放浪日記1999

筆・さいふうめい


1999年12月6日(月)

放浪日記を随分サボってしまったな。ここしばらく目が回るほど働いた。

福岡県の高校演劇の審査をやった。
久しぶりに岡部耕大さんと3日間一緒に過ごした。
1月の劇作家大会以来だ。
九州大会に出るのは、福岡の修猷館高校と大牟田の三池高校。
三池の「サボテンの花」を書いた石矢ちひろは戯曲・演技ともに将来が楽しみ。
福岡から才能が出てくれれば、私が九州大谷短大で教えるかいがあるというものだ。
哲也の方はダンチ捕鯨船編が終わり、佐渡島・小龍編に入った。また、哲也が活躍する。
今回は長丁場になる。小龍で男らしい男が画きたかった。
星野さんの絵がまさにその通りで、男らしい男の日本代表と中国代表の決戦に入る。
最近はこういう男が減った。
久しぶりに司馬遼太郎の「燃えよ剣」を読み返す。土方歳三の物語である。
闘うことに値打ちがあることを知っていた男。歳三には胸が躍る。
いつか「バラガキ(不良少年)」というタイトルで土方のことを書いてみたい。
だが、今は3月公演「鳳凰の切り札」の戯曲を年内に仕上げなければならない。
舞台は長崎。原爆が広島に投下された次の日から、長崎に原爆が投下されるまでの3日間を書く。
広島で被爆し、命からがら郷里の長崎に帰ったらそこでも被爆したという人物が実在する。
そして生き残った。何という強運。その人は被爆者手帳を二冊持っている。
いったい神は人間にどういう謎をかけているのか。
ドラマは「武蔵」を創った後の、三菱造船所。
完成間近の高速艇を巡って、男達は賭ける。
和平か玉砕か、はたまた船を持って独立国建設か。情報は当てにならない。
男も女も、自分の運と勘を頼りにすべてを賭ける。



1999年11月15日(月)

「賭博師・梟」。本番は無事終了。
4日の打ち上げは朝まで続いた。役者達も総じて満足感を持って、終えたようだ。
今回は評論家もたくさん来てくれ、どういう批評が出るのか楽しみだ。
残念な事に「悲劇喜劇」も「テアトロ」も批評が出るのは、上演されて2ヶ月近くたってからだ。
その頃では、読者も見た印象が変わってしまうのではあるまいか。
今回の公演には久しぶりに、声優の野沢雅子さんが観に来てくれた。
野沢さんはご自分の劇団ムーンライトで、俺の代表作「星に願いを」を演出してくれた人。
俺の戯曲のファンの一人である。久しぶりに会えて嬉しかった。
「梟」は本にならないんですか?
ときかれた。今のところその予定はない。
野沢さんは、コピーでもいいから送ってください、といわれた。
大きな仕事をされる方特有のオーラが心地よい。
実は、野沢さんが始めて俺の芝居を演出した時、俺は野沢さんのビッグさを知らなかった。
開演前、楽屋で野沢さんが俺にサインを求められた。
失礼な事に俺は「気さくなおばさんだな」と思った。本当に飾らない気さくな方なのだ。
終演後、俺が客席を出ると、ロビーには長蛇の列が出来ていた。
客の半分ぐらいは列に並んでいたのではあるまいか。
その列は出口付近まで続いていた。そこには「野沢雅子先生サイン会」と大書されていた。
俺はその時、「俺はこんなすごい人にサインをしてしまったのか」と気付いたのだった。
その時の事を思い出した。



1999年10月31日(日)

土方歳三を描きたい。
土方歳三の名は、「賭博師・梟」にも出てくるが、最近この男にはまっている。
調べれば調べるほど面白い男で、聖と俗、豪快と繊細、実直とちゃらんぽらん、男の狂気と女の情……。「勝負」を描くのに必要な材料は、何でもこの男の中に入っている。
この男の墓には、今も献花が絶えない。女性ファンによるものだ。
明治の元勲で女性ファンの花が絶えない墓を持つ男はいないだろう。
同じように夭折の天才として、坂本竜馬は人気があるが、これは男のファンが多く、献花が絶えないというわけには行かない。
私が最近の女を観察するに、男の見方が間違っているとしか思えないのが多い。
そんな男を選んでも良い事は一つもないぞ、と思えるのばかりを選んでいる。
(もちろん男も同じで、しょうもない女ばかりをちやほやしているが。)
ところが、最近の女も、土方歳三の格好よさはちゃんと見抜いているのである。
そう考えると、男を見る目は持っているのである。
現実となると、それが上手くいかないというだけなのだ。
土方は格好いいぞ。俺が料理すると、絶対面白い話になる。
というわけで、今は土方歳三を描きたい。
本番を前にして、早くも次回作の事を考えている、俺である。



1999年10月30日(土)

