翼(つばさ)

作・さい ふうめい

 

 

登場人物

ミスター樋口(二六)……腹話術師

円谷 三郎(二八)………ジョナサン・プロの企画マン

水田 晶子(二七)………スミレ荘の管理人

古賀 清子(二二)………樋口の弟子

駿河台四郎(二二)………四浪の受験生

吉本 浩二(三〇)………円谷の先輩

松田三四郎(二六)………円谷の後輩

円谷 京子(二四)………円谷の妹

泰子(二七)………………円谷の恋人

 

 

 

場所――世田谷区成城学園。ジョナサン・プロの近くにあるアパート『スミレ荘』

時――昭和四十一年(一九六六年)、夏

どこにでもあるような原っぱ。

腹話術師・ミスター樋口は、マンホールに腰かけて人形(たっくんちゃん)を抱いている。

その前では、一人の少女が地面に腰をおろし、腹話術に聞き入っている。

樋口 ほうらたっくん。目を醒まして。始まるよ。

たっくん (声はもちろん樋口がやる)うん? もう始まるの?

樋口 そうだよ。ほら、満員のお客さまにご挨拶しなきゃ。

たっくん (見渡して)満員? どこに?

樋口 ほら、満員じゃないか。

たっくん ひとり?

樋口 そう。一人だって満員は満員さ。

たっくん さみしいね。

樋口 さみしくなんかあるもんか。(少女に)ねえ。

少女 うん。

樋口 そうだ。今日は宮沢賢治の「双子の星」という話を聞かせてあげよう。

たっくん 双子の星? なにそれ。

樋口 見上げてごらん。

たっくん (見上げる)……。

樋口 天の川の西の岸に、すぎなの胞子みたいに小さな二つの星があるだろう?

たっくん あの、青いやつ?

樋口 そう。あれがチュンセ童子とポウセ童子という双子の星が住んでいるのお宮なんだ。

たっくん 小さいね。

樋口 双子の星は毎晩時間が来ると、まっすぐ向かい合って銀の笛を吹くのが仕事なんだ。

たっくん へんな仕事だね。

樋口 二人はその仕事が大好きなんだな。ある日、野原の井戸に遊びに行くんだけど、大烏とサソリのたっくんかを仲裁して、笛を吹く時間に遅れちゃうんだ。

たっくん あっ。約束を破って、いけない奴。

樋口 そして、またある雨の晩、ほうき星にのって旅に出るんだけど、意地悪なほうき星から海に振り落とされてしまうんだ。

たっくん (心配そうに)死んじゃったの?

樋口 海に落ちた星はヒトデになっちゃうんだ。ところが二人はほかのヒトデにいじめられちゃう。

たっくん どうして?

樋口 チュンセもポウセもまだ自分のことを星だと思っていたからさ。ほかのヒトデは二人をこうやっていじめた。「こら、洋服をよこせ」「もっと小さくなれ」「おれの靴を拭け」。

たっくん ひどい。

樋口 あげくの果てにくじらに食べられそうになった。

たっくん ほかのヒトデは?

樋口 みんな二人をおいて逃げちゃった。

たっくん ひどい。

樋口 ところが絶体絶命の時に、海の神様が助けてくれたんだ。

たっくん どうして神様は助けたの?

樋口 二人が危険を冒してサソリを助けたことを知ってたんだな。やがて竜巻に乗って空にもどると、チュンセとポウセは美しい笛を吹き続けたんだって。

たっくん また?

樋口 二人は笛を吹くのが大好きなんだな。

たっくん ふーん……。(見上げる)

樋口 ほうら、見てごらん。天の川の西の岸にある二つの青い空を――。

たっくん 仲がいいんだね。

樋口 そう。とても仲がいいんだ。

たっくん どうして仲がいいの?

樋口 よし。教えてあげよう。

たっくん ……?

暗転

 

スミレ荘の談話室。

日本全体が高度成長のまっただ中にあるというのに、スミレ荘は十年一日のごとく発展しないボロアパートである。

場所は世田谷区成城。回りには畑がたくさん残っており、近くには映画の撮影所や特撮物専門の「ジョナサン・プロ」などもある。

夏だから、セミの声もかまびすしい。

ここに円谷(えんたに)三郎が、入居したい、と現れる。貧相な服、ボロトランクが印象的だ。

案内するのは水田晶子。スミレ荘の管理人である。

晶子 本当にいいの? こんなボロアパートに入ったが最後、抜け出せなくなっちゃうわよ。(とても明るい性格で、楽しそうに言う)

円谷 まるで住んでもらいたくないみたいじゃないですか。あなた、本当に管理人なんですか?

晶子 そうよ。あっ!(円谷の足元を指し)そこ。

円谷 (びっくりして、立ち退く)わっ!

晶子 そこは木が腐ってるから気を付けてね。踏み抜いたら抜け出せなくなっちゃうわよ。

円谷 じゃあ、せめて目印でも……。

晶子 いつもはバケツが置いてあるんだけど、誰か蹴っ飛ばしたのよ。ガーン(蹴る真似)とやると、スーッとするじゃない。ストレス解消法よ。

円谷 楽しそうですね。

晶子 ほら、窓カラスもほとんど残ってないでしょ?

