戯曲「アチャラカ 昭和の喜劇人・古川ロッパ、ハリキる」冒頭

アチャラカ
作 竹内一郎
登場人物

古川ロッパ 丸の内を代表するホワイトカラーの笑い。ソフト。インテリ。動きができない。東宝と組む。人気が落ち目で苦しんでいる。
影ロッパ

榎本健一 浅草を代表するブルーカラーの笑い。動きがよくて、人の心をつかむ。松竹のドル箱。
楠トモコ  エノケンの彼女 歌も踊りもうまい。
冷える辰夫 ピエールという芸名を時局に合わせて変えられた。高慢ちき。上から目線。松竹の伝統を重んじる。

菊田一夫 物語には「泣かせ」が必要と考えている。やがて、東宝の社長になろうという野望がある。

笹本朝香 すべてにドジ。だが、コメディアンになりたい。

東宝社長、大澤善夫 松竹の牙城である東京に進出せよと言われて、左遷と思っている。だが、結果は出さなくてはならない。
社長秘書 本郷直美 丸菱商事のお嬢様。丸の内に東宝が進出するのに、一役変われた。女優になれるかと思いきや、お笑いということで、気持ちが萎えている。
東宝社員
劇団員
織田幸平 本当は新劇をやりたい。きちんとした芝居もできる。築地小劇場では、松井須磨子や小山内薫の芝居も見ている。インテリ俳優。
斎藤花子 ロッパの品のいい笑いが大好き。ロッパに心酔している。金じゃない。いつかロッパを時代が認める。
鈴木拓馬 関西弁。調子がいい。ヌエ的存在。自分の態度をころころ変える。
井本恵子 兄が社会主義者。日本が負けると思っている。芝居をやめようと思っている。芝居を続けてもいいことがない、と。
笹丘香苗 踊りがうまくない。実は、子供のころ身体障害者として生まれた。人に負けたくない一心で、踊りに取り組んでいる。だが、時勢もあり、自信がなくなっている。
中城丈二 エノケンの時代である。自分がエノケンについていくつもりだ。エノケンの歌はみんな歌える。ロッパの前では、本音を明かさない。

愛国婦人会リーダー、小塚きぬ 子供を戦地に送っている。だが、なぜか、歌・踊りが好き。
向井玉子 お笑いを止めさせるのに強硬な意見。
小林正江 温和な性格。中間派。

憲兵隊隊長、小山内洋三 笑いを弾圧する憲兵。だが、大戦末期、東條首相に自粛ムード をやめるよう、直訴する。小山内の功績で、1945年3月にお笑いが解禁になる。

憲兵隊1、2

朝香の父親&母親


娼婦
笹本食堂の客1ー3
空襲で焼け出された男1、2、女1

一九四五年、二月。
「笑の王国」の稽古場。
オープニングは華やかに。
ロッパのヒット曲、「明るい日曜日」を一座の面々が舞い踊る。
セットは江戸時代である。遊郭。三味線の音楽に乗って大勢の遊女(7人の劇団員、女装もいる)が踊っている。
そこに登場する大石内蔵助(古川ロッパ)遊女たちと一緒に歌い踊る。そこにこっそり、鉢巻を巻いた吉良上野介(エノケン)、トモコ、辰夫も加わり、内蔵助とともに楽しそうに歌い踊る。
照明が暗くなり、内蔵助たちの動きが止まる。遊女たちの中から2人(劇団員、斎藤花子と女装姿の鈴木拓馬)が飛び出してきて2人にスポットライトが当たる。

花子 時は元禄14年、犬公方徳川綱吉の治世。
鈴木 元禄文化の華やかさとは裏腹に、地震に飢饉、果てはお上の気まぐれ「生類憐みの令」! 庶民の不満が募りに募ったこの時代、世間をゆるがす大事件が起きた!
花子 さる3月14日、江戸城内松の廊下にて起こった、前代未聞の刃傷事件!
鈴木 京都よりの勅使を迎える接待役を仰せつかった赤穂藩主浅野内匠頭、何を思ったか接待指南役の高家肝煎、吉良上野介に刃を向けた!
花子 (浅野内匠頭になりきって鈴木に小刀を向ける)えーい! 吉良! 覚悟!
鈴木 ひ―! 殿中! 殿中でござるー!

