうべおいてきちゃったのよ。

文子 えっ? シュミーズをおいてきた?!(信じられない、という目で見る)

英子 ……わたしも、いつか連れてって。

ヨシ ……いつかね。

英子 ……きっとよ。

スライド

「九月十一日、上陸前夜」

木村が台に乗って話しかけている。

話に聞きいる引揚者――。

山岸 皆さん、皆さん。注目して下さい。

木村 いよいよ明日、上陸という事に決まりました。これから、上陸の諸注意を申し上げます。先ず、第三倉庫でD・D・Tの消毒を受けますと、そのまま一列になって第五倉庫に参ります。ここで皆さんの荷物の検査が行われます。それが済むと第八倉庫に入って昼飯の配給を受けます……。皆さんの中には名前だけ夫婦となって来た方があると思います。その約束も上陸すれば破っても差支えないのです。しかし、本当の博多条約を結び直してもかまいませんが……。

笑い声、おこる。

木村 次に、持って帰れるお金ですが、一人千円までは日本銀行券に替えて持って帰れます。百円以上のお金を持っていない人には一人につき、百円を旅費として差上げます。以上、お間違いのないように。

木村、台から降りると、群衆ざわつき、自然解散となる。

ていも、輪からはなれ、ベンチに坐る。

佐藤 (ていに近づいてきて)ちょっと奥さん。

てい 何か……。

佐藤 奥さんお金はお持ちなんですか?

てい いいえ。

佐藤 そうですか。それは丁度よかった。ちょっとご相談があるんですが。あなた! 四人家族ですね。一人千円だから、四千円持って上陸できる権利があるんです。で、私のお金を代わって四千円持って戴けませんか。そのかわり、お礼として百円、国から奥さんの貰える分として四百円。合計五百円お渡しします。そうすると、あなたも儲かるし私も助かる。いかがでしょうか?

てい それは名案ですね。

佐藤 でしょう?

てい でも私は国から貰える四百円で結構です。人のお金なんか預かりたくありません。

佐藤 じゃあ、お礼を二百円にして、合計六百円。これでどうです。

てい お断りします。四百円で充分故郷まで帰れます。

佐藤 なんて融通の効かないノロマなの。いいわ、もう頼まない。(と、去る)

そこに、岡田、近づいてくる。

岡田 奥さん、いかがですか、つまらないものですが……。(乾パンを一掴み袋の中から出す)

てい けっこうです。

岡田 そういわずに。奥さん、すみませんが私の金を四千円預かってくれませんか。お礼は二百円差し上げます。つまり、あなたが貰うべき四百円と合わせて六百円をお渡しします。

てい そのお話――? それなら、いま八百円で約束しました。

岡田 八百円――。 そうですか。それなら私は千円出しましょう。え、どうです。

てい でも、一度、決めてしまったことですから。

岡田 そうですか――? 仕様がないなあ。別の人、探すか――。(去る)

藤田が近付いてくる。

藤田 奥さん、ちょっと話がありますが……。

てい 話の内容、当てましょうか。四千円預かって下さい。お礼に四百円、あなたが国から貰う四百円と合わせて八百円上げますっていうんでしょう。

藤田 いや、どうも奥さんは頭がいい。実はそうなんです。どうです、しめて千円でいかがです。あなたは六百円、得をする。

てい あなたは三千円得をする。

藤田 奥さんにはかなわないなあ――。どうです、千二百円で。交換の手続きは、僕が全部やりますから。

てい 千円で結構です。どうせ誰かに狙われるんだから、早く決めた方が、うるさくなくていいですわ。

藤田 商談成立――。いやあ、奥さんは運がいい。絶対ですよ。(笑う)

暗転

てい (ナレーション)こうして、九月十二日、ついに博多に上陸をしました。もう大丈夫、もう、少なくとも、敵兵とか、異国の人の恐怖だけは、もうなくなった。少しだけど、お金も手に入った。あとは、汽車にさえ乗れれば、いつかは故郷の長野県迄たどり着く――そう思うと、苦しかった様々な出来事が、はるか遠くへ飛び去っていったかの様でした。

 

スライド

「九月十二日、日本上陸」

ごった返している波止場の風景――。

晴れやかな顔の引揚者達――。

徳島が徳島団の人たちを前に演説をしている。

徳島 苦しい、実に苦しい数ヶ月――。皆様……徳島団の皆様は、たったひとりの落伍者もなく、祖国・日本の土を踏みしめることができました。これも、ひとえに我々の団の結束が固かったからです。宣川にいた十の団のうち、これほど見事な結末が持続できたことを誇りに思います。これから、この団がばらばらになって、国に帰っても、一年余り苦労を共にしたことは一生忘れないで下さい……。私も……私も……。(涙が止まらない)

