放浪日記2000

筆・さいふうめい


2000年9月30日(金)

「哲也」第一回放送分の試写を見る。
監督の西沢氏は緊張の面持ち。
見終わって、拍手。
既存のアニメに対する、確実な「提案」がある。アニメの歴史に伝説を作るだろう。
主題歌もはまった。劇中の音楽にアイヌのムックリのような原始的な音が入っている。
漢(おとこ)の中に住む原始的な力が目覚めるような作品になる。
置鮎龍太郎氏(哲也の声)の切れ、大塚周夫氏(房州さんの声)の彫りの深さ。申し分なし。
クオリティを維持すれば、何度も再放送される作品になる。至福の時を過ごした。

試写後、「哲也」のゲームボーイを制作している「アテナ」の中村栄社長と話す。
氏も阿佐田作品の愛読者で、「私の旧約聖書」が特にお好きだという。
人間の諦念と希望への祈りがない交ぜになった秀作。男の二律背反を愛していないと、
この作品には目が行かない、中村氏のような漢が手掛けるとなると、ゲームも楽しみだ。



2000年9月25日(月)

来月から、テレビ朝日で放映される「哲也」(10月6日(金)26時39分~)のアニメに先駆けて、アニメ制作関係者と一緒に阿佐田哲也先生のお墓参りをする。阿佐田先生は谷中の墓地に眠っている。谷中の墓地は、徳川慶喜も眠る由緒正しいところだ。私も彼岸の折りなどには時折参る。色川家の墓は、地味だが品のいい墓だ。私もそんな墓に入りたいが、竹内家のは総大理石張りの派手なものである。青山墓地にあるが、そのエリアではうちの墓だけ、異彩を放っている感じだ。
墓参には、少年マガジン編集部の吉田さん、都丸さんのほか、テレビ朝日、東映などの関係者、監督の西沢さん、声優で哲也の声を担当する、置鮎龍太郎さんなど、総勢13人で出掛けた。西沢さんともっと話したかったが、時間がとれなかった。主に、置鮎さんと話した。置鮎さんは、柔らかで湯気のような「気」を発する、自在の人。こういう人は、どんな仕事をしても、成功する。きっと素晴らしい哲也を造形してくれるだろう。今でも、すごい人だと思うが、今の成功で終わる人ではない。置鮎さんは、北九州の出身で、俺とのフィーリングもよかった。幸せな時間だった。

午後、「近代麻雀オリジナル」(竹書房)編集長の西尾さん、編集部員の秋さんと打ち合わせ。俺の仕事ではなく、うちの事務所の期待のライター・谷津の仕事である。谷津は先週森光子主演の二時間ドラマで脚本を担当した。オリンピックの裏だったが、12%も視聴率をとった。もっと、いい仕事を積み重ねて欲しい。谷津が伸びてくれないと、俺の審美眼が狂っているということになる。

夜、講談社で「哲也」の打ち合わせ。「はじめの一歩」とほぼ同時にアニメ化ということで、中吊りを作るという。色校を見せて貰った。ものすごく格好いい。哲也は赤がよく似合う。



2000年9月24日(日)

次男のパオ(好・7歳)がベイスターズファンなので、長男のヒロ(宏・12歳)と三人で横浜スタジアムに「横浜阪神」戦を見に行く。オリンピックの真っ最中に、その夜には、巨人中日の「優勝決定戦」があるというのに消化試合を見に行った。それでこそファンである。驚いたことに、阪神の外野席は阪神の応援団で満員だった。横浜にこんなに阪神ファンがいるはずがない。関西方面から駆けつけたのであろう。信じられない。今日は今オリンピックの花、女子マラソンがある日なのである。