花子が振るった小刀が鈴木の額をかすめる。倒れる鈴木。

花子 (戻り)殿中といっても、道っぱたの電柱とはわけが違う。この時代江戸城内で刀を抜くは御法度中の御法度。
鈴木 (起き上がり)幸い吉良の傷は軽傷で済んだものの、内匠頭はその場で取り押さえられ、お沙汰を待つ身に。
花子 本来ならば、両方の言い分を聞いてからの喧嘩両成敗がお沙汰の常道、しかし今回はまずかった。
鈴木 殿中での刃傷という大罪に加え、田舎の小大名と幕府直属の大旗本の諍い。吉良は無罪放免、内匠頭はその日の内に切腹の上、お家取りつぶし。
花子 まぁようするに、喧嘩をした家の格が違いすぎたってことですねぇ。
鈴木 しかし! お家取りつぶしの憂き目にあった赤穂藩の藩士たちは納得がいかない!
花子 なぜ我らだけが罰せられねばならない! と不満轟々!
鈴木 この騒ぎを知った江戸庶民は大盛り上がり! 君主の仇を討つために、赤穂の義士が吉良に復讐をするのはいつか? いつなのか?!
花子 娯楽の少ないこの時代、つもりにつもった鬱憤も手伝い。江戸っ子たちに話題はそれで持ちきりになっています!
鈴木 赤穂の侍たちを束ねるは、赤穂藩筆頭家老大石内蔵助!
花子 それがこの人!

舞台の真中で踊った体勢のまま止まっている内蔵助にスポットが当たる。その姿は義士たちのリーダーには見えない遊び人風。

花子 ……なんと、言いますか。
鈴木 大丈夫かいな? このオッサン。エライ遊んどるようにしか見えへんで?
花子 だ、大丈夫でしょう? ほ、ほら、あれよ! 敵の目をごまかすためにわざとアホなふりをしているだけよ!
鈴木 そうかぁ? 単なるアホなオッサンにしか見えへんのやけど……うん?

その時、鈴木は、内蔵助の隣で同じような体勢で固まっている吉良に気づく。

鈴木 (目をゴシゴシこすりながら)あれぇ? あのオッサン……。
花子 どうかした?
鈴木 まさか……。

遊女は固まったままの吉良の鉢巻を取る。
その下には刃物で斬られた傷がある。

鈴木 あっ、あー!!
花子 え? あの傷……。
鈴木 アイツ、あのオッサン……。
鈴木&花子 吉良上野介?!
鈴木 なんでアホのオッサンの仇が、アホのオッサンと同じようなアホしてんねん!
花子 知らないわよ! アホと同じにアホしてるんだから、吉良もアホなのよ!
鈴木 いや、でも、アホがアホとは言え、単なるアホやなくて……
内蔵助 (急に動き出して)アホアホやかましい!
鈴木&花子 わぁっ!

照明が戻り、固まっていたみんなが動き出す。

内蔵助 まったく。黙って聞いてりゃ、人の事をアホだアホだと好き勝手言いやがって。
鈴木&花子 えっ、えろうすんまへん……
吉良 まぁ、まぁクラちゃん。この2人も悪気があって言ったわけじゃないし。
鈴木&花子 クラちゃん?!
花子 クラちゃんって、大石内蔵助をつづめたわけ?
内蔵助 けどよう。吉良のコーちゃん。人に向かってアホって……。
鈴木&花子 コーちゃん?!
吉良 いやぁ、このカッコでアホじゃないって言っても説得力ないぜ?
内蔵助 うーん……ちがいねぇ。

肩を組んで笑い合う内蔵助と吉良。ポカンとして見ている花子と鈴木。

内蔵助 うん? どうかしたかい?
鈴木 い、いや、どうかしたって……。
花子 二人は敵同士じゃないんですか?
内蔵助 いいや。マブダチ。
吉良 随分前に客として来たこの遊郭で知り合ってねぇ。それ以来
鈴木&花子 はっ、はー?!
吉良 というか、聞いてよ、クラちゃん。こないだクラちゃんに教えてもらった内匠頭の奴の秘密。
内蔵助 ああ、あのクソ上司が二十歳まで、おねしょしてたって奴な。浅野じゃなくて、おねしょたくみの守って、名前変えてもらいたくなったぜ。
吉良 こないだの松の廊下でさ。そのことからかったらアイツ逆ギレしちゃってさあ。
内蔵助 あはは。なんか大騒動になってるみたいね。
吉良 うん、お家取りつぶしになっちゃったみたいでゴメンね。
花子 軽ううう!!
内蔵助 気にすんなよ。コーちゃんだって、あのヘッポコ藩主に斬られたんだし。
鈴木 こっちも軽うう!!
花子 というか松の廊下の事件ってそんなくだらない事が理由だったんですか!?
吉良 だって、アイツ生意気だったんだもん。
鈴木 大石はんが、そないな秘密、吉良に教えるからでっせ!
内蔵助 だって、アイツ可愛くないし。裃着ても全然似合わないし。