見渡すと、ガラスはほとんど割れている。

円谷 あれもストレス解消法ですか。

晶子 そう、ねっ、ここに住むの考え直した方がいいんじゃない?

円谷 でも、夏は風通しがいい方が過ごしやすいし――。

晶子 ――冬は悲惨よ。

円谷 寒い時は気を張ってればいいんです。なまじっか暖かい部屋に住んでるから油断して風邪をひいちゃうんです。

晶子 円谷さんでしたっけ。

円谷 ええ、円谷三郎です。

晶子 円谷さんねぇ――。このスミレ荘のどこかに、あっ、住んでみたいな、って気持ちが芽が吹きそうな感じある?

円谷 ないですね。戦後すぐの安普請だし、廊下は腐ってるし、窓ガラスはないし、玄関にはネズミの死骸が五つもころがってるし。

晶子 それはタマのしわざで、いつものことじゃないわ。タマタマ――。

と、そこに駿河台四郎が走り込んできた。スミレ荘の十人である。

祭りのハッピ(背中には「愛」と染め抜かれている)を着て、手にはいつも飛行機のおもちゃを持っている。

四郎 (晶子に)あっ、管理人さん。すごい発見です。「YS11」って飛行機があるでしょ? あれは輸送機設計委員会の略なんです。(円谷に)飛行機を委員会で作ってもいいんかい?(と言って、去る)

円谷 (晶子に)一年中、お祭りをやってる人もいますね。

晶子 あの子は飛行機キチガイの駿河台四郎君。大学を落ち続けてすでに四浪。みんなはスベリ台君って呼んでるわ。ねっ、ひどいアパートでしょ?

円谷 ほかにも欠点をあげだらキリがありませんね。

晶子 管理人の態度は悪いし――。

円谷 あっ、言いにくいことを言いますね。

晶子 本当にそうでしょ?

円谷 そりゃそうですけど、ぼくは言いたい気持ちを、ニンニクを食べたあとのゲップみたいに、グッとこらえてたんですよ。

晶子 言いたいことは言ってごらんよ。スーッとして気持ちいいわよ。

円谷 (ひとりごとのように)管理人の態度は悪いし――。

晶子 気持ちいいでしょ? どうしてこんなアパートに住もうって思ったの?

円谷 家賃が安いでしょ。不動産屋が言ってました。この十年で家賃が上がってないアパート、ここだけだって。

晶子 これで家賃上げられると思う?

円谷 馬が木登りする時代になっても無理ですね。

晶子 家賃が安ければ、あとはどうでもいいの?

円谷 今はとにかくそうなんです。

晶子 (あっけらかんと)貧乏なんですね。

円谷 うわっ!(傷ついたなあ、という仕草)氷のが刺さりましたよ。まいったなあ。

晶子 金持ちに氷の刃が刺さると笑えるけど、貧乏人に氷の刃が刺さると悲しいのよね。

円谷 キツッ! 初対面でなんですけど、あなたは首つり人の足を引っぱる性格だって言われませんか?

晶子 そんな――。私だって溺れてる人を見かけたら、ちゃんとワラを投げますよ。

円谷 (あきれて)いい性格ですね。

晶子 でしょう? 私のこと、博愛主義者っていう人が多いのよ。日本のヘレン・ケラーだって――。

円谷 おれ、あなたが溺れたら、何を投げるか決めました。

晶子 ワラなんか駄目よ。

円谷 サジ投げてあげますよ。バーベルみたいにでかいサジ。つかまったら、ブクブクブク……。

晶子 ユーモアあるのね。で、職業は? スミレ荘に住もうってんだから、どうせ人生投げてるんでしょ?

円谷 (胸を張り)そこのジョナサン・プロに勤めています。

晶子 そこのって――、特撮物専門のテレビのプロダクションでしょ?

円谷 いま、子供たちの目をテレビに釘づけにしている「ウルトラ・スリー」を作ってます。

晶子 この近所じゃ、有名よ。

円谷 知ってるんですか? 視聴率三〇%の評判を。

晶子 特撮は、テレビ局からもらう予算より、制作費の方が高くつくんだってね。会社つぶれそうだって。

円谷 なんでそんなことが有名なんですか!(気を取り直して)まあ、いいか。ぼくはそこの企画マンです。

晶子 ジョナサン・プロってのは企画マンがマヌケな企画を出して、一回ボツになると基本給が千円下がるんだってね。

円谷 ものすごい情報収集力ですね。

晶子 で、何回ボツになったの?

円谷 ……大体、二〇回ぐらいです。

晶子 ――もうそろそろ赤字になる頃ね。だったら、うちしかないわよね。

と、そこにミスター樋口が現れる。

芸人風の派手な格好。

樋口は長嶋茂雄の信奉者である。

樋口 暑いなあ。(と二人に気付き)暑いですねえ。(晶子に)やったね。ついに恋人ゲット?

晶子 あっ、紹介するわね。新しい入居者で円谷三郎さん。樋口さんのお向かいに入るから――。

樋口 (円谷に)ここに入るとなると、いわゆるファイアー・カーとでもいいますか――、火の車なんでしょ?

