戯曲「沖縄の火種(ウチナーヌウチケビー)」冒頭

『沖縄の火種(ウチナーヌウチケビー) 戦果アギヤーの1947年』

作 竹内一郎
登場人物

【アギヤー】
金城清真
喜屋武剛史
具志堅譲二
島袋寛太
新垣舞子(琉球舞踊の師範)
上原香奈
宮城凛
ユタ

【アメリカ軍】
ゲーリー・ブランソン中将(基地司令官)
マリーダ・ヘンデル中佐
チャールズ・スミス少佐
リネット・ブランケン
マイク・ウッズ(基地倉庫見張りの兵士)
トミー・ステモンズ(同)

【琉球独立党】
石川龍二
比嘉直哉

【その他】
木塚修身
村岡峰子(木塚の担当編集者)
山城(金城とは別グループの戦果アギヤー)
原田(同)

米軍基地――。
夜12時ごろ。
フェンスの前を歩哨の兵隊が歩いている。
金城のグループの体当たり実行部隊の女、宮城凛がすすり泣きながら走ってくる。
後から、新垣舞子、上原香奈が追ってくる。
ちょっと離れて、チャールズ・スミス少佐がマイク・ウッズを従えてやってくる。
凛  ねーねー、私、怖い。できないよ。(大声で泣き始める)。
舞 子 甘ったれるな。ごはん、食べたいだろう? 死にたくないだろう?
凛  でもさ。でもさ――。
舞子は、凛をひっぱたく。
舞 子 私たちに選べる道はないよ! 生きるための最後の手段さ。
凛  (頷く)……。
舞 子 香奈も覚悟はできたね?
香 奈 うー……。
舞 子 (スミスに)お待たせしました。
スミスと部下が近づく。
舞 子 優しくしてあげて下さいね。
スミスはドル札を舞子に渡す。
スミス (凛と香奈に)くるんだ。
香 奈 私、初めてなの。
マイク 来い。
香 奈 ネーネー。
凛  ネーネー。
スミス 声が大きい。
舞 子 そんな悲しい顔さんけー。
スミスとマイクは、フェンスの奥へ。
凛と香奈は、後から着いて行く。
舞子は、見送り反対に去っていく。
一同のやりとりを隠れて見ていた木塚修身が現れる。
木塚はカメラを首に下げている。
木 塚 ……ああ。人身売買だ。
立ち尽くしている木塚。
木 塚 戦争に負けた厳しい現実が――。
そこに、木塚に基地内を案内する係の女性米兵、リネット・ブランケンがやってくる。
リネット 木塚さん!! 木塚さん!
木 塚 ああ。
リネット 困りますよ。基地内を勝手に動き回らないでくださいといったでしょう。
木 塚 すいません、いろいろ珍しいものばっかりだったんで、つい。
リネット いいですか、私から離れるのは危険ですよ、この基地には度々、戦果アギヤーと呼ばれる、基地内の物資を盗みにくる盗賊団がやってきます、兵士に、その一味だと思われたら、即、銃で撃たれますよ。
木 塚 はあ。
リネット 写真は撮っていませんよね?
木 塚 ええ、もちろん。
リネット 撮りましたね?
木 塚 はい。
リネット 無断で写真を撮るなといったでしょう。
木 塚 すいません。つい。
リネット 写真のネガは後でチェックさせてもらいますから。
木 塚 そんな、では、没収されてしまう写真もでてくるのですか?
リネット 当然です。
木 塚 どうしても資料として使いたい写真が何枚かあるんですけど…。
リネット 木塚さん、あなたは、大学生ではあっても、一応は本土の大阪にある新聞社から派遣されたジャーナリストです。新聞社のジャーナリストが許可なく撮った写真を、無断で持ち帰らせる軍施設はありません。
木 塚 はあ。
突然、基地内に、警報が鳴る。
そして、遠くから機関銃の銃声がする。
驚く木塚。
リネット 侵入者のようですね。
木 塚 あ、あの、基地内に盗みに入るという盗賊団でしょうか?
リネットは腰から拳銃を抜き出し――。
リネット おそらく戦果アギヤーでしょう。私たちは建物に戻りましょう。ジープをとってきます、木塚さんはここを動かないで。
木 塚 はい。
リネット すぐに戻ります。
去っていくリネット。
リネットがいなくなってから、銃声がするほうへ向かい去っていく木塚。