ピシッと二人揃ってVサインする内蔵助と吉良。

花子 すごい。息ぴったり。
鈴木 とはいえ、今は一九四五年二月ですよ。太平洋戦争の末期ですから、Vサインは時代背景が合ってないんちゃう?。
花子 無視、無視。この芝居そこんとこ、全部無視するから。
鈴木 ほんなら、アチャラカなのはタイトルだけではなくて、本編の世界観ごと全部アチャラかい。
花子 ザッツ、ライト。
鈴木 それも、敵性語でホンマはつこうたらいかんのやで。
内蔵助 でもさあ。実際やばいよなぁ。
吉良 何が?
内蔵助 いや、討ち入り。なんか世間的にコーちゃんの屋敷に復讐しに行かないといけないみたいじゃない。
吉良 えっ? 討ち入りすんの?
内蔵助 今度お宅にお邪魔しちゃダメ? 四七人くらいで行こうかと思うんだけど。
吉良 いやダメだよ。そんなに大勢、うちじゃ大したおもてなしもできないし。第一まだ僕死にたくないもん。
内蔵助 だよなあ……。でもこのまま討ち入りしないとさぁ。世間的にもまずいし。ほら、俺の部下もなんか怒っちゃってるし? 俺、城代家老だし、中間管理職はつらいよなぁ。

肩を落とす内蔵助。それを見て頭を押さえる鈴木と花子。

鈴木 なんや、頭いたなってきた……。
花子 同感。大石内蔵助と吉良上野介が親友同士って、そんなの今までの芝居で聞いたことも見たこともない……。
内蔵助 しかし、気に入らねぇよなぁ。
吉良 何が?
内蔵助 俺らのことで大盛り上がりしてる江戸の庶民どもだよ。
吉良 まぁ。娯楽が少ない庶民様だ。しょうがないんじゃないか?
内蔵助 だからって、討ち入りなんて剣呑なもんで盛り上がることないだろ? 娯楽と言えば、芝居に踊りに歌に女。もっと楽しいもののはずだ。なのに、このご時世、そんな楽しいこととは無縁の討ち入りで大盛り上がり。なんだかやるせねぇよ。
吉良 そうだなあ。なんなら、討ち入りの代わりに俺達で芝居の興行でもするかい?
内蔵助 あはは。そいつはいい……ん? 芝居? そうだよコーちゃん。それおもしれぇよ!
吉良 ど、どうかしたのかい? なんか思いついたってツラだな?
内蔵助 ああ、思いついた! そうと決まれば前祝いだ! 酒持ってこい!
朝香 は、はーい。ただいま……

奥から新人役者の笹本朝香がお盆に酒を乗せて歩いてくる。だが、途中で躓いて転び、お盆の酒を内蔵助と吉良に浴びせてしまう。

朝香 あ、アチャー……ご、ごめんなさい!
内蔵助 ち、またお前か! アチャカ!
朝香 朝香です! あ、す、すいません!
内蔵助 もういい。止め止め。音楽も止めろ!

BGMの音楽が止み。内蔵助はカツラを外してロッパに戻る。他の役者も持ち場から離れて一列に整列する。
吉良役の榎本健一(エノケン)もカツラを外す。
舞台袖から、脚本家の菊田一夫(その格好は現代風)が慌ててやってくる。

菊田 あのねえ! 今日は芝居を止めずに通しでやる予定でしょう? 芝居止ないでくださいよ。
ロッパ 菊田の一坊ね。もう気分じゃないよ。どっかのアチャラカ娘のおかげでな。
朝香 すいません。
菊田 困るよ、ロッパさん。本番まで日がないんですよ。浅草芝居ファンを沸かせたこの菊田一夫が心血を注いで書き上げたホンを、めちゃくちゃに壊した上に、稽古もろくすっぽやらずに幕をあけるんですか?
ロッパ (無視して)お前たち、舞台わらっとけ!
劇団員一同 はい!
ロッパ 菊田。お前のホンは、泣かせが多すぎるんだよ。
菊田 何をいっているんですか? 泣かせの中に笑いがある方がしゃれてると思いませんか?
ロッパ 俺たちは喜劇をやっているんだ。お客は笑いたいからくるんだ。お前のホンは頭のてっぺんから、つま先まで全部だめだ。
菊田 だったら、私にホンを頼まなきゃいいじゃないですか!
ロッパ そんなにいきりたたないの。いいところもあるから、頼んでるんじゃないの。