晶子 (円谷に)この人は樋口さん。ミスター樋口って、腹話術をやってる人。

樋口 私はヒラメキでやるタイプの人形使いですから、ワイルド・アンコ・プラス・ワン・パイの男と呼んで下さい。

円谷 (意味がわからない)……。

晶子 あれ? わからない?

樋口 麻雀で同じパイが三つあるとアンコ。もう一枚くると――。

晶子 カン。

樋口 ワイルド・アンコ・プラス・ワン・パイ、イコール、野性のカンね。俺ミスターだから。

晶子 まともな日本語が使えないところも、彼のヒラメキのうちよ。

樋口 (人形はないが、人形の真似で)そこまで言われると、おれ、照れるなあ。

晶子 彼はいま、誤解の上にアグラをかいて照れてるの。

樋口 で、この人は何をする人なの?

円谷 そこのジョナサン・プロの――。

樋口 あっ、怪獣物の――。ゴジラとかラドンとかアンギラスを作ってる。ああいうのは怖いからいやだなあ。もっと可愛いいのできない? 今年のお正月映画に「怪獣大戦争」ってあったでしょ? あの中でゴジラがシェーッてやったんだけど、ああいうのが好きだなあ。

円谷 そうですか? 実はあのシーンは、ぼくのアイデアなんです。(「シェ―」の格好をする)会社では批難ごうごうだったんだけど――。そうか、ファンがいたか。燃えてきたぞ。(樋口に)実は今、ウルトラ・スリーにかわる新しい企画を練ってるんです。今週中に固めなくちゃならないんですよね。

晶子 (まずい、という顔)……。

樋口 (カチンときて)なに、それ! 兄さん、いまこのおれの前でテレビの話しなかった?

晶子 (円谷に)あの、樋口さんの前では、テレビは禁句なのよ。

円谷 どうしてですか? テレビは新しい時代の寵児です。これからの時代はテレビを中心に回るといってもいいくらいです。

晶子 だから、それが駄目なのよ。

樋口 テレビなんてものは、あれでしょ? スポンサーは出したくもない金を出し、製作者は作りたくもない番組を作り、タレントはやりたくもないことをやり、視聴者は見たくもないものを見るって――、そういうやつでしょ?

円谷 確かにそういうのもあるけど、いい番組だってあります。

樋口 テレビで特撮のびっくりするような映像見てる子供が、腹話術をどう思うかね。

円谷 どうって――。

樋口 子供に、子供だましって言われちゃったよ。学校回りの仕事も減ったし――、やるとこがどんどんなくなるの、どうしてだろう?

円谷 それは、これからテレビの時代が来るからですよ。一昨年の東京オリンピックの開会式を見たでしょう? 視聴率が九五%を超えました。

樋口 おれが五%のうちの一人だよ。

円谷 いま、ぼくたちが作ってるウルトラ・スリーだって、日本中の子供たちが知ってる。

樋口 おれは大人だから知らないな。

円谷 それにやがてカラー放送だ。

樋口 どんどん良くなるホッケの太鼓だな。

円谷 時代は変わってるんだよ。

樋口 でも、おれは変わってないんだぞ! 俺にどうしろっていうんだ!

そこに、ミスター樋口に弟子入りを希望している古賀清子が現れる。

手には腹話術の人形を持っている。

清子 あっ、ミスター居た。私、うまくなったよ。ビッグマロンしないでね。「(人形を動かしつつ)ビッグマロンてなあに?」大きい栗でびっくり。「(人形で)じゃあ小さい栗は?」こっくりさんですよ。(樋口に)どう? すごい上達ぶりでしょう。

樋口 (あまりの下手さにあきれて)おれ、がっくり。

晶子 (円谷に)あの子は清子ちゃん。樋口さんに弟子入りしたくて九州から出てきたんだけど、認めてもらえないのよね。

円谷 どうしてここに居るんですか?

晶子 部屋が空いてたから、そのまま居ついちゃったのよね。

清子 (樋口に)どうして弟子にしてくれないんですか?

樋口 清子ちゃんの腹話術は、ノット・ホワイト・テール――。尾も白くないんだな。

清子 教えてくれたらスピッツになれますよ。――尾も白い。

樋口 駄目だね。おれはヒラメキでやるタイプだから教えることがなんにもないんだよ。

清子 だったらヒントだけでも。

樋口 だめ。ないもん。

清子 じゃあ、コツ。

樋口 ――おんなじじゃないか。

清子 ならばいっそのこと、全てすっ飛ばして免許皆伝のお免状をいただきとう存じます。

樋口 腹話術師になったってねえ、苦労とがっかりの連続なんだよ。

清子 私の場合、頭も悪いし、美人じゃないし、背も低いから、これ以上がっかりする心配はないと思います。

円谷 (出てきて)すごいねえ、君。少女漫画の主人公の三要素、全部揃ってるじゃないか。バカでブスでチビときたら、あとは王子様との出会いを待つばかりだね。(と、失礼なことを言ったことに気付き、清子に謝る)……ごめん。

清子 (怒っている)この人、だれ?

円谷 ……ジョナサン・プロに勤めています。

清子 もう、私、ウルトラ・スリー見るのやめようかな。

晶子 清子ちゃん、そんなこと言わないで。円谷さんは今日からスミレ荘の住人なんだから。

清子 えっ! この人といっしょに住むの? 私、やだーっ!

