戯曲「過激にして愛嬌あり 宮武外骨伝」冒頭

過激にして愛嬌あり 宮武外骨伝

登場人物

宮武外骨 明治大正昭和を生きた伝説の操觚者(ジャーナリスト)

神岡浩平(35) ウェブ情報誌「グッドニュースジャーナル」記者

前田良治(45)  ウェブ情報誌「グッドニュースジャーナル」編集長

山内三郎(31)  ウェブ情報誌「グッドニュースジャーナル」記者、風俗記事担当

笹木法子(25)  ウェブ情報誌「グッドニュースジャーナル」記者、新入社員

島崎玲奈(24)  ウェブ情報誌「グッドニュースジャーナル」アルバイト

若本伸江(62) ビル清掃会社掃除婦

岡田康子(61)  ビル清掃会社掃除婦

窪塚竜也(35) ヤクザ

片山哲人(27) ヤクザ

伊藤痴遊 講釈師

伊藤小鳥 痴遊の弟子

宮武八節(やよ) 外骨の2番目の妻

瀬木博尚 外骨の友人、後の「博報堂」創業者

井上仁太郎 外骨の友人、後の講釈師、伊藤痴遊

森近運平 社会主義者

幸徳秋水 社会主義者

成島柳北 明治の操觚者(ジャーナリスト)

記者1

記者2

萩欽三 安治川署署長

山松友次郎 運送会社社長

森田正縄 運送会社社長

警察副署長
警官1~2

新聞記者

森田の従業員1
従業員2

警官

看守1
看守2

桜 芸者
葵 芸者
山吹 芸者

弁天
今宮
天満

野口茂平

岩本誠二国交相

金城真之介  大手ゼネコン金城建設会長

大臣秘書

暗闇の中、一筋のスポットライトがあてられる。ライトの下には、和装の男が釈台に付いて、客席に向けて頭を下げている。その男は講釈師の伊藤痴遊である。
伊藤は満面の笑みを浮かべ、顔を上げる。

伊藤 皆様。いっぱいのお運び、誠にありがとうございます。興行主に代わりまして、深く御礼申し上げます。ワタクシ、講釈師の伊藤痴遊と申します。本日は、このお芝居の案内役を務める事に相成りました。よろしくお願い申し上げます。こちらにいるのは、
小鳥 伊藤小鳥。痴遊先生の弟子でございます。
伊藤 さて、お芝居を始めさせていただきます前に、少しばかりお時間を頂戴いたしまして、ワタクシのお話にお付き合い願いたく存じます。――「筆禍(ひっか)」という言葉がこざいます。

伊藤の背後のスクリーンに「筆禍」と映し出される。

伊藤 ふでのわざわいと書くんでございますが、ちょいと辞書で意味を調べてみますと――。
小鳥「発表した文章の内容が原因となって、当局や社会から処罰を受けたり制裁を加えられたりすること」
伊藤 ――なんて出てきます。たまにありますな。マスコミなんぞが、芸能人のあれこれを、ある事ない事書き連ねて、名誉棄損で訴えられるなんてことが。これが、この筆禍というものです。ですが、今から百年以上昔、明治や大正なんて時代ですと、この筆禍というものも、現代とは少々趣を異にしたようでした。
小鳥 というのも、現代に比べて明治大正は、政治権力がマスメディアに対して行う規制、いわゆる言論統制というやつが大変に厳しかったんです。
伊藤 明治三十七年、大阪の安治川(あじかわ)という場所でこんな事件がありました。安治川での運送会社の営業権を巡り、山松友次郎という人の会社と、森田正縄という人の会社、2つの運送会社が対立しておりました。安治川署への営業権申請は、森田の方が早く、通常なら、彼の会社に営業権が渡るはずでした。ところが、安治川署署長、萩欽三は、山松の会社に営業権を認可したのです。