阪神は最初から捨てゲームモードだった。俺が知っている選手はクリンアップだけ。他は、投手も含めて一軍半ばかり。前半で勝負は決まってしまった。ところが、阪神ファンの応援はものすごい迫力。試合とは全く関係ない。場内アナウンスで何度も、ジェット風船はやめてください、といっているのに、7回には六甲おろしとともにジェット風船は宙に待った。日本人全部にアンケートをとったとして、「理解できないもののベストファイブ」に阪神ファンは入ってくるだろう。



2000年9月3日(日)

一泊二日で真鶴に行く。青島洋子さんのセカンドハウスがあるので、ライターの佐藤雅美さん、中田正則さん、俺の三人で押しかける。俺の受賞をお祝いするというので集まったが、ずっとしゃべりっぱなし。何の役にも立たない無為な話ほど楽しいものはない。

真鶴半島の一番先っぽで、雄大な太平洋と面と向かいながら、「読売新聞」の「人生相談欄」の話に花が咲く。俺と佐藤さんは、テレビ欄を見なくても、この欄は見る。
「『レイプ』や『セクハラ』の相談への落合恵子の回答」に対する見解がみんなで一致したので、それが面白かった。ここには水戸黄門的な楽しさもあるんだな。

読者の「相談の文章」を記者がリライトしていると思しいが、リライトする前の文章もたまには載せてくれると嬉しいぞ。



2000年8月22日(火)

ビッグ・トゥモロウ」の取材を受ける。
「勝負」「運」について2時間ほどしゃべる。
ライターの佐口さんは、随分こざっぱりした顔になっていた。(二年ぶりぐらいか)
副編集長の宇野さんは、大の哲也ファン。哲也のことは殆ど知っていた。
こういう人が編集をやる雑誌は強い。ツキが味方するからな。
「勝負」について、一冊にまとめなければならない時期がやってきている。



2000年8月18日(金)

「哲也」の取材で、鹿児島に行く。
故・阿佐田哲也が言うように、桜島は信用できる。不格好に煙をもうもう吐いている桜島の姿はそれだけで誠実だ。鹿児島県人は、「自然という始末に負えないもの」を見ながら成長できるから幸せだ。少なくとも自然をなめるということがない(はずだ)。自然が始末に負えないように、人間もまた始末に負えない。

逆に、富士山のように、奇妙に整ったものには、薄っぺらいものを感じてしまう。「哲也」と闘う玄人を、西郷南洲の参謀・桐野利秋のイメージで行くか。特攻のイメージで行くか。肌で感じるために、鹿児島を回ったのだった。
特攻基地のあった場所・知覧は美しい街だった。それだけに「特攻兵の死」は切ない。

大西郷が愛した「敬天愛人」という言葉、胸に刻んで帰る。



2000年8月15日(火)

終戦記念日だ。

盆休みの4日をかけて、秋に出す予定の本『別れを決断するとき』の原稿を書きあげた。キー・ボードを叩きすぎて手が痛い。
五月書房に「書く」と約束したが、もう今年は「盆休み」しか、書く時間が取れないことが先日わかったのだ。
これは、女性のための「別れ本」である。

「別れたいのに、決断できないでいる人のための本」――。

「ツキ」の観点から論じた。
男性のための「ツキ」の本は何冊か書いてきたが、女性向きは始めてだ。短大で教えるようになって4年。女子学生と接するうちに、こんな本がいると思うに至った。
「駄目な男とは、別れなくちゃ駄目」なのである。
最近の女はかわいそうだ。本気で惚れられるいい男が少ない。
いい男がいないのだから、それに見合ういい女になろうと頑張らなくていいのだ。
俺の本を読んで、女が「駄目な男と別れを決断」したら、カップルなんかいなくなってしまうかも。
それも面白いか。



2000年8月9日(水)

毎日、膨大に郵便物が来るから、カード会社の明細書などはあまり熱心に見ないことが多い。
いけないことだが、仕方がない。それほど色んな物が送ってくるのだ。全部よんでいると、それだけで仕事をした気になってしまう。