円谷 円谷です。

清子 円谷さんねえ。ご近所だから笑顔でつき合いますけど、それは偽りの微笑ですからね。憶えといてよね。(と悪びれる)

晶子 (その場をとりなして)さっ、お部屋を教えてあげなくちゃね。(と、円谷のトランクを持とうとする)重いわねえ。何が入ってるの?

円谷 これにはね、日本中の子供の夢が詰まってるんです。

暗転

 

その日の夜。

円谷の部屋。中央に食卓。円谷の歓迎パーティを始めるところ。

円谷、晶子、清子、四郎、樋口の五人がいる。

にぎやかな音楽。

円谷 いやあ、すいませんねえ。歓迎パーティまでやってもらって。

四郎 じゃあ、お近づきのしるしに――。(とグラスを合わせる)

全員 乾杯!

樋口だけは、すねている様子だ。

円谷 おれ、アパート替って、こんなもてなしうけたのは初めてですよ。

清子 みんな暇なんだもん、いいわよ。

四郎 ねえ。

円谷 晶子さんが、ささやかな会を催しますって言うから、どんな会になるのか期待しちゃいました。

晶子 本当にささやかでしょ?

円谷 見るも無残にささやかですね。この食卓、全然、金かかってないですよね。

清子 (明るく)そう、形だけ。

四郎 (さらに明るく)気分で盛り上げちゃうの。ねえ。

円谷 メニューに「野菜の活造り」ってあったのは、これでしょ?

野菜が生のままころがっている。

晶子 おいしそうでしょ。素材の形を活かしてあるから。

円谷 活造り過ぎですよ。

四郎 (野菜を指さし)管理人さん。ここ、まだ土がついてますよ。

晶子 少しぐらい我慢してよ。畑にしのび込めるのは夜しかないんだから。

円谷 あと、この「糸造り」ね。糸造りって言われたら、普通はイカやタイを期待しますよね。

晶子 うちで糸造りって言ったら冷麦よ。

円谷 冷麦って言ってくれたら期待しなかったのに――。

晶子 よく見て。糸造りって言うための工夫がされてんだから。

清子 普通は二、三分しかゆでないけど、これは三十分ゆでてあんの。

円谷 (一本つまみ)ふやけてイカの太さになってますね。

清子 これを切れないように食べるのがコツなのよね。

円谷 離乳食みたいで、まずくないですか?

晶子 人生楽しむことを知らないんだから。

円谷 (まだ冷麦にこだわって)いくらなんでも三十分はなあ――。

四郎 管理人さんはアボウトだから。

円谷 アボウト?

四郎 アボウト、知らない? 適当って意味の。

円谷 それは、アバウトだろ。

四郎 そう、アバウトとも言うんですよ。ハハハハ。

円谷 スベリ台君、どこ受験するの?

四郎 ぼくは東大一本ですよ。

円谷 (びっくりし)この辺でビッグマロンがスキップしてますね。(と麺を落とす)

晶子 (上手につまんで)樋口さんは、これ食べんのうまいよ。

四郎 そう、切れないんだよね。

樋口 おれはね、つかみどころがいいの。じゃあ、先ず、冷麦流しで遊ぶか。

住人は、音楽に合わせ、隣の人のツユにつけて、楽しそうに冷麦を食べる。

樋口 次は、冷麦返しね。

今度は逆の人のツユをつける。

円谷は、流れに乗れず、困惑している。

樋口 しかしなんだね。ちゃんと働いてんのに給料が目減りするってのは、悲しいね。

翼  (幕前十二ページ)

円谷の部屋に、吉本と松田が威勢よく入ってくる。

吉本 いやあ、君の企画書は、いつ読んでも趣味と実益を兼ね備えているねえ。

松田 そうですか? そう言っていただけると光栄です。

吉本 この「ガマクジラ」は真珠を食べるってのがいいねえ。

松田 いいでしょう? これが実現すれば、真珠屋さんとコネができます。運が良ければ、一個ぐらいもらえるかもしれません。

吉本 実は、女房に真珠をねだられてるんだよ。

松田 いいタイミングじゃないですか。

吉本 ガマクジラがうまくいけば、うちの女房も「金・銀・パール、プレゼント」の「ブルーダイヤ」を買わなくてすむぞ。

松田 どうです、ぼくの才能。

吉本 非凡だね――。非凡なことは非凡だが、決していい企画マンじゃないな。

松田 そんな――。ぼくだって、すばらしい企画マンになることを決心したことがあるんです。

吉本 それは初耳だな。

松田 でも、決心を変える方が簡単だったもんですから――。

吉本 いやぁ、三四郎君。君は人生の基本がわかってるよ。

松田 でしょう?