伊藤にライトがあてられ、そこに、警官、萩欽三が現れる。 萩の前に大阪航運会社の社長、山松友次郎が現れ、大金、賄賂を渡す。

山松 萩署長。安治川での運送会社営業権、どうか、我が社にお願いいたします。
萩 心配には及ばんよ、山松君。君と私の仲だ。営業権は、君の会社のものだよ。

萩と山松は顔を見合わせほくそ笑む。
伊藤にスポットライトがあてられ、そこに運送会社社長の森田正縄と従業員2人(1、2)、そして警察副署長が現れる。

森田 わが社が不認可ってどういうことですか? 最初に申請を出したのはウチですよ?
従業員1 営業権がなくなったら、仕事がなくなる!
従業員2 家族がいるんだ! 生活はどうなる?
副署長 黙れ! 我々警察に楯突くか気か? なんなら、貴様らの会社ごと潰してやってもかまわんのだぞ?

警察官に凄まれて、森田と従業員2人は、すごすごと引き下がる。警察官は、伊藤の右隣の2人の所に行く。

副署長 署長、うるさい奴らは黙らせておきました。
萩 ご苦労。
山松 ありがとうございます。これで、わが社は安泰です。

3人は顔を見合わせて笑う。

伊藤 山松から賄賂を受け取った萩は、本来森田の会社が持つべき営業権を山松の会社に変えてしまったんです。後に萩欽三収賄事件と呼ばれる誰の目にも明らかな警官の汚職事件です。ですが、明治大正の時代は、表立ってそれを悪いとは誰も言えなかったんですな。
小鳥 こいつを告発しようとしたマスコミが現れると。

肩を落とす森田達の元に新聞記者の男が現れる。

新聞記者 私は新聞記者です。この事を世に告発し、皆さんを救ってみせます!
森田 本当ですか?
従業員1&2 お願いします!

新聞記者は新聞を振りかざして、萩、山松、警察官に近づいていく。

新聞記者 悪人共! お前たちの悪事は全てお見通しだ!

新聞記者が近づいてきても、警察官は動じずに、笛を取り出して吹く。すると、警察官1が現れ、新聞記者を拘束する。

新聞記者 何をする!
副署長 (部下に)連れて行け。国家反逆罪だ。
新聞記者 何だと!

警察隊は、新聞記者に暴行を加えて、連れ去って行ってしまう。

伊藤 こんなふうに、言論統制の名のもとに、口をふさがれてしまいます。雑誌や新聞に偉い人を非難する記事を書けば、その媒体は発禁処分にされて、罰金まで払わされる。
小鳥 逮捕されることもありました。
伊藤 当時の筆禍とは、言論統制によって、マスコミが迫害を受けることだったんです。そんな世の中ですから――。
小鳥 当然、権力者の好き勝手は野放しです。
伊藤 下手に楯突いたら、どんなヒドイ目にあうかわからない。筆禍を恐れて、マスコミの大半は、権力者にすり寄り、媚びを売り、社会正義は形骸化しておりました。

先ほど連れていかれた新聞記者が土下座し、萩にすり寄る。

新聞記者 私が間違っておりました。国の決めることに誤りなどあろうはずがございません。
萩 わかればよいのだ。
新聞記者 これからは、政府を讃える御用記事を書いてまいります。

萩と山松、警察官、新聞記者は、高笑いする。
森田達はその様子を見てガックリと肩を落とす。

伊藤 どんなに虐げられようと、力のない庶民は、何もできずに耐えるほかない。悪い奴らはさらにのさばっていく、そんな時代なのでした。
小鳥 なんともやりきれません。
伊藤 ――しかし、そんな民衆の鬱憤を笑い飛ばすかのように、ここに一人の男が現れます!

その時、舞台の照明が薄暗くなる。

外骨(声) 大バカ者共がっ!