徳島団拍手。

佐藤 私、今日ほど徳島団の一員であることを誇りに思ったことはないわ。

ヨシ 私も。一人の落伍者も出さなかったなんて、徳島さんのおかげよ。

岡田 今まで、私たち徳島さんのことを誤解してました。

ヨシ 私も、人でなしだと思ってました。自分の団のことしか考えないし、人の団のことなんか見向きもしない――。

佐藤 でも観象台の団みたいな、バラバラになったらもともこうもありませんからね。

岡田 俺達は徳島さんについてこれて運が良かった。ありがとうカッパおやじ。

一同、笑う。

徳島 さあ、昼メシを貰いに行きましょう。

言いながら歩き始める。

 そこに、ていが近づく。

てい すいません。同じ船に乗った、藤田さん、どちらにいらっしゃるかご存じないですか?

ヨシ1 藤田さん――?

佐藤 さあ。

と、ていは藤田を見つける。

てい あっ!

てい、逃げようとする藤田の上衣をつかむ。

てい 藤田さん、とうとう見つかってしまいましたね。

藤田 ああ、奥さん。随分探しましたよ。

てい それで私の姿を見て、逃げようとしたわけね。お金を渡して下さい。

藤田 今ないんです。案内に預けてあるんです。

てい 藤田さん、あなたは日本についた日から悪いことをするんですか。それとも朝鮮にいた時のように気違いの真似をするっていうの?

藤田 (逃げようとする)……。

てい 逃げられるものなら逃げてご覧なさい。私は泥棒! 泥棒! っていって追いかけてやるから。ここは日本ですからね。そら、あそこで引揚事務所の人が見ているでしょう。さあ、逃げられるものなら……。

藤田 そう、わんわん騒がなくてもよいでしょう。実は預かったあなたのお金も私の分も昨日のどさくさで失してしまったんです。

てい まだ、そんな嘘を言っているんですか。

藤田 ほんとなんですよ。ですからねえ奥さん、四百円の、当然あなたの貰うべき分はお返しします。それでまけてくれませんか。

てい あなたのような人と口をきくのはもういやになりました。四百円でけっこうです。

藤田 では、四百円。

 

藤田は百円札を四枚、ていに渡す。

藤田、舌打ちをして去ろうとする。

てい 藤田さん、殺されないようにしなさいね。

藤田 えつ!

てい (銃を背後で突きつける仕草)日本には終戦以来、殺人犯が増えたっていう話ですよ。

藤田は走り去る。

上手より崎山、成田、水島が出てくる。

崎山 とんだえせ学士だわ。(ていに)はい、お弁当ですって。咲子ちゃんの分ももらってあるわ。

てい ありがとう。

水島 むこうの倉庫でまとまって食べるようにって。

崎山 これで別れ別れになるかもしれないけど、いろいろお世話になりました。他人の事は知らないけど、私は藤原さんにとても感謝しているわ。

てい そんな感謝だなんて。私の方こそ何もできなくて……。

崎山 いいえ、一番大変なあなたに副団長の役を押しつけてみんなすまないと思っているのよ。あなたがここまでつれて来てくれたんだわ、ありがとう。

成田 正直言って何もかもあなたのせいにしてうらんだ事もあったわ。でも今、本当に感謝している。ありがとう。

てい そんな、そんな(泣きくずれる)

手をさしのべる崎山。

お互い、抱き合う。

成田 みんな、いつまでも元気でいようね。

崎山 (成田の手をとり)私達は殺されたって、死ぬものか。

水島 まあ。

 一同笑い。

崎山 そうそう、お腹すいちゃった。向こうでごはん食べましょうよ。

成田 そうね。

 崎山たちは去る。

ていはたたずんでいる。

東田が近づいてくる。

東田 藤原さん、私もこれで本当は咲子ちゃんと一緒に長野までいってあげられればいいんだけど、これ以上咲子ちゃんを抱いていると返したくなっちゃうから。はい、咲子ちゃんお返しするわ。

 東田は、咲子をていに抱かせて行きかける。

てい 東田さん、あなたには何とお礼を言ったらいいのか…

東田 それは違うのよ。私はいくら腹違いだからといっても自分の子供を殺した女。藤原さんを助けでもしなかったら、私はきっとどこかでやけになって自殺をしていたでしょう。咲子ちゃんを抱いて歩いたのは、自分の為だったの。あなたにお礼を言われる筋あいではないの。これからは私も一人。お互いにしっかりしなくちゃ、ね。(泣いている)