吉本 だから、君の背中はいつも泣いているのか。

松田 ――これ は猫背だからです。

吉本 ――しかし、会社の将来がかかっている時だからなあ。円谷君にも頑張ってもらわないと――。

松田 そうですねえ。

吉本 今度、企画を外したら、席を窓際に移されてしまうだろうなあ――。

松田 悲惨ですよ。NHKの制作に、三年間干された人がいるんですが、机の上に水槽を置いて、金魚を飼い続けたそうです。

吉本 ぼくも聞いたよ。三年間、金魚に餌を与えるだけのために無遅刻、無欠勤で通したんだってね。

そこに、円谷と樋口が出てくる。

円谷 いやぁ、先輩、どうです? 今度の企画はバッチリでしょう。(樋口を指し)ミスターに手伝ってもらいました。――日本中の子供がテレビに張りつきますよ。

吉本 そう思うかね――? 性格はいいんだから、頭も使ってくれよな。

円谷 えっ……、駄目ですか?

吉本 この中には、膨大な量のぬいぐるみやミニチュア・セットが出てくるよね。

円谷 ええ――。

吉本 しかも「精巧なものを」と指定がある。君の絵はまるで細密画だぞ。

円谷 そうじゃないと、子供の心を捉えることはできません。

吉本 一体、どれだけの人と予算がかかると思ってるんだ? 毎週のことなんだぞ。

円谷 でも、少しでも面白いものを、と――。

吉本 君は、ステイツの事情にくわしいのかね――?

樋口 ステイツ?

吉本 ユナイテッド・ステイツだよ。彼の国では、いま、コンピュータの研究が盛んだ。やがて、コンピュータ・グラフィックスが一世を風靡するだろう。――SFXが発達するぞ。――いま、ぬいぐるみやミニチュアに心血を注いでも、将来の役に立たんのだよ。先を見る目を持ちたまえ。

円谷 SFXのことは、ぼくも知っています。でも、次元を平面に限ってしまうと、物に対するこだわりが薄れてしまうと思うんです。

松田 でも、ミニチュアは、いちいち作ってこわすんですよ。プログラマーがやれば似たような効果を低予算であげることができる。――時代は、どっちを選ぶでしょうかね。

円谷 ――ぼくたちは子供の頃、いろんなものを手で触って確かめましたよね。そこから「物フェチ」が生まれました。――物に対する慈しみです。でも、今の子供はテレビが中心の生活をしてますよね。

吉本 どうせ、テレビは平面だからいいじゃないか。

円谷 だからこそ、奥行きのあるものを、作ってあげたいんです。それに、コンピュータと合成だけでは味気ないものになってしまいます。どんな腕ききのビデオ・エンジニアがいても、それを支えるミニチュアやぬいぐるみがちゃちでは、感動的なものはできないんです。

松田 だけど、二三分の番組のために一五〇〇万円も出すスポンサーはいませんよ。

円谷 だから、それは将来への投資だよ。――たとえば、二〇年後アメリカでSFXの映画を撮るとするよね。――タイトルは、仮に「E.T.」としよう。

松田 また、E.T.ですか――? 何度も聞きました。監督の名前を、仮にスティーブン・スピルバーグとするんですね?

円谷 そうだよ。そのSFXの技術が満載されてる映画でも、勝負の分かれ目はぬいぐるみワークなんだ。新しい生命体が主人公なんだが、それが精巧で可愛らしくないと成り立たないんだよ。

吉本 わかった、わかった。仮に「スター・ウォース」という映画ができて、監督の名前をジョージ・ルーカスとするものがあっても――。

松田 本物そっくりのC3POというロボットが出てこなきゃ全てのドラマが茶番になっちゃう、って言うんでしょう?

円谷 良くわかってるじゃないか。

松田 何十回も聞いてますからね。

円谷 だから先輩、予算をもう一回検討してもらえませんか。

吉本 わかったよ。もう一回かけ合ってみるよ。――多分、無駄だと思うけど。

円谷 そんなこと言わずに。

樋口 おれからも……、頼みますよ。

吉本 あと、内容だけども――。

円谷 どうです、そのネーミング。少年の心を捉えて離さないと思いませんか?

松田 ウルトラマン――、ねえ。

円谷 ミスターのアイデアです。

樋口 ヒントはあったけどな。

円谷 変身する時のかけ声も完璧だと思います。

吉本 (企画書を読む)「シュワッチ――」

円谷 ミスターのアイデアです。

樋口 ヒントはあったけどな。

松田 一ついいですか? この企画最大の欠点は、ウルトラマンが、翼もないのに何故空を飛ぶか、ですよ。

樋口 翼なんか生えたら、これからの時代、子供が「いいなあ」と素直に感動できるスマートなヒーローにならないんだよ。

円谷 (割って)なんとなく飛ぶってのは駄目ですか?

松田 駄目に決まっているだろう。

吉本 君ねえ、おれの前に立ちはだかってるのは、局の石頭だよ。更にその向こうには代理店の鉄頭。加えて、もう一枚先には、スポンサーのダイヤモンド頭が鎮座していらっしゃるんだ。

松田 その方々はことごとく右手にツマヨウジ、左手にアイスピックを持って、重箱の隅が来るのを待ち構えてるんですからね。

吉本 なんとなく飛ぶっていうけど、なんとなくですむのは、このスミレ荘だけだよ。一般社会はそうはいかないんだ。(松田に)そうだよな、三四郎君。

松田 そうです。

と、そこに四郎が飛行機を持ち、入ってくる。

四郎 ブーン。着陸。キキキキキーッ。

樋口 スベリ台君はいつも飛んでるなあ。

四郎 おかげ様で、いつも暇ですから。

円谷 ねえ、スベリ台君。飛行機ってのは、どうして飛ぶんだろう?