突然の怒声に、舞台にいた人間が何事かと慌て始める。

山松 一体何が起こった?
萩 何者だ?
外骨(声)  威武に屈せず富貴に淫せず、ユスリもやらずハッタリもせず、天下独特の癇癪を経(たていと)とし色気を緯(よこいと)とす。過激にして愛嬌あり。ワシの名は……。

萩と山松、警察官、新聞記者の4人が出えてくるが、外骨が叩きのめす。
その男こそ宮武外骨である。

外骨 天下御免の危険人物! 宮武外骨なり!
萩 宮武外骨だと? なんだ、その珍妙な名は!
新聞記者 知っています! 最近世間を騒がせている雑誌記者です! お上に楯突いては、筆禍事件を引き起こしている狼藉者ですよ!
外骨 転び記者ごときが、ワシを語るな! 貴様らの悪事、全て余さず、ワシが記事にしてくれる!
萩 記事だと? 貴様、筆禍が怖くないのか?

外骨は高笑いをする。

外骨 迫害が怖くて操觚(そうこ)者を名乗れるか!
伊藤 自らを操觚者と名乗るこの男、姓は宮武、名を外骨、宮武外骨と申します。ちなみに操觚者とは、こういう字を書きます。

伊藤の背後のスクリーンに大きく「操觚者」と出る。

伊藤 操觚とは、文筆に従事する事を指すのですが、この意が転じて、明治大正期において、「操觚者」とは、ジャーナリストを意味する言葉でした。
小鳥 生涯、自らを操觚者と称したこの宮武外骨。
伊藤 丸メガネに口髭、愛想のないしかめっ面、なんとも胡散臭い風体のこの男。

外骨はジロリと伊藤を睨む。伊藤は身を竦める。

伊藤 おっと失礼。兎にも角にも宮武外骨、明治大正昭和をかけて生きた伝説のジャーナリストにして、時の権力者からは反骨の奇人と恐れられた男、そして本日のお芝居の主人公なのでございます。
副署長 生意気な!

軽快な音楽。
音楽に合わせ、外骨と四人のスローモーションの殺陣――。
シルエット。
その背後のスクリーンには、「滑稽新聞」などの外骨の書いた記事が次々に映し出される。森田達が喝采をあげる。

森田 いいぞ! 外骨!
従業員1 もっとやれ!
従業員2 外骨さん頑張れ!
伊藤 言論統制なんのその。権威をあざ笑い、権力をからかい、その生涯で投獄される事4回、通算服役年数約4年間、発禁ーー。
小鳥 発売禁止のことです。
伊藤 ー―は合計二十九回。筆禍という言葉はこの男のためにあるようなものでございます。しかし、いくら弾圧されても宮武外骨、ひるむどころか、それを逆手にとってユーモアとしゃれで権力に立ち向かい続け、時の権力者どもを心胆寒からしめたのであります。

外骨にかき回される形で、混乱した一同、伊藤を残して、はける。

伊藤 平成も終わり、令和と相成りました今この時、この時代。
小鳥 明治大正昭和をかけて生きた稀代の痛快ジャーナリストの魂は、現代をどう見つめるのか?
伊藤 それでは! 皆様、最後までごゆるりとご観劇のほどを。
小鳥「過激にして愛嬌あり 宮武外骨伝」はじまりはじまり。携帯、スマホ、切ってくださいね。

伊藤が客席に向かって頭を下げる。

――暗転

2019年 新宿副都心。7階建ての雑居ビル。 午後十時

雑居ビルのオフィスの一室、そこは、ウェブ情報サービス「グッドニュースジャーナル」編集部である。
デスクには編集長である前田良治を中心に、記者の神岡浩平、山内三郎、笹木法子が座っている。前田は頭を抱え、そんな彼に山内と法子は身を乗り出すように顔を近づけている。神岡は、新聞を広げて読んでいる。少し離れた来客用のソファにはアルバイトの島崎玲奈が座っており、彼女は自分のスマホをいじっている。
雑然としたオフィス内には重い空気が漂っている。