金城たちのグループがリヤカーを持って現れる。
米軍の物資を、リヤカーに積み込み始める。
リヤカーには、すでに巨大なものが乗っている。
金 城 そっちの戦果は――?
寛 太 機関銃が六丁に、銃弾が三ケース。
譲 二 手榴弾が二十と六発――。
剛 史 煙草三百ケースにバーボン二十ケース。
ユ タ それにアテブリン五万錠――。
寛 太 アテブリン? なんだば、それ。
金 城 マラリアの特効薬よ。アジア中の人間が、喉から手が出るほど欲しがっている。高く売れるど。
舞子が出てくる。
舞 子 全部、積み終わったか。
金 城 とう。
リヤカーを動かそうとする金城清真。
金 城 りか。
剛 史 りかりか。
リヤカーを後ろから押そうとする剛史。
だが、島袋寛太が――。
寛 太 待って!!
譲 二 ぬぅー!
寛 太 わら半紙――。
譲 二 はぁ?
寛 太 わら半紙、どっかに落とした。
剛 史 そんなのはもういいさ。りかりか。
寛 太 もうすぐなくなるってば。
譲 二 あれだろう? おまえが漫画を描く為の紙だろ?
寛 太 やさ。
剛 史 今度来たときにしれ、うりひゃー、アメ公くるよ。
寛太の腕を引っ張る剛史。
剛史の腕を払う寛太。
奥でわら半紙を探そうとする寛太。
譲 二 タンメー、行こう。あれは置いていこう。
リヤカーを押し始める。
金 城 えぇー、寛太、はやく探せ。
寛 太 (探して)あった。
わらばん紙を探し出す寛太。
寛 太 あった。
舞 子 はいく!
寛太は、追いかける。
そこに、木塚が現れる。
木塚に注目する金城たち。
譲 二 なんか、お前? お前もどっかのアギヤーか?
木 塚 アギヤー? いや、僕は本土の新聞社から派遣された新聞記者です。米軍の基地を取材しているんです。
譲 二 あいっ、内地の人間か。
金城たちをカメラで撮ろうとする木塚。
木 塚 あなたたちは一体、なにをしているんですか?
譲 二 みればわかるだろ、米軍の物資をかっぱらっているさ。
木 塚 かっぱらい? どうしてそんなことが――。米兵に殺されますよ。
金 城 俺たちが米軍基地からものを盗む理由を知りたいか?
木 塚 はい。
金 城 生きるためさ。
木 塚 生きるため?
金 城 わっはっは――。
木 塚 うわあ、面白い。
カメラで、アギヤーたちの写真を撮る。
譲 二 お前、なにを無断で写真撮ってるば!
木 塚 なんだか、いい被写体だなあと思って。
寛 太 ふらー。調子に乗らんけ。
寛太は、木塚のカメラを取り上げる。
寛太は木塚の頭を張る。
木塚は詫びる。
金 城 うり、俺たちはずらかろう。
リヤカーを押し、米軍の敷地から出て行く金城たち。
呆然と金城たちを見送る木塚。
木 塚 あんたたちただの泥棒じゃないですか。
寛 太 かしまし、よけいなこというな。
呆然として、カメラが持っていかれたことに気が付く。
木 塚 ああ!! カメラ。あんたたち、やっぱり泥棒です。
木塚は金城たちを追う。
暗転

米軍基地司令官室――。
朝八時ごろ。
ゲーリー・ブランソン中将がマリーダ・ヘンデル中佐に問いただしている。
横に、スミス少佐がいる。
ブランソン マリーダ・ヘンデル中佐、例のものが盗まれたという報告は確かか。
マリーダ 間違いありません。私が自分で確認してまいりました。
ブランソン ホワイトハウスに知れたら、大事(おおごと)になる。一刻も早く回収するんだ。
マリーダ はっ。
ブランソン くれぐれも取り乱すな。戦果アギヤーの手に余るものだ。速やかに回収すれば、何の問題もない。
マリーダ はっ。
マリーダは去る。
ブランソン スミス少佐。
スミス はっ。
ブランソン 沖縄をホワイトハウスが、日本の領土にすると思うか?
スミス 私にはなんとも――。
ブランソン 中国は蒋介石の国民党と毛沢東の共産党が内戦で、真っ二つに分かれている。朝鮮半島も三八度線を境に一触即発だ。アメリカには自由になる軍事基地が必要だ。この極東のどこかに。極東全体に睨みが効いて、独立した土地は沖縄をおいてほかにない。日本が独立し、植民地を脱した後も、アメリカは沖縄を返還することはない。
スミス すると、ブランソン司令官は、沖縄というアメリカの統括地のトップということになりますね。
ブランソン いらんこと、いわんでいい。
暗転