ロッパの指示で舞台を片付け出す劇団員たち。
朝香は、恐縮して固まっている。

ロッパ 何やってんだ? お前も動けアチャカ!
朝香 朝香です! じゃなくて、わ、わかりました!

慌てて片付けを手伝う朝香。

ロッパ まったく。使えねぇ新人だ。
菊田 何をそんなにカリカリしてるんだよ? 今度の公演は、ロッパさんにとっても大事なものでしょう?
ロッパ 確かに大事な公演だ。「ハリキり忠臣蔵」! 人気喜劇役者古川ロッパの集大成! 日本中を笑いの渦に巻き込んだ我ら劇団「笑の王国」が挑む最新作! ハリキるって、言葉が流行語になりますよ。
菊田 だから、俺も一兵卒になったつもりで、本当はこんなアチャラカ芝居あきあきだけど、やっているんです。
ロッパ だよな。それなのに……なんで、アイツがいるんだよ?

トモコと辰夫に手伝われながら着替え途中のエノケンを指さすロッパ。

ロッパ 今度の公演には、喜劇役者古川ロッパの全てをかける! それなのに、なんであんな木端芸人と共演しないといけないんだよ!
菊田 ロッパさん! 聞こえるよ! 失礼だろ? 松竹の人気者にわざわざ客演で来てもらってるのに。それに、仕方ないよ。興行主である東宝さんの指示なんだから。榎本健一、エノケンと言えば今飛ぶ鳥を落とす勢いの喜劇役者だ。東宝さんにしたら、少しでも話題にしたいんだよ。
ロッパ 俺だけじゃ、客は呼べない。そう言いたいのか?
菊田 違うって! このご時世、戦争中に喜劇だ。娯楽が不謹慎だって、規制されてるんだ。だったらロッパエノケンの二大看板で、話題をかっさらって、ドカンと世間に風穴を開けたいって思いからだよ!

二人から離れた場所で、「笑いの王国」の劇団員とエノケン一派が談笑している。

中城 エノケンさん、ここだけの話、これからはエノケンさんの時代ですよ。
辰夫 当たり前のことをわざわざいうな。
中城 俺、エノケン一座に入れてもらえないかな?
花子 中城、いっていいことと悪いことがあるわよ。
中城 そんなこといわれても、芸人として先がないロッパさんに命燃やせるかい?
拓馬 それもそやな。
花子 (拓馬をはたく)拓馬、あんたまで。あんた、つい昨日もロッパさんの品のいい笑いが、大好きといっていたじゃない。エノケンの笑いは、浅草の笑い。ブルーカラーの笑いだ。だが、ロッパさんの笑いは丸の内の笑い、ホワイトカラーの笑いだって。
拓馬 いっただけやし。
中城 エノケンさん、俺をエノケン一座に入れて貰えないだろうか。
辰夫 お前、ちょっと生意気だな。エノケンさんに頼みがあるなら、この冷える辰夫を通してからにしてくれないと。
花子 冷える辰夫って、芸人が冷蔵庫みたいに空気冷やすような芸名つけて、どうかと思うわよね。寒う――。
トモコ しょうがないじゃない。ピエール辰夫という芸名が、当局から敵性語という理由で、禁じられたんだから。
織田 とはいっても、芸人が空気を冷やしてもねえ。
辰夫 やかましい。
中城 エノケンさん、どうですか? 俺、エノケンさんの歌、全部歌えます。
トモコ 本当?
エノケン じゃあ、やってみな。(トモコと辰夫に)お前たちも手伝え。

『エノケンのダイナ』を歌い、踊る。
やがて、エノケンもロッパ一座も加わって盛り上がる。

拓馬 エノケンさん、いい曲ですよねえ。
中城 気持ちが、ぱあっと晴れていきます。

一同、満足感――。

ロッパ あんなもの、どこが――(心では嫉妬している)。
エノケン どこがって、どこが気に食わないんですか?

エノケンが二人に近づいてくる。

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