前田 うー! どうしよう。どうしよう。
法子 前田編集長。もう夜の十時ですよ? 締め切りまであと二時間。そろそろ決めていただかないと。
前田 そうは言っても。法子君。
山内 もういつも通り、俺の書いたエロ情報でいいんじゃありません? どうせ偶然モノにしたスクープですよ。俺らには荷が重すぎますって。
前田 山内君、そうだよね。
法子 何を言っているんです! 偶然とはいえ、我々グッドニュースジャーナルにとってチャンスなんです? 大スクープ、配信しましょう! 編集長も、ジャーナリストの鑑になれますよ?
前田 鑑! ……でもなぁ。
法子 ハッキリしてください! 編集長!
前田 この事実を報道すれば、政府を、国を敵に回すことになる。スポンサーだって降りるぞ。会社は間違いなくつぶれる。みんな失業だぞ。私は女房子供になんて言い訳すればいいんだ。玲奈君はどうすればいいと思う?
玲奈 ジャーナリストの鑑なんて、はっきりいって、柄じゃないと思います。神岡さんは?
神岡 (新聞に目を落としつつ)俺はどっちでもいいです。
前田 そうだねよぇ。あ~! どうすればいいんだ! (頭を抱える)

編集部の照明が薄暗くなり、舞台横に照明が当てられる。そこで、ビル掃除婦のオバサン2人組、若本伸江、岡田康子がお喋りをしながらモップ掛けをしている。
オバサン2人が今、掃除をしているのは、グッドニュースジャーナル編集部があるオフィスの一階下のフロアである。

伸江 康子さん、知ってる? (上を指さし)エロ情報を書いている山内さん、奥さんに浮気されているのよ。
康子 やっぱりね。山内さん、自分は取材と称して、風俗店で浮気をしているようなものだし、自業自得よ。伸江さん、なんでこんなこと知っているの?
伸江 地下に喫煙所があるじゃない。あそこで奥さんからかかってきた電話に土下座していたのよ。奥さんもスマホに向かって叫んでいる感じでさ。10メートル離れていても聞こえたわよ。
康子 と、三階の会社のバイトの女の子から聞いたのね。
伸江 当たり!

掃除もひと段落つく。

康子 伸江さん。後は、上のフロアだけよね。
伸江 そうね。康子さん。ちゃっちゃっと終わらせちゃいましょう。
康子 ここの上って、報道雑誌の編集部よね。
伸江 雑誌じゃないわよ。ウェブニュースマガジン。ウェブ情報サービスよ。インターネットで、世界中に報道ニュースを配信する媒体よ。報道のグローバリゼーションってやつ。
康子 やめてよ。意味わかんない横文字。私苦手なんだから。
伸江 ようするに、新聞なんかとは違って、紙じゃなくてネットでニュースを流している会社よ。
康子 インターネットで? なんだか高尚そうね。
伸江 高尚? アハハハ! 全然よ。グッドニュースジャーナルなんてそれっぽい名前しているけど、やってる事は三流。報道なんて名前ばっかり。結局広告で食べているわけだから、スポンサーの顔色を窺っているだけ。みんなが注目するように、スケベなお店の情報とか、芸能人の不倫記事ばかり。
康子 まぁ!
伸江 あそこで、去年一番好評だった記事がね。「東西女子アナ巨乳番付」。
康子 何その頭の悪そうなタイトル。
伸江 テレビの女子アナの写真並べて、誰のお乳が一番大きいかって議論するだけの記事。
康子 バカじゃないの。
伸江 大きさより、形よね。
康子 おだまり。

2人はモップを片付けて、バケツを持って歩き出す。
2人が階段を上がって、上のフロアに上がると同時に編集部の照明が元に戻る。
編集部内には重い空気が漂っており、それを察して2人は驚く。

伸江 康子さん。なんだか様子が変。
康子 伸江さん。もう夜の十時よ。いつもだったら誰もいないのに……。

伸江と康子は編集部に入っていく。

伸江 (神岡に)すいません。大和田クリーニングセンターの者ですけど。
神岡 (皆に)掃除のオバサンです。
伸江 清掃に入らせていただきたいんですけど。
神岡 もう少し待ってもらえませんか?
前田 山内君。
山内 はい。