アギヤー部落――。
女たちは『五穀豊穣』を踊っている。
アギヤーたちは宴会を開いているのである。
金城がドラム缶一杯に入った札束を無造作に掴み、金を仲間に渡していく。
金 城 うりっ、今回の取り分。今日の戦果もでかかったな。みんな好きなだけ呑めよ。
札束を受け取って、無造作にポケットにしまうアギヤーたち。
喜色満面である。
新垣舞子が、香奈、凛に――。
舞 子 あんたたちも、ご苦労だったね。香奈、芝居うまくなったさ。
香 奈 アメちゃん大満足だったよ。ジャパニーズ・ガール・ソー・スイート。五十回は言ってたよ。
舞 子 凛は――? アメちゃん、喜んだ?
凛 (笑いながら)チップ、こんなに貰ったさ。
舞 子 上等。
凛  うり、ネーネー、もっと振り付け教えて。
舞 子 うりひゃあ。いいよ。
凛  さっきの続きやりたい。
金 城 いいなぁ。俺も乗るど。
男たち (口々に)わんも。
女たちは舞子の唄に合わせて、五穀豊穣を踊る。
男たちは、踊りの真似をしている。
舞子たちは舞踊を踊る。
金城たちが踊っている中、そこに、木塚が現れる。
木塚は呆然と、金城たちの踊りを見ている。
金城たちの踊りが終わる。
木塚に注目する金城たち。
譲 二 これ、新聞記者――。
木 塚 カメラ、返してください!
寛 太 (笑う)カメラ取りにこの部落まできたのか?
金 城 もうないさ。中国人に売ったよ。いつまでもあると思うな、親とカメラってさ。内地には、そんなことわざないのか?
木 塚 泥棒じゃないですか?
金 城 これ、笑わすな。俺たちは、最初から泥棒よ。今さら言われてもなあ。
加 奈 タンメー。 誰ねぇ、この人?
金 城 分からん。自称・新聞記者。
剛 史 はいさい、新聞記者様。
木 塚 (びくついて)はい。
剛 史 めんそーれ。飯、食べていけ。
木 塚 (おびえて)別のカメラでもいいから、返してもらうまで許しませんよ。
寛 太 そんなに怖がらんくてもいいさぁ。俺たちはそんなに悪い奴じゃないよ。
木 塚 自分が悪い奴じゃない、という人は大体悪い人です。
寛 太 これ、大人の世界がよくわかってるな。
剛史は木塚の肩に腕を回し、強引に、木塚を宴会のテーブルに座らせる。
剛 史 食べれ。
木塚は剛史に――。
木 塚 どうも。
木塚はテーブルに並ぶ、食糧を見て、
木 塚 うわ、すごいな。
寛 太 (笑う)だっからよ。
木 塚 どうやって手に入れたんです? これを?
剛 史 米軍基地から、奪ったものを売った金で、手に入れたさ。
木 塚 それって、泥棒ですよね。
香 奈 余計なこと言わんくていい。
剛 史 アメリカ軍の物資は、マーケットで飛ぶように売れるど。
譲 二 マーケットにはアジア中から商人が集まってくるさ。
寛 太 俺たちも船を飛ばして、アジア中に売りさばく。
木 塚 あなたたちはアメリカ軍から奪った物資を、売って暮らしているんですか?
剛 史 潤うのは、俺たちだけあらんど。奄美の人間も、石垣の人間もみんなさ。金をあるところから頂いて、ない所に配る。義賊だと思えばいい。現代の石川五右衛門さ。(笑う)わかったか。わかったら食べれ。
木 塚 それで、彼女たちは?
寛 太 彼女っていう感じでもないけどな――。
舞 子 私たちは、体当たり部隊さ。
木 塚 体当たり部隊?
舞 子 この娘たちが、見張りの兵士を誘惑している間に、男たちが、物資を奪っていくわけ。
木 塚 じゃあ、あのときのは芝居ですか――。
香 奈 昨日の夜のこと、見てたんだ。――そうよ、商売さ。
凛   そんなことで、びっくりしていたの? うぶだね。
香 奈  可愛い。
木 塚 (凛に)あのとき、大粒の涙、流していましたよね。
凛  あれね、わじゃと。……少し嫌がる振りしたほうが、アメちゃんも喜ぶし。
香 奈 私、初めてなの、っていうと喜ぶのは、日本人もアメリカ人も同じさ。
木 塚 じゃあ、嘘ついていたんですよね。
香 奈 嘘じゃないさ。男が喜ぶことを言ってあげるのが、女の真実よ。わかった?
木 塚 わかりたくないかも。
剛 史 うり、食べれ。(食べ物を口に入れる)
突然食べ物を口に入れられる木塚。
寛 太 だぁ? 内地じゃぁ、食べられないものばっかりだろう。
木塚が食べるところを、全員がじっと見る。
木 塚 なにか、味わう余裕がありません。
一同笑い。
突然、米軍のゲーリー・ブランソン中将が、マリーダ、スミス以下数名の兵士たちを引き連れやってくる。
ブランソン 動くなーっ!!
「動くな」といわれて、アギヤーたちは、一瞬止まるが、反抗して食べ続ける。
木塚も真似して、食べ続ける。
マリーダは、食卓を機関銃の柄で叩く。
木 塚 うわっ!
マリーダ 反抗的な態度はやめろ!
木 塚 やっぱり、怒られますよね。
マリーダ 当然だ。
寛太が木塚に――。
寛 太 なんくるないさ。形だけのガサよ。あれたちすぐに帰っていくさ。それにあれたちから奪った物はとっくに売っぱらったから、ここにはねーらん。
マリーダ 整列。
ブランソンの前に並ぶ部下の兵士たち。
ブランソンが部下に命令する。
ブランソン 犯人はこいつらだ。周辺を隈なく捜せ!!

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