「賭博師・梟」の本番が二日後に迫る。
通し稽古が毎日、二回ずつ。
テンションはかなり上がってきた。本番はきっちりと仕上がるだろう。
昨日、今日と音楽は本番通り。
本番中にライブで音楽をやってくれる宮本吾郎さんは初めて芝居をやるらしい。
オーストラリアのアボリジニの楽器・ディジェリドゥの演奏は日本の演劇界では初の試みである。
演劇人の度肝を抜くに違いない。
吾郎さんは、他にも「カリンバ」「口琴」など、世界の少数民族の楽器をたくさそのすごさは言葉にならない。
それにしても、迫力のある舞台になる。
「少年マガジン」も哲也の扉ページで公演の告知をしてくれた。
かなり知れ渡ったろう。もう一押しだ。頑張ろう。



1999年10月27日(水)

「賭博師・梟」の本番が一週間後に迫った。
今回扱った博打は「牌本引き」である。カードを使えば手本引きだが、これは静かなゲームなのであまり演劇的効果が得られない。
麻雀の牌を叩き付ける迫力を舞台に乗せたかったので、「牌」を使うことにした。
演出は、岩村久雄氏に安心してお任せしているが、「勝負」のシーンは私がアドバイスするほうがよい。
「男と男のぶつかり合い」は「剣豪物」の面白さがなければいけない。
昔の言葉で言うと「気」と「気」の勝負なのだ。
この部分の演出が失敗すると、舞台は緊迫感を失ってしまう。
相撲をはじめる時行事は「発気用意」という。「気」を吐いて、勝負の呼吸を整えるのである。
お互いの「気」が合ったときに、勝負がはじめられる。
その感覚を役者にどう教えるか。
ここ数日、その演出を付けているが、役者たちもだんだん体得しつつある。もう一歩である。
それにしても、勝負の修羅を教えるたびに、役者の面構えが変わっているのは頼もしい。
やはり男には「狼の本能」が眠っているのだろう。
「勝負」を描いた芝居としては、今年一番のできになるのは間違いない。今から手応え十分である。



1999年9月7日(火)

11月公演の演出家・岩村久雄(文学座)さんに「賭博師・梟」の改訂稿の初稿を渡す。
今回のプランでは女衒のミイの位置が大きくなる。
初演は実験的な部分もたくさんあったが、今回はエンターテインメントの要素が大きくなる。
13日の稽古初日までには二校を書き上げる予定。
初演の初稿から通算すると、七校目ぐらいになる勘定だ。
岩村さんとは新宿の「滝沢」(喫茶店)で打ち合わせをした。
隣りの席では観世英夫さん(能楽師にして舞台演出家)が原稿を書いていた。
岩村さんは俳優座時代からの知人で、私は早稲田小劇場時代に一緒に舞台を踏んでいる。
私も岩村さんも観世さんの出演した映画「午後の遺言状」を観ていた。
観世さんはボケ老人を上手く演じていた。
能楽界きっての異端児も70代なのである。
ちなみに観世さんは私が演出者協会に入る時の推薦人である。
店を出ると、文化座の前の演出部長・貝山武久さんとばったり会った。
「これから滝沢で打ち合わせ」とのこと。その日の滝沢は演出者協会の重鎮が何人も顔を出したことになる。
こういうメンバーで話をする時、43歳の私は「新進気鋭」である。
夜、講談社で「哲也」の打ち合わせ。蜃気楼がテーマ来週からの話は蜃気楼がテーマになっている。
星野さんの絵に凄みがある。リリシズムから一転、ツワモノたちの世界に変わるが、その変化を見事に描ききっている。
蜃気楼の物語だから、舞台は富山県の魚津である。
制作のカネコにこう聞いた。「富山を舞台にした映画や漫画はこれまでなかったんじゃないか?」
カネコは「黒部の太陽」ぐらいだな、と答える。カネコは物知りである。
私は「黒部の太陽」は長野が舞台になっているとばかり思っていた



1999年9月1日(水)

11月公演「賭博師・梟」のチラシのデザインが出来上がる。
チラシの絵はこの芝居のために武宮秀鵬という画家に描いてもらったオリジナルである。
シロフクロウが真ん中にデーンと座った芸術的な油絵である。
武宮は光村図書の国語の教科書の表紙の絵を描いている売れっ子。
梟は世界中で「知恵の神」として信仰のある動物である。
今回の芝居ではフクロウというアイヌの男が出てくる。博奕がめちゃくちゃ強い男だ。
アイヌウタリ協会の会長さんとフィリピンで話した時、
アイヌはフクロウを神の使者と考えてきた」というようなことを聞いた。
実はフィリピンの少数民族も同じだということを私も言った。
フィリピンの少数民族のある酋長に「フクロウはどうして神の使者なのですか」と聞いたことがある。
その酋長は「わからないかい?」といって、笑っただけだった。
その後、山奥の少数民族の部落をトレッキングして回った。
電気も水もない山奥の小屋にたった一人で眠っていると、時々死ぬほど怖くなる時がある。
上からヤモリが落ちてきたりすると、心臓が止まりそうなほど怖い
そんな夜に、遠くから梟の鳴声が聞こえてくることがある。
神々しくて、深淵で、真っ黒い闇にこれほど似つかわしい声もない、という気になってくるーー。
それを聞けば、梟が神の使いであることに疑問を持つ人はいなくなるだろうな。

梟は首が270度も回る。周囲に気配りができるというので「商売の神様」でもある。
お客さんがたくさん来てくれればいいな。



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