山内は二人に椅子を持っていく。

今、大事な会議中なんです。
康子 私たち、時間で働いているんです。時間で始めさせてください。
前田 そこに少し座って待っていてください。お願いします。

伸江と康子は前田に押され、椅子の方に行く。それに気づいて、玲奈は2人に近づく。

玲奈 伸江ちゃんだ。こんばんは。
伸江 玲奈ちゃんこんばんは。
康子 あらお知り合い?
玲奈 伸江ちゃんは、このビルの色んな会社の社員さんとかバイトさんとかとたくさん顔見知りなの。
伸江 ねっ。
康子 この会社の秘密、全部伸江さんにばれています。
玲奈 (康子に)私、島崎玲奈です。この編集部でアルバイトしています。
康子 あらカワイイお嬢さんだこと。頭はゆるそうだけど。
玲奈 よく言われる~。
伸江 それよりも玲奈ちゃん。なんだか今日、様子おかしくない? アンタのバイトの時間、いつもならもう終わっているはずでしょう?
玲奈 私も困ってるの。帰りたいんだけど。
伸江 ここの連中があんな真面目な顔しているの初めて見たわよ。
玲奈 私も初めて。いつもだったら、山内さんが嬉しそうな顔してエッチなお店に行く時間だもん。

玲奈たちの会話を聞いていた山内が間に入る。

山内 人聞き悪いな! 俺がいつもエッチな店に行ってるみたいじゃない。
伸江 (自分の手帳を懐から取り出して開く)昨日アンタが行った店は、「ハプニングパラダイス」。一昨日は「私立熟女女学園」その前の日は「セクシーハリケーン」。
康子 毎日じゃないのよ!
玲奈 ドン引き。
山内 なんで俺が行った店を掃除のオバちゃんが把握してるの? 全部あってる! スゴイよ!
康子 伸江さんの情報収集能力をなめたら地獄に落ちるわよ。
山内 あのね。玲奈ちゃん。俺だって好きでエッチな店に通ってるわけじゃないの。仕事なの。俺の風俗潜入ルポは、わが編集部の貴重な人気コンテンツだぜ。
康子 去年一番人気の記事が東西女子アナの巨乳番付っていうしょうもない会社だし。

康子、伸江、玲奈は顔を見合わせて笑う。
それを見た、法子が近寄ってくる。

法子 笑わないでください! たしかに、世間では私たちのウェブマガジンは、低俗とか言われてますけど。少なくとも、私はこのグッドニュースジャーナルを一流の報道機関にしようと頑張っているんです!
康子 あらごめんなさいね。でも、事実だし。ねぇ?
伸江 ねぇ?
玲奈 ねぇ。

康子、伸江、玲奈の態度に、法子はさらに怒る。

法子 そうやってバカにしてられるのも今のうちです! わが社は超スッゴイ大スクープをものにしちゃったんですから!
伸江 大スクープ?
前田 法子君! 部外者に教えちゃダメだよ!
伸江 アンタは黙ってなさい! それより、大スクープってなによ?
法子 これです!
前田 やめろ!

法子は写真の束を伸江に渡す。伸江と康子と玲奈は写真を覗き見る。
同時に舞台脇が暗くなる。

伸江 これ、山内さんが昨日行った「ハプニングパラダイス」とかいう、いかがわしい店の写真じゃない?
山内 なんで店の内観まで知ってるの? 事実、その通りだけどさ。ちなみにその写真撮ったの俺。
伸江 アンタが?
山内 そう。昨夜そこのハプニングバーで、ふんどしナイトってイベントがあってね。その潜入ルポのために、行って来たんだ。
康子 ハプニングバーってなに?
玲奈 性的にいろいろな趣味を持った人たちが集まって、お客同士で突発的な行為を楽しむ、バーの体裁をとった風俗店の事。
康子 ふんどしナイトとは――?
玲奈 時々特別なイベントもやるのよ。お客さんが、みんなふんどしを穿いて集まるわけ。
康子 あんた可愛い顔して、そんなエグイことをしれーっと。でも、何よ。スクープといっても結局いつもの風俗情報記事じゃないのよ。(写真の束をめくる)うわっ! このヒョウ柄のふんどし、大阪のおばちゃんよね。
伸江 じゃあ、この赤ふんは、広島カープのファンよね。
山内 ぶーっ。その人は浦和レッズのファンでした。
法子 ふんどしナイトはどうでもいいんです! 6枚目から見てください。奥のスペースにいる2人組、よく見て。
伸江 6枚目?