四郎 これはね怠け者だから飛ぶんですよ?

樋口 ――なんだ、そりゃ。(と、拍子抜けする)

四郎 飛行機が飛ぶのは、生物の進化と関係があるんです。――生物はね、いつも重圧から逃れようとして、進化したフシがあるんです。魚は水の重圧から逃れるために陸に上がり、ハ虫類は大気の重圧から逃れるために、空に舞い上がったんです。――人間はね、万有引力の重圧から逃れるために、飛行機を作ったんですね。

円谷 君は、受験勉強はアボウトだけど、そういうことなら天才だな。――重圧から逃れるため、か――。

樋口 そうだよ。ウルトラマンは翼なんかなくったって飛ぶんだよ。外側の見える翼がなくたって、内側の見えない翼で飛ぶんだ。(吉本に)そうだろ! そうだと思わないか。

円谷 先輩。

吉本 わかった。予算の件と、ヒーローには翼を付けないという件、絶対に譲れないことを局とスポンサーを説得してみよう。

松田 先輩。

吉本 円谷。俺も昔はいい企画マンになろうと決心したことがあった。お前は決心を変えるなよ。

円谷 ……。

松田 円谷さん、ひとつ訊いてもいいですか?

円谷 なんだい?

松田 このウルトラマンは、怪獣をやっつけたあと、どうしていちいち帰っちゃうんですか?

吉本 それはおれも変だと思っていたんだ。(円谷に)どうして、宇宙にいちいち帰るんだい?

円谷 これもなんとなく。

松田 円谷さん、映画の「シェーン」を見ていますよね? 「シェーン、カム・バック・シェーン」――子供たちはヒーローとの別れを悲しむんじゃないですか? 毎週毎週、悲しい別れで締めくくることになりませんか?

樋口 まずい……。そうだよ。

吉本 (円谷に)いいのか。このウルトラマンは何がなんでも、外すわけにはいかないんだ。へんてこりんなヒーローだって、視聴者にあざ笑われて、すぐ打ち切りなんていうことは許されんのだ。肝に銘じてくれ。(去る)

松田 頼みますよ。局にどう突っ込まれても、跳ね返せる理論はいるんです。我々には。(後を追う)

円谷 ……。

樋口 ウルトラマンに羽を生やさなくてよくなったんだから――。

円谷 ……。

樋口はたっくんを手にする。

たっくん 大人はなんでも理屈なんだよな。おれがわからないのは、どうしてあんなに理屈がいるのかってことなんだよ。相手は子供だろ? 子供のうち半分はあやまちでできるんだぜ。あやまちに理屈がいるか――?

樋口 だけど、それをつくってるのは大人なんだ。(分別のあるように)あやまちにも理屈はいるのさ。

たっくん おれはね、腹話術がなんで子供の心を捉えたのか考えてみたんだよ。腹話術のルーツはピエロなんだが――、ピエロってのは芸達者で物知りだよね。だけど、マヌケなんだ。――マヌケなところがいいんだな。マヌケに理屈なんかないだろう? ――だったら、ヒーローは理論なんか抜けてたっていいと思うんだよな。

樋口 そうか――。そうだよな。ほかのところは完璧でも、肝心なところに大穴が開いてるって、しぶいぜ。相手は重箱の隅しか見てないって言うじゃないか。大らかに行こうじゃないか。なあ。

たっくん そうだよ。

                                          暗転

スミレ荘近くの公園である。

夕暮れ――。

円谷が立っている。

誰かを待っている様子。何度も腕時計を見ている。

泰子が現れる。

円谷 遂に決まったよ。ウルトラマンの放映。

泰子 そう。よかった。

円谷 ラスト・シーンのアイデアで、まだ一箇所だけ迷っているところがあるんだけど。

泰子 きっと上手くいくわ。

円谷 行かさなきゃ。

泰子 実は……私も決まったの。

円谷 えっ?

泰子 縁談。九月に式を挙げるの。

円谷 (驚いて言葉がない)……来月。随分、急だね。

泰子 むこうが急いでたの。選挙が近いからって。

泰子の結婚話は進んでいたのだ。

円谷 去年の九月って、何してたっけ――。

泰子 丹沢にのぼった――。

円谷 あれが、九月か……。

泰子 リンドウ……、きれいだったね。

円谷 うん――、きれいだった。

泰子は青、つまりリンドウの色の服を着ている。

円谷 おれ、あの時初めてリンドウをあんなに間近に見たよ。

泰子 夜が――、ながくてね。

円谷 ――そうだっけ。

泰子 星を見ながら話したじゃない。

円谷 ――そうか。(うつむいている)

泰子 (見上げて)――星を見ようよ。星はちっぽけな自分を忘れさせてくれる――。

円谷 (見上げて)……そうだね。俺たちは向き合おうとしていたのかもしれない。――向き合っても駄目なんだよ。二人で同じ方向をむいてないと――。

泰子 うん――。私サブちゃんと向き合いたかったんだと思う。きっとそう。……私、サブちゃんとずっと一緒にいたかった。デートのあとサブちゃんが私の家まで送ってくれて――。「さよなら。おやすみなさい」っていうのが辛かった。少しでも離れているのが耐えられなかった。でも、一晩寝ると、次に会える日が、待ち遠しくて、楽しみで楽しみで――。離れている時間は辛いけど、一度離れないと、また出会えないんだなって――。そんなことを思ったことがある。