てい ありがとう。(東田の手を握る)

暗転

てい (ナレーション)私たちは引揚列車に乗り、郷里・諏訪に向かいました。博多から門司、糸崎、岡山、名古屋、塩尻……。少しずつ諏訪に近づいてくる。汽車が岡山を通過すると、車窓に諏訪湖が一杯に見える。私は水筒の残りの水をぼろぼろの手拭いにしめして、背中から下ろした咲子の顔を拭いてやりました。

 

スライド

「上諏訪、到着」

闇の中で、「上諏訪、上諏訪」という駅員の声――。

灯りが入ると「引揚休憩所」という木札が見える。

てい さあ、ついた。ここがおじいちゃんとおばあちゃんのいる上諏訪と言う所だよ。

正広 もう歩かなくていいの?

てい そうとも、もう絶対歩くもんか。さあ、おいで。坐れ、坐れ! もうすぐ誰かむかえに来る。電話をかけておいたからな。さあ、正彦ちゃん、随分汚いな。綺麗にしましょうね。ハイ、きれいになった。――正広ちゃん、随分お母さんはあなたを叱ったわね。ごめんなさいね、もう決して叱らないからね。おじいちゃん、おばあちゃんの処へいったら、たくさんご飯を食べて、早く立派な身体になって頂戴。

ていの両親が出てくる。

母 まあ、てい子。よかった。無事でよかった。

てい 母さん――!

父 おう、てい子! 無事で。よかった、本当によかった。

てい お父さんも元気そうね。

父 ああ、まだ生きとる。

てい 孝平や良平、れい子は――?

母 孝平も無事に南方から帰ってきたよ。

父 良平は東京の大学、れい子は女学校にいってる。

てい みんな無事なのね。よかった。

母 てい子、痩せたね。小さくなった。

父 よく頑張った。ご苦労様でした。

母 本当にご苦労様でした。

父 正広、正彦、咲子。お前達も、偉かった。

母 よく帰ってきたくれた。

てい この子(正彦)、すぐにでもお医者様に見せたいの。いつ死んでもおかしくない状態なのに、生きていてくれてるの。

父 よし、すぐ病院につれていってやる。諏訪にはいい医者がいっぱいいるから、もう大丈夫だ。

てい もういいんだね。もう、いいんだね。

父 しっかりしろ、てい子。

母 てい子、しっかりするんだよ。

てい これでいいんだ。もう、死んでもいいんだ。

父 てい子!

母 てい子!

てい もうこれ以上は生きられない――。(倒れる)

父 てい――。

母 てい――。

暗転

 

エピローグ

三菜 その、ていさんが、おばあちゃんですか。

てい はい。

三菜 私の何倍も苦労なさったんですね。

てい 私は帰ってから長い間、病気で寝ていました。死と隣り合わせの日々で、子供三人に遺書を書きました。その遺書の内容は、いまあなたに話したようなことです。子供たちが人生の岐路に立った時、また、苦しみのどん底に落ちた時、お前たちのお母さんは、苦難の中を、歯をくいしばって生きたのだと、教えてやりたかったんです。

三菜 お子さんたちは、その後、どうなったんですか?

てい 長男の正広は自動車メーカーに勤めています。次男の正彦は大学で数学の先生。咲子は結婚して二児の母になっています。

三菜 そう……。

てい 死ぬより苦しいこともあったけど、私の人生を振り返ってみると、生きていて良かったなあって、心から、思うんですよ。

三菜 そうですか。

と、そこに実が帰ってくる。

実 お母さん――。

三菜 実……。

実 僕、一人で遊ぶの飽きちゃったよ。遊ぼう……?

三菜 うん、遊ぼう。お母さん一生懸命に実と遊ぶよ。さっきはごめんね。しかったりして。お母さん、馬鹿だったわ。

実 お母さん、バカじゃないよ。おりこうだよ。

三菜 どうもありがとう。考えたって仕様がない。アババババ。(変な顔を作り、み実に見せる)三菜、変な顔できる?

実 うん。(変な顔を作り)アババババ。

三菜 よし、あそこのラムネ屋さんまで競争だ。お母さん、一生懸命走るから、実もちゃんとついて来るんだよ。

実 うん。

三菜 (ていに)どうもありがとうございました。またお会いできますかしら。

てい そうね、きっと……。

三菜 (実に)よーい、どん!(走って去る)

 下そでより声。三菜「ほらおそいぞ実」。実「まって、まって――」

 てい、見送る。

 夕日が真っ赤だ。

 出航する貨物船でもあるのか、汽笛が三つ、夕空に鳴り響いた。

 幕