伸江が写真の束をめくると、「パシャッ」というSEの後、舞台脇にスポットライトが当たる。ライトの下には、2人の男が、向かい合って座っている。一人は現国交相の岩本誠二、もう一人は大手ゼネコン金城建設会長の金城真之介である。2人は写真の画のように静止している。

伸江 オッサンが2人で向かい合って座っているだけじゃない。ーーこの人。なんか見覚えが……。
康子 そう言われると、どっかで――。

伸江と康子は考え込む。そして伸江は不意に思い出す。

伸江 あーっ! この人、今の国土交通大臣、確か、岩本誠二よ!
康子 クリーンが売りの二世議員ね。総理と同じ派閥で、総理の腰ぎんちゃく。こいつがふんどしナイトに? こりゃスクープだ!
法子 問題はそこじゃないの。次の写真見てください。

スポットライトが消え、岩本と金城は見えなくなる。伸江が再び写真をめくると「パシャッ」というSEが鳴る。それと同時に、スポットライトが再びともり、静止した岩本と金城が浮かび上がる。金城は岩本にスーツケースに入った大金を渡している。

伸江 岩本大臣、人相の悪いオッサンからスーツケースを受け取っているわ。このスーツケースの中身――札束じゃないのよ!
法子 恐らく一億円はくだらない!
康子 誰よ? 岩本大臣に金渡しているこのオッサン!
法子 総理の選挙区に強い大手ゼネコン、金城建設の会長、金城真之介。
伸江 ゼネコンの会長が、現職の国交大臣に大金を渡している現場? これって――。
法子 収賄の現場です。最近、総理と副総理の選挙区を結ぶ大規模な公共事業が、国交省主導で始まることが決まりました。金城建設は中でも大規模工事を受注しています。
伸江 これは賄賂を渡している証拠写真か――。でもなんでこんないかがわしいお店で?
康子 二人の趣味が一致していたんじゃない?
山内 加えてカモフラージュにもってこい。昔はこの手の裏取引は高級料亭が定番だったけど、最近はどこも大手マスコミが張っているんですよ。その点、特殊な性癖の人が集まる店はセキュリティも厳しいし。隠れ蓑としては意外に悪くない場所かもしれませんね。

スポットライトが消え、岩本と金城は去る。
2人がいなくなり、舞台脇の照明は元に戻る。

康子 まっとうな報道記者なら、こんな店が汚職の現場なんて、まず考えないわよね。
伸江 まっとうではないからね。蛇の道は蛇ね。風俗記者。
山内 それほどでも。
康子 褒められてないし。
伸江 普段エロにしか興味ないくせに、よくこんな写真撮ったわね。
山内 そこはホラ。俺の中の秘められたジャーナリスト魂に突き動かされたというか?
玲奈 山内さんにジャーナリスト魂? ウソだぁ。単なる偶然じゃん。
法子 風俗魂ならわかるけどね。
山内 ひどいな!
伸江 なんにせよ。偶然とはいえ、こんな大スクープの写真が撮れちゃったのね。法子ちゃんの鼻息が荒くなるのも納得ね。
法子 この大スクープを公表すれば、私たちをバカにする奴らはいなくなります。グッドニュースジャーナルは一流報道機関の仲間入りですよ!