ところが、何気なくJCBの明細書を見てぶっ飛んだ。6月のニフティの支払いが、5万5503円になっているのだ。俺は殆どメールしか使わないから、2000円を超えることはない。定額(300円)にしといて、後は使った分だけ払う。それでも1000円以内の月が多かった。
何故だ。
ニフティという名のキャバクラにいったという記憶もないぞ。
6月といえは、中学一年の息子にインターネットを教えたときだ。まずい。俺のいないときを見計らって、やっていたのだ。不安だったから、7月分もニフティに問い合わせてみた。
(もちろん、電話は簡単には繋がらない。何度も何度も電話して、やっと繋がるのだ)
2万6586円だった。2ヶ月で8万円以上も払わされるのか。
カスタマー・サービスの人に聞いても、契約だから仕方がない、という。そうだろうな。
だが、使い放題でも一ヶ月5000円なのだ。9月からは2000円になるのだ。恐らく9月頃からは、各社使い放題で2000円程度に落ち着くのではないか、というのが業界各社の見方である。俺はそれを知っていて、2ヶ月で8万円も払うのだ。
2ヶ月で8万円も払うのは、業界の動向を知らない大馬鹿者だけである。そんな奴がいたら、私は軽蔑のわらいをくれてやるだろう。それがコンピュータ雑誌に5年も連載を持っているとしたら、そいつの存在理由さえ疑わしい。

それが、俺だったのだ。

なんだよ、なんだよ。請求する前に一言あってもいいんじゃないか、と思った。
人間と人間の付き合いなら、一言ある。普通の商売なら、普段1000円程度しか使わない人が、突然5万円を越えれば、「おかしいんじゃないか」と店の人が思う。
そのくらい、プロバイダーで設定できないのか。後の祭りだな。「血が通わない」というのは悲しいな。



2000年8月8日(火)

雑誌「SOHOコンピューティング」で、アグネス・チャンと対談をする。
アグネスは18歳のときに日本でデビューしてから、ずっと第一線で活躍している。その間には、子供を三人産んで、アメリカの大学で博士号を取って。広東人らしい、ポジティブ・シンキングの持ち主である。
アグネスと同世代のアイドルで、同じように人気を持続しているタレントが他にいるだろうか、と考えてみる。いない。ずっと第一線だったというのは、少し下の世代に聖子がいるだけである。
アグネスはそのくらいすごいタレントなのだ。
対談していても、そのすごさがオーラとなって伝わってくる。
だが、無理がない。自然体なんだな。疲れは寝て解消するそうだが、どこでも眠れるらしい。
俺は毎月20回程度飛行機に乗る。それでもかなり疲れる。
翌日に疲労を持ち越す日もある。
アグネスは、毎月20日近く講演で日本中を飛び回っている。
夜は子供と過ごすので、ほとんどは日帰りとのこと。新幹線か飛行機に40回近く乗っている計算だ。
すごいタフネスぶりだ。タフネス・チャンだな。ただ、若い頃よりも疲れるらしい。
最近の彼女のヒット曲「この身がちぎれるほどに」はまさに彼女の肉体疲労の歌でもあるらしい。
でも、すごい。俺も負けてはいられないな、と決意した。



2000年8月7日(月)

湯河原に二泊、家族旅行をしてきた。湯河原の「由浜」では海水浴をした。
海で「哲也」のTシャツを着て、泳いだのは俺ぐらいだろう。
胸に赤の「中」の字。背中に緑で「勝負師伝説・哲也」とプリントしてある。
すごいデザイン。人前で着るには、結構勇気が要るが、他にTシャツを持っていかなかった。
俺も親父だ。
一泊は「江之浦テラス」というホテルに泊まった。
わずか5組しか止まれない良心的なホテル。
店主の心遣いが温かく、手料理も美味い。
夏なのに、特別料金ではなかった。
テレビにも取り上げられている、評判のホテルだそうだ。(知らずにいったのだが)。
海を見下ろす景観が抜群。
次の日に泊まったのが、奥湯河原の「青らん(※字がワープロにない)荘」。
美しい滝を見ながらの、露天風呂。歴史のある店らしい。
造ったときは、さぞいい店だったろう。が、料理はやっつけ仕事で、がっかり。