円谷 ……また、出会えるさ。

泰子 ……人は出会うために別れるのかもしれないね。ごめんなさい。嘘ついて。

円谷 悪いのは俺だから。お幸せに。

泰子 企画、きっとうまくいく。

円谷 ……うん。

遠くで、汽車の通る音がする。それは円谷の心の中を走る汽車だ。

気が付くと、静かに、「新世界」が流れている。

暗転

同じ公園のベンチ。

夜――。

樋口がたっくんを相手に話している。

たっくん ねえ、ミスター。円谷さんは、怪獣を倒した後、ウルトラマンがいちいち宇宙に帰る設定にしたんだよね。

樋口 その方がいいんだって。局の偉い人は、何故だ、理由をいえ、といってきたんだが、「野生の勘」だって言い張ったらしいぜ。野生の勘って言ったら、おれの専売特許じゃねえか。なあ。

たっくん 僕、シェーンって映画好きなんだよね。毎週悲しい別れで締めくくることにならないかな。

樋口 賭けだよ。悲しい別れになるか。出会いを求める希望になるか。どう転ぶか、賭けなんだ。

たっくん 翼のないことといい、ラストシーンといい、賭けばっかりだな。

樋口 ああ。理屈じゃないからな。

二ヵ月後――。

新企画「ウルトラマン」がテレビで放送される当日のことである。

スミレ荘の談話室。

四郎、松田、吉本の三人がワインをテーブルに並べている。

最後の晩餐のような雰囲気。

四郎は、ものすごいいい服を着て、首に何本もネクタイを巻きつけている。

松田 ……いよいよ今日ですね。ウルトラマンの第一回放映――。

吉本 最後の晩餐になる。せめて高いワインを買おうとデパートにいったのが間違いの元だった。(四郎を見る)

松田 君が声を掛けるデパートガール、デパートガール、端から君になびいて来るんだな。

四郎 母性本能端からくすぐっちゃてすみません。

松田 普通一日で、そんなにたくさん貢がれることないぜ。

吉本 スベリ台君――、君は女を見ると、ガラッと人格が変わるんだね。

四郎 そうですか?

吉本 受験勉強をしている時は、宿酔のバッタみたいにフヌケなのに、女の前じゃあ、百獣の王の風格があるよ。

四郎 それは当然ですよ。勉強ができても人生は変わりませんけど、女には生活がかかってますから。

吉本 スベリ台君、君は奥が深い。一見、バカのように見えても、基本はちゃんと押さえてるんだね。見直したよ。

松田 それに比べて先輩は――、女の前にくると、顔がまっ赤になっちゃって――。

四郎 そう。なんにも言えないのね。

松田 実はスベリ台君ねえ、先輩は、円谷さんには偉そうなこと言ってたけど、見合い結婚なんだ。

四郎 見合いだっていいじゃないですか。

松田 普通、見合いの場合、身長が一五〇センチで、体重九〇キロの女、断るよな。

四郎 一五〇センチで――、九〇キロですか!(吉本を見る)

松田 顔なんか、大福に鉛筆で、目と鼻と口を描いた感じでさ。

四郎 絵に描いた餅じゃなくて、餅に描いた絵ですね。(吉本に)そんなの断れなかったんですか?

吉本 広告代理店の役員の娘でしょうがなかったんだよ。――本当、代理店は困ったことがあると、なんでも制作プロダクションに押しつけてくるからな。

松田 (四郎に)この間、先輩の弁当、会社に届けて来たんだけど、当然化粧が濃くてさ――、真珠のネックレスしてるもんな。

四郎 九〇キロが――、真珠ですか?

松田 すごいだろ? シャム猫、抱えて来たんだけど、そいつが小判、くわえてんだぜ。

四郎 わかります。もはや、馬に念仏を教えるのは時間の問題ですね。

松田 なっ、先輩の人間像が意外なところから露見したろ。

四郎 国立大学出によく居るんですよね。大体のことはソツなくこなすんだけど、いざという時に、ババひいちゃうの――。

吉本 悪かったよ――。どうせおれの小使いは一日一〇〇円だよ。ハイライト買ったら二〇円しか残らないよ。(いじけて)いいじゃないか、二〇円だって――。

松田 そんな、いじけないで――。今度の企画が当たれば、給料だってガバーッと上がりますよ。

吉本 そうだよ。中商も優勝したことだし――。なあ、スベリ台君、企画さえ当たれば、金は湯水のように湧いてくるんだ。

四郎 そしたらさ、おれ、裏口入学できますよね。

吉本 何をセコイこと言ってるんだ。大学ごと買ってやるよ。

と、そこに清子が出てきて――。

清子 そしたらさ、私にも腹話術の人形買ってくれる?