高笑いする法子だが、その背後に神岡が近づいてきて、丸めた新聞で法子の頭を叩く。

法子 (神岡に叩かれ)アイタッ!
神岡 部外者に社外秘をペラペラ喋るな。

神岡は、伸江から写真の束を取り上げる。

伸江 (神岡に写真を取り上げられて)あっ。
神岡 それに、このネタを記事にするかどうかは、まだ編集長が決定してないだろ。

神岡は写真の束を机に置き、自分の席につき、再び新聞紙を広げる。

法子 そうだった! 編集長。バシッと決めてください! 男らしく。
前田 (間)でも――。
法子 あと、二時間切っているんですよ。
前田 それは、わかっている……。

前田は頭を抱える。

康子 なによ、あれ? 編集長、大スクープをものにしたっていうのに、浮かない顔じゃない。
伸江 わかった。怖気づいてるのよ。
康子 怖気づく? なんで?
伸江 考えてもみなさいよ。相手は大臣様よ。バックには総理と副総理。あの記事を報道するって事は、国に楯突くって事よ。こんな吹けば飛ぶような三流会社が。
神岡 そんなことをしたら、圧力をかけられて、潰されて、挙句の果てに、亡き者にされるのが関の山だ。
前田 怖い事言うなよ。

一同、前田を見る。

前田 その通りだ――。
法子 編集長! 日付が変わるまでには決めてください。次号配信回に間に合わなかったら、スポンサーに違約金を払う事になりますよ。
前田 それも困る! それをやっても、わが社は倒産だ!
伸江 どういうこと?
神岡 ウェブの報道サイトは基本的に読者は無料で読めるんだ。一二時きっかりに出すという契約の広告料が収入源なわけ。カタカナで言うと、アフィリエイトってヤツ。
康子 つまらん横文字使う男は女に持てないわよ。
玲奈 当たっているだけに、きつい!
山内 皆さん、もう一個の案でいきましょう。先月一番評判良かった「東西女子アナ巨乳番付」。これをシリーズ化した第二弾! その名も「東西女子アナお尻番付」!
法子 詰まんない。超つまんない。
山内 エロスの深淵がわからん女こそ超つまんない。オッパイとお尻は全く違う。オッパイが人類にとって愛なのだとしたら、お尻は宇宙ーーいや、神と言っても過言ではない!
玲奈 意味わかんない! 馬鹿じゃない。
法子 そもそも、このスクープ写真を撮ってきたのは山内さんじゃないですか! 自分のスクープで世の中を変えたいとは思わないんですか?
山内 それはそれ、これはこれ。俺は女房子供がいるの。生活かかってるんだぜ? 危ない橋は渡れないよ。
玲奈 だからといって、こういう低俗な記事、垂れ流すの反対です。
山内 君にいわれたくない。俺の書く記事は、わが社の人気コンテンツだよ? 君が言う低俗記事がなかったら、ウチは成り立たないってことわかってる?
法子 プライドは無いんですか?
山内 プライド? 俺はプライド持ってオッパイとお尻を書いてるんだよ! 性欲は食欲と睡眠欲に並ぶ人間の三大欲求だ。エロスは人類が生まれた時からあった美学なんだ。
法子 屁理屈! そんな高尚なものじゃないじゃない。神岡さん! 神岡さんはどうお考えなんですか?
神岡 お考えも何も、俺の意見は最初に言ったぞ。どっちでもいいって。
法子 神岡さんは、全国紙の雄、昇陽新聞社会部の元記者ですよね。反権力ですよね。
神岡 俺が昔何をしていたかなんて関係ないだろ!
法子 神岡さんは昇陽新聞の社会部で、敏腕の記者として、数々のスクープをものにしたって聞きました。それを聞いて、私感動したんです! 神岡さんみたいな記者になりたいって……。
神岡 くどい! 昔の話だって言ってるだろ!

気まずい沈黙が場を包む。
宮武外骨が出てくる。
外骨は写真を熱心に見ている。

外骨 素晴らしいな! ワシの時代にも、これだけのフォトグラフを撮る技術があれば、もっと面白い事が出来たものを……。

伸江と康子は、驚き、言葉を失う。しかしすぐに我に返り、叫び声をあげる。

伸江 キャーッ! 誰よこのオッサン!
康子 変質者! 変質者よ!

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