大学で後期に「劇画論」という講座を持っている。
その準備のために、マンガに関する書物をまとめ読みしている。
「手塚治虫」(朝日文庫・上下2冊)というマンガは良かったな。
手塚治虫のマンガによる伝記。
「ブラック・ジャック」が手塚治虫に重なるところが、何ヵ所もあって、ジンと来た。
勢い余って、「ブラック・ジャック」を読み返してしまった。
何度読んでも、ジンとくる。

九州大学大学院の日下碧先生の「漫画学のすすめ」(白帝社)を読む。
日下先生は、大学院で漫画学の講座を持つマンガ・フリーク。
本業は中国文学で「金瓶梅」(中公新書)の著書もある。
が、少女漫画に完全にはまっている人が書いた 本として面白い。
喩が悪いかも知れないが、
「手塚治虫はこんな風に宝塚にはまったのか」と納得できる一冊。
日下先生と同僚の因(ちなみ)先生の、「少女漫画をめぐる掛け合い」を一度、食事をしながら聞かせて頂いた。これが面白い。
関西弁で、両方とも「突っ込み」なのだが、そのままブンガクの高みに至っている。
頭の回転の遅い俺は全然ついて行けなかった。でも、一緒にいるだけで楽しかった。

日下先生の教え子で、卒論に「ドラエモン」を取り上げた人がいた。
すごい着眼点だとおもった。気が付かなかったが、ドラエモンは本気で論じていいキャラクターだ。
ドラ焼の好きなネコの胸に「四次元ポケット」があるーー。
深い
冷静に考えると、深い、そして大きな問いを突き付けている。
戦後日本最大のキャラクターはドラエモンだな。
「ドラ焼」「ネコ」「四次元ポケット」「ドラエモン」「のび太」……。
天才だけが辿り着ける場所だな。ここを掘ったら、日本人論が書けるぞ。



2000年5月15日(月)

遂に「講談社漫画賞」を「哲也」が貰った。
昨年は「小学館漫画賞」「講談社漫画賞」とノミネートして貰い、最後は賞を逸してしまった。悔しかった。
しかし、仕方がない部分もある。
「絶対的な力」が無かったのである。
実は今年、ノミネートの情報を担当編集から聞かされていなかった。
急に言って脅かすつもりだったらしい。
担当のT丸さんから、受賞の知らせを受けたとき、私は久留米の喫茶店にいた。
「琥珀亭」と言う私が常連にしている店である。
通勤用に中古車を買う相談をして居た。
その夜は琥珀亭のマスター、ママ、俺の三人で店で呑んだ。
店を暗くして、他の客が来ないよいにして、
カウンターの中だけをうっすら照らす。
小声で大人の話をするのにちょうどよい雰囲気ができていく。楽しかった。
この店は「哲也」が始まって以来のことを全て知っている。
その夜呑んだ酒「天界」は近いうち哲也に出そうと決めた。
受賞の知らせて金子に電話で知らせた。

「あ、そう」

という連れない反応。
普通なら「なにはともあれ、目出度いな」と言う話になるはずだ。
だが、こちらから盛り上げる話ではないので、電話は景気が悪いまま切った。
翌日、金子は、哲也が講談社漫画賞を本当に受賞していること知った星野さんがファックスを送って来て下さっているのを観て、気が付いたようだ。
俺から電話が来たときは「なんだノミネートか。それなら去年と同じじゃないか」と思ったそうだ。
昨年は確かに「ノミネート」「受賞」の流れはあった。
とは言うものの、哲也は「金星」である。
これからが勝負になる。



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