吉本 セコイ、セコイ。

松田 人形だけじゃなくて、ホールだって買えるんだから――。

吉本 なんなら、客席にエキストラ置いてもいいぞ。

と、京子が賑やかさにひき込まれて――。

京子 私は――?

松田 あ、京子ちゃん、景気のいい話のときは目ざといね。

吉本 君にはね、男をじゃんじゃん買ってあげよう。

松田 そう! いくら貢いでも貢ぎきれないくらい男を並べてあげるから。

京子 そうしたら、尽くす女のリアリティ、実感できるわね。

四郎 男の数ってのはキリがないから、目標は無限だぜ。

松田 世界中の男に貢ぐってのはどう?

四郎 そうすると、世界中の男が幸福になりますね。――ニュータイプのヘレン・ケラーを目指して下さい。

松田 あーぁ。おれも早く楽になりたい。

吉本 おれもだよ。

四郎 吉本さんは駄目ですよ。ちゃんとガマクジラがいるんでしょ?

吉本 それを言うなって。

京子 でもさ、吉本さんも三四郎さんも、すっかりスミレ荘に馴染んじゃったわね。

四郎 本当、一〇年前からここに住みついてるみたい。

松田 なにしろ二ヶ月も通って、毎日宴会やってますからね。

吉本 (松田を指し)ただでさえ向上心のない男が、骨の髄までいい加減になってしまったよ。

そこに晶子がやってくる。

なにやら、あわてている様子。

晶子 あっ――、あんたたち、樋口さんと円谷さん見かけなかった?

四郎 見ないよ。(京子に)ねえ。

京子 うん。

晶子 どこにも居ないのよ。

四郎 来ますよ。だって、もうすぐウルトラマン始まるんですから。

京子 そうだよ。みんなで見ようって言ったんだから――。ねえ。

晶子 でも、どこへ行っちゃたんだろう。

そこに、樋口がブラリと現れる。

樋口 ああ、よく寝た――。あっ、どうしたの、皆さんおそろいで――。

晶子 なに言ってるのよ。ウルトラマン始まっちゃうじゃない。

樋口 あっ、そう――、今日なの? 知らなかったなあ。だったら教えてくれればいいじゃない。おれ、部屋にいたのに――。

京子 素直じゃないんだから――。

樋口 ついに今日が第一回放映か――。じゃあ、あれだね。今日こけたら、番組打ち切りだね。ジョナサン・プロは社運を賭けてるんだって?

吉本 決まってるじゃないか。

樋口 (わざと悪態をついている)いいのかなあ、あんなものに将来を託して――。大穴が開いてるぞ、大穴が。翼もないのに空を飛ぶんだろ? 子供はオカルト番組と間違えてしまうぜ。それに、ウルトラマンが宇宙に帰るラストシーンは子供の涙を誘うだろうなあ。おれは信じられないよ。局も代理店もスポンサーも、よく押し切られたもんだ。致命的だぜ。ほんと、大穴が開いているぞ、打ち切りの大穴が――。

松田 そんな言い方はないでしょう。円谷さんは、ウルトラマンがこけたら田舎に帰って百姓する覚悟までしてるんだから。

吉本 それなんだがね、三四郎君。おれもどっちかっていうと、彼にはその方が合ってるんじゃないかと思ってね……。ほら、プロのお百姓さん必携! 畑仕事三点セット、持って来た。(言いながらポケットからその三点セットを取り出し示す。モノはジョークの範囲である)

清子 そういえば、さっき荷物まとめてたよ。

晶子 なんてこと言うのよ。

清子 駄目かもしれないなぁ、なんて――。(と気付いて)えっ?

京子 本当に荷物まとめてたの?

清子 いやだ――。よそ行きの服着て、トランク整理してた――。

京子 私、見てくる。

と、京子が駆け出すと、円谷が立っていた。

円谷は、よそ行きの服に、大きなトランクを持っている。入居する時に持ってきたものだ。

京子 あっ……。

円谷、二、三歩みんなに近づく。

少しトランクを持ち上げて示し――。

円谷 テレビ……、もって来ました。

晶子 それ、テレビが入ってたの……。

円谷、トランクを舞台中央に置く。時計を見る。

円谷 放送一分前か――。

樋口は、端の方に立っている。

円谷 どうしたの? ミスター、いっしょに見ようよ。

円谷は自分の隣に目を落とす。

樋口はゆっくりと隣へ――。

ほかの人も、二人を囲むように座る。

円谷はトランクを持つ手が緊張している。

大きく深呼吸――。

円谷 飛ぶかな――?

樋口 ……飛ぶさ。

円谷 自信ある?

樋口 ――もう、日記に書いちゃったよ。

晶子 始まるよ。

円谷 よし――。

と、円谷はテレビのスイッチを入れる。

この日、放映がはじまった「ウルトラマン」は、やがて日本中の子供たちを魅了することになる。

円谷、樋口、晶子、吉本、松田、清子、四郎、みんなテレビに張りついたままだ。

開放的で楽天的で、それでいて真剣な眼差し――。

まるで時間が止まったようだ。

円谷と樋口は、まるでチュンセ童子とポワセ童子のように仲良く並んでいる。

すると、スミレ荘に翼が生えたのか、背景は大宇宙に変わっていく。

流れる曲は「新世